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小話4 魔女と恋のおまじない(下)

 ※(セイ視点)


「あ〜〜!どーしたもんかなぁ?」


 雲ひとつない青空に向かって叫ぶ。両手が空いてりゃ頭を抱えていただろうけど、生憎、今は両手が塞がってる。左手に小さな手。右手にはパン屋の袋。

 あの後、パン屋のおっちゃんは俺が不審者じゃないと分かるや否や、それはそれは良くしてくれた。

 自分の名も言えぬ幼女、それも白髪持ちとなれば、彼女が()()()()()()なのかと勘ぐるのは、この街じゃ当たり前だよな。だからこそ、俺の身分証を見るなり安心したんだろうし。ま、身分証を見せて説明するまで信用してくれなかったのは、どうかと思うけどさ。


 ー俺、そんなに不審者に見えんのかなぁ……?ー


 人は見かけに寄らないから仕方ないのかもね。人の良さそうな表情をしてたら善人かって、そんな単純は話はない。寧ろ、利益なく慈善を振りまく奴がいたら、そいつには何らかの裏があると思って間違いないね。


「どーしたの?おにぃちゃん」

「ごめんごめん、なんでもないよ」


 見上げてくる幼女の不安そうな顔に笑いかけると、幼女はホッとしたように顔を緩ませた。

 あのトイレ事件から半刻、どうやら俺はこの幼女から一定の信頼を勝ち得たみたいだ。警戒心はまだあるみたいだけど、今はこうして手も繋いでくれている。それに時折、俺の顔色を見て体調を心配してくれもする。


「おーい、あんま遠くに行くなよぉ〜!」


 公園に群れていた鳩を追いかけながらキャーと走る幼女を見守りつつ、惣菜パンにかぶり付く。

 あの幼女、よっぽど腹を空かせてたみたいで、トイレの危機が去った後には焼きたてのパンに夢中だった。しかも、ほくほくと湯気立つパンの前でグゥーと腹を鳴らしたもんだから、パン屋のおっちゃんも奮発して料金以上を紙袋に詰めてくれた。俺はそのご相伴に預かってるってワケだ。


「にしても、よく似てんなぁ……」


 さっきも幼女の頬についたクリームを拭いてやりながら観察したけど、見れば見るほど俺が知ってる魔女にそっくりだった。ただサイズがかなり違うだけで。

 あの白い髪は染められた物じゃないし、あの瞳だって偽物じゃない。たっぷりと魔力の染み込んだ本物だ。何より匂いが同じなんだ。

 俺の嗅覚は人間のそれを凌駕する。それに、一度嗅いだ匂いは忘れない。あんな極上の匂いなら尚更だ。どんなに似た偽者を用意したって、匂いだけは誤魔化せっこない。匂いを理由に隠し子説は早々に却下したくらいには、嗅覚に自信があるんだ。


「ちっちぇ手足……」


 あのぷにっぷにの頬っぺたと紅葉のように小さい手。あ、笑うとめちゃくちゃ可愛いーー……


「ハッ!いかんいかん」


 うっかり「やべー性癖に目覚めそう」だなんて考えが浮かんでしまった。ダメだ!正気に戻れ俺!俺のストライクゾーンは成人以上、それ以下は範疇外!


「しっかし。あれがホントにアーリアちゃんだとして、どーしてああなったんだ?」


 俺の本能があの幼女を『塔の魔女』本人だと断定づけている。あの幼女が魔女本人だとしたら、彼女は何らかの原因によってあの姿になってしまったと考えた方が筋が通る。

 世の中には、俺たちのように人間ヒトの姿と妖精の姿、両方を併せ持つ『亜人』なんてのがいるくらいだ。だったら、大人の姿と子どもの姿、その両方を併せ持つモノがいても不思議じゃない。それに、魔法を使う者の中には姿形を変えられる者もいると聞くし。なら、魔法と魔術、その両方を扱える魔導士ならお手の物なんじゃないかな。

 でもさ。自分で魔術をかけたのなら、自我が消えるなんてコトにはならないよね?あんな風に自分の名まえすら覚えていないなんて変だ。だとすれば、最後に考えられるのは……


「呪いか……?でも、まさかなぁ……」


 『塔の魔女』はこの国にとって欠かす事はできない存在だ。彼女たちの築く《結界》は他国からの侵入を防いでいるし、そのおかげでこの国は平和な日常が送れているのだから。

 裏を返せば、『塔の魔女』さえ殺せばこの国の防衛は崩せたも同然。だから狙われる。それも多方面から。

 だからこそ、『塔の魔女』には専用の警護がつく。

 それが『塔の騎士団』だ。

 騎士団には五百余名もの騎士が所属していて、日夜『塔と魔女』の警護をしている。警護以外にも国境線ラインの管理なんかも担当しているんだけど、重なる任務は魔女の警護の方なんだ。


