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山と山と大馬鹿野郎

作者: 水無飛沫


……この車は憑かれている。

いや、どちらかというと憑かれているのは所有者の方だろうか。


先ほどから後部座席に見える女の霊をどうしたものかと悩んでいると、


「どうかした?」


と私をドライブに誘った男が問いかけてきた。


「別に」


話を濁しつつ、私は他愛もない雑談を始めた。



……まぁ暇を持て余していたところだ。

ドライブに誘ってくれるのは嬉しいが、こんな監視付きでは風情もクソもあったもんじゃない。


当の本人はというと、気楽に鼻歌なんて歌ってやがる。

まったく、気楽なものである。



(まぁ、いつものことか)


この男は見えないくせにそこそこ引き寄せる体質であるらしい。

霊の方も、私に目もくれずに男だけを微笑ましく見守っていやがる。

この調子で悪い方向にさえ転がらなければ、守護霊もどきにでもなってくれるのかもしれない。


――この様子じゃ、女運だけは最悪だろうがな。


うんざりして、流れすぎていく風景を見ることにする。

遠くに見えていた山々が徐々に近づいてきて、やがて車は山道へと入っていく。

山道とはいっても、そこは国道である。

片側一車線であるものの、対向車とすれ違うのに苦労はしない。

少しカーブは多いが、それでもうんざりする程ではない。


天気もいいし、絶好のドライブ日和というやつだろう。

自然と私の口からも彼と同じメロディーが流れてしまう。



そう、後部座席にイレギュラーはあるものの、気持ちのいいドライブであった。




……それまでは。






いくつ目かの集落を横目に見つつ、山も中腹に差し掛かろうかという頃であった。

空気が一変したのは。


場の雰囲気とかそういうレベルではない。

そこら中から発せられる気配は、まるで山そのものがこちらに敵意を向けているようでさえある。


男は相変わらずハンドルを握りながら小声で歌っている。

(気楽にもほどがあるだろう!! さすがにこれだけのものを向けられたらどんな人間だって……)


後ろの女に同意を求めるように目を向けると、こちらはむっつりと不機嫌そうな顔をしている。


並の霊なら逃げ出しているレベルだろう。

だとするなら、この女は本当に男を……。




「なぁ、なにか感じるか?」


呼吸すら躊躇われるピリピリした空気の中、とぼけた男の声に怒りすら覚える。

いや、こういう質問をしてくるあたり、既に察しているのかもしれない。


「心当たりが?」


うーん、と頭を掻く男に顎を突き出して続きをうながす。


「いや、ほら。山には女神がいるって言うじゃない?」


男は少し間を置いて、悪戯を思いついた子供のような表情を浮かべて


「他の山の神様を連れて行ったら、嫉妬されるのかな、って」


と言った。


「は……?」


言葉の意味を理解しきれずに、そんな呆けた声を発したと思う。

遅れて、徐々に理解と怒りが込み上げてきた。


だとすると、この男、全部確信犯か!!

祟られてしまえ!! いや、後ろに鎮座しているのが山の神だというのなら、もう既に祟られているのか。


「バカ、バカ、大馬鹿野郎!!」


罵る言葉のレパートリーなんてそんなに持ってない私が、精一杯男を罵倒する声が車の中に響く。

後ろの女がギロリとこちらを睨む視線を感じる。


(ああっ、もう!! 睨む相手が違うだろ!!)


「帰るぞ。引き返せ」


靴を脱ぎ、シートの上に胡坐をかく。

今更お行儀なんて気にしてられるか。

兎にも角にもこれ以上山の機嫌を損ねないように、それでいて付け込まれないようにしないと……。


「この先に美味しいお蕎麦屋さんがあるって」


そんな私の心境を知ってか知らずか(いや、知らないだろうけどな!!)、男が何も気にしてない風に語り掛けてくる。

そういえば、出発してからまだ何も食べてない。


「奢りだろうな」


「えー、ガス代もこっち持ちなのにー?」


「当たり前だ」


渋る男の尻を蹴って、私は極上の天ぷら蕎麦を頂戴する。

美味しいものを食べて、山に感謝すれば多少は悪意も揺らいでくれるだろう。






「で……結局どっちに嫉妬したんだろうな」


帰りの道中、男が不思議そうに首を傾げた。


「そんなこと、どうでもいい」


生きて山を降りることができたことに安堵した私の背中に、痛い視線が刺さった。






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