「あ〜〜確か、昨夜は領主館で夜会があったんじゃなかったかな?」


 魔女には四六時中、警護の騎士がひっついてる。四六時中ってのは大袈裟じゃなくて、そりゃもう、魔女が起きてる時も寝てる時もずっーとさ。件の魔女がそれをウザがってるのは知ってるけどさ、だからって彼女は騎士たちを撒いたりしない。その辺、変に真面目なんだよな、アーリアちゃんって。


「夜会で何かあったのか?」


 実際、『何か』ってのは想像し難いけど、夜会ってのは不特定多数の人たちが出入りする事のできる場だからな。各地から訪れる出席者、警備員、職員、使用人、出入りの業者、当日スタッフ……総勢何百人もの人間が出入りする会場内には、関係者に成り済ました工作員スパイなんてのが入り込んでる事もままある事だ。その中に『塔の魔女』を傷つける目的を持った者がいたとしても、不思議じゃない。


「俺たち以外の工作員だれかか、か……」


 考えられる事態コトだ。だけど、先を越されたとしたら面白くない。


「昨日の夜勤はドコの班が担当だったっけ?俺たちの班は昨日今日と休暇……って事は4班か?確かビルズバーンのトコだな。チッ、アイツら、アーリアちゃんの熱狂的なファンだと公言してた割にザル警護じゃんか。腑抜けてんなぁ……。要人警護の意味がまるで分かっちゃいない。こんなんだから、俺たちみたいなんにつけ込まれるんだよ」


 そう思えど、それを正してやる義理は俺にはない。


「そーいや、リュゼさんは?」


 専属護衛騎士という名のストーカー野郎。あの男が魔女の側を誰かに任せて離れるなんてコト、するワケがない。例外があるとしたら、夜会のダンスの時だけだろう。その時ばかりはパートナーに任せるしかない。


「昨夜のパートナーはご領主か、そりゃご愁傷様だわ」


 アルカード領主、カイネクリフ・フォン・アルヴァンド。本家アルヴァンド公爵家でない彼が公爵を名乗れているのは、単に、彼がそれだけの実力を有しているからだ。その手腕が王家に認められたからこそ、彼は『アルヴァンド』を名乗る事ができる。

 ご領主カイネクリフ様はそりゃデキル男だ。このアルカード守護の一柱として君臨してる。

 俺たちが入り込むのに苦労した原因は、彼の目がすぐ側にあったからだ。不安分子と写ったら最後、すぐさま息の根を止めにかかるだろう。容赦もへったくれもなく、ズバッと首を斬られるに違いない。


「怖ぇっ!ま、まぁ、別の意味でデキル男に違いないケドさ……」


 見る度にパートナーが変わっているからな、あの領主ヒト。手が早いのなんのって……


「アッ、大丈夫か⁉︎ 怪我は……?」


 鳩を追っていて転んだ幼女に駆け寄り、その小さな身体を助け起こせば、彼女の掌と膝小僧には、擦り傷ができていた。そこからジワリと血が滲むのを見て、彼女の目に涙が浮かんでくる。泣くか?と見ていれば、彼女はグッと痛みを我慢して、俺が生み出した水で傷を洗うのをジッと見つめた。


「おっ、エライ。泣かなかったな」

「……なかない。ないたらダメ」

「ダメなコトはないけどさ」

「? そうなの?」

「そー。ま、泣かれたらビビるだけで。主に俺が」

「びびる?」

「驚くってこと。また不審者だと思われたらたまんないしね」


 幼女のちっちゃな手をハンカチで拭いて、それから治癒の簡易魔法をかける。この国じゃ魔法を使う者が少ないからあんまり人前じゃやらない。今は周りに誰もいないからトクベツってやつだ。


「キラキラ……」

「綺麗だろ?ほら精霊もやってきた」

「きれい」


 周囲から集まってきた精霊たち。やっぱ、幼女の瞳に吸い寄せられたんだろうな。虹色に輝く宝石は、精霊たちを惹きつけて止まない。ともすれば、妖精の血を持つ俺もまた、この瞳の前に膝をつきそうになる。それほどの魅力がこの瞳には宿っている。実に厄介な事に。


「ーーさぁ、せっかくのお天気だ。もう少し遊んでから帰ろうなっ!」


 疼き始めた血を誤魔化すように膝に力を入れると、ヒョイっと幼女を持ち上げるとそのまま肩車した。最初は驚いていた幼女も、次第にキャッキャと笑い声を挙げ始める。


「わぁ!たかいっ」

「良い眺めだろう?」

「うんっ」


 公園の噴水の回りを走って、フワフワと舞い散る花弁を追って、餌目当てに集まる鳩に豆をやって、追いかけて……そんな事をしていたら陽も傾き始め、集まっていた子どもたちは迎えに来た親兄弟たちに連れられて帰る時間になっていたみたいだ。そんな場面を目に留めた俺は、それなら俺らも帰るかぁって腰を上げた。


「そろそろ帰る?っても、騎士寮に連れて帰っても良いもんか分かんないけど……」


 右手の先ーー小さな頭を見下ろせば、幼女はポカンとした表情で公園の向こうを見つめていた。視線の先には、迎えに来た親に抱きついている幼児の姿があった。


「……しさ……」

「ん?どーした?」

「……しさま……」

「あ、何か思い出したのか?」


 ーまさか記憶の方が先に戻った!?ー


「っ……ぅ、……ぅえ、うええぇぇん!」


 楽天的思考も急転直下、突然、幼女が泣き出したんだ。それはもう予想外でさ、こんな風に目の前で女の子に泣かれた事なんてないから、俺は長い人生で初めてってくらいにめちゃくちゃ焦った。

 幼女の前でしゃがんで身振り手振り、どれだけあやそうとも泣き止んでくれない。それどころか、どんどん泣き声は大きくなるばかり。虹色の瞳から流れる涙が精霊を呼ぶは妖精を呼ぶは、あれだけ晴れてた天気は曇り出すはで、ほんっと、このまま泣き止まなかったらどうなるんだって、災悪な展開を思い描き始めたその時だった。


「アーリア」


 幼女を呼ぶ柔らかな声が俺の、いや、俺たちの耳に届いた。ハッと泣き止む幼女。気配こえのする方へ幼女につられて俺も振り向いた。

 夕陽を受けて輝く黒髪が風に棚引く。年齢を感じさせない中性的な容姿。長く白いローブが揺れて、気づいた時には慈悲深い微笑みがすぐ側にあった。


「迎えに来たよ」

「おしさまっ!」

「まったく、困っただよ。君は」

「おしさまっ!」

「遅くなってごめんね。ほら、ギュってしてあげるから許しておくれ」

「おしさまっ!」


 勢いよく抱きつく幼女を彼は優しく抱き留める。そして言葉通りギュッと抱き締めるとサッと腕に抱き上げた。


「まさかこんな時代に戻れるなんてね。リュゼくんに呼び出された時は何事かと焦ったけど、こんな嬉しい特典ボーナスがついてくるなら、悪い事ばかりじゃない」


 白ローブの青年の視線を辿れば、件の固有名詞を持つ騎士が公園の入り口でゼーゼーと息を荒げて膝を折っている。その側には先輩の姿もあって、こちらも余裕のない表情で非常に深い溜息を吐いている。


「このが一日世話になったね。ほら、君もお兄さんにお礼を言いなさい」

「おにぃちゃん、ありがと!」


 本当は聞きたい事が山ほどあるのに、呆然とし過ぎた俺は「どういたしまして」としか言えず、その後も黙って彼らを見送る事しかできなかった。気づけば、あれだけ騒然としていた周囲も波が引いた後みたいな静けさを取り戻していた。魔術だ。反射的にそう判断した。


「さ、帰ろうか。みんな待ってる」

「うんっ!」


 嬉しそうに青年の胸に頬を埋める幼女の白髪にそっと唇をくっつけると、青年はポツリポツリと《力ある言葉》を唱え始めた。


 ー眠り眠りて羊の戯ー

 ー開け開きて夢の国ー

 ー歌い歌いて子守唄ー

 ー渡り渡りて虹の橋ー


 子守唄のような歌声に魔力が宿る。《言の葉》。魔力を帯びた言葉の本流は精霊の力を得て形を得る。すると、青年に抱かれていた幼女の身体が柔らかな光に包まれ、そしてーー……


「あっ……!」


 ぽんぽんぽんっと夕陽の様な暖かな光、オレンジの暖かな光がシャボン玉の様に弾けた中から、サラリと真白の髪が広がった。


「お帰り、私の可愛い娘」


 青年の腕の中で健やかな吐息をたてるのは、紅葉の手を持つ幼女ではなく、すらりと長い手足を持つ美しい少女。

 穏やかな笑みを浮かべて眠りにつく少女に、青年は一つ苦笑を落とし、そして、愛する娘にするように、額にキスを一つ落とした。



※※※



 幼女との邂逅を終えたその後、俺は先輩から事件のあらましを聞いていた。


「やっぱりあのご領主が原因だったんですか?」

「まぁな……」


 先輩はかなりゲッソリとした様子で、いつもの生真面目な表情を曇らせていた。それほどの心労が溜まる事件だったみたいだ。


「ご領主の女癖の悪さも大概だけど、令嬢の思い込みも凄いですね?自分の思い通りにならないからって、ふつー呪いをかけたりします?しかもその呪いが独学だったなんて……」

「ああ……って、女癖の悪さはお前も似たり寄ったりだろうが?何を偉そうに……」

「一緒にしないでくださいよ。俺とご領主じゃ規模がちがいますって、規模が」


 俺が手を出せるのは、精々この街の中だけ。一方、ご領主はこの街どころか国中の美女に手を出しているに違いない。俺とご領主の影響力。どちらに軍牌が挙がるかなんて言わずもがなだ。渋る先輩に「五十歩百歩って言っても、五十歩も違いがあるでしょう?」と力説すれば、先輩は暫く押し黙った後、ペシンと俺の頭を叩いた。横暴だなぁ!もぉ!


「ま、恋する女の子って時々過激になるしね」

「それでも他人を呪っていい事にはならんだろ」

「ハハハ、ですね。今回はそれほど惨事にならなかっただけで……」

「充分、惨事な気もするが……」


 今回はどうにか事が収まった。けれど、それも力ある魔導士がいなければ、収拾がつかなかっただろう。

 『よく眠れるおまじない』や『良縁を惹き寄せるおまじない』なんかは民間にも広く親しまれているらしいけど、元を質せばどれも『呪い』の一種。『恋のおまじない』なんて可愛い言葉で飾っても、その本質が呪いなら笑ってもおれない。でもまさか……


 ーあの御仁が出ばって来るなんてねぇ?ー


 あの魔導士は危険だ。アーリアちゃんなんかよりずっと。本能が告げた生命への危機感。警鐘。「対策を講じる必要がある」と。


「で、先輩。当のアーリアちゃんは?」

「一晩休まれたら、もうすっかり元通りだと聞いた。しかし、まぁ、やはりと言おうか、呪いを受けていた間の記憶はないらしい」

「あらま、そりゃ残念」


 俺には弟妹がいないから知らなかったけど、幼い子どもと接するのは悪くない感覚があった。そう。小さなアーリアちゃんと遊んだ一日は楽しいものだったんだ。意外だよね。こんな感想が俺から出るなんて驚きだし、なんなら隣にいる先輩もそう思ったみたいだけど……。

 だけど、先輩は自分で自分の発言に驚いている俺に苦笑しつつも頷いて、「お前、騎士よりも保育士が向いてそうだな?」と言ってきたらから、「転職の候補に入れておきますよ」と返しておいた。


 ーま、そんな機会はまずないだろうけどね?ー


「可愛かったなぁ。小さなアーリアちゃん」


 さてと。ちょっぴりの寂しさを胸に、大きなアーリアちゃんのお見舞いにでも行こうかなぁ……?




お読み頂きましてありがとうございます。

ブックマーク登録、感想、評価など、とっても嬉しいです!励みになります!ありがとうございます(*'▽'*)/


小話5『魔女と恋のおまじない(下)』をお送りしました。本編が遅々としか進まぬ中、ほんの少し、ほっこりして頂けたでしょうか?

この時既に隣国ライザタニアの工作員である記憶を取り戻していたセイ。できるだけアーリアとは関わり合いにならないように心がけていただけに、この事件は予想外でした。

しかし、アーリアの保護者である魔導士を要注意人物として指定したのは、この事件での出会いがきっかけでした。


よろしければ、本編も是非ご覧ください!

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