小話4 魔女と恋のおまじない(中)
システィナ極東、軍事都市アルカードの領主館。そこは要塞都市にあって一際煌びやかな建物である。
王都の貴族の館に負けぬ装飾に彩られた建物には、著名画家の絵画が数多く展示され、有名彫刻家の作品が陳列している。庭園には季節の花々が咲いており、どの季節に於いても変わりなく人の目を楽しませてくれる。仕える使用人も一流。選び抜かれたプロたちにはその腕を遺憾なく発揮し、常に領主及び領主館職員をもてなすのに余念はない。
女性関係に派手な領主ではあるが、意外にも居城には静寂を求めており、領主館には常に凛とした静けさがあった。
しかし、この日の領主館は通常とは異なる空気に包まれていた。夜中、静寂に包まれる筈の時間にも関わらずバタバタとした足音が途絶えないでいたのだ。
「見つかったか!?」
「いや、まだだ」
「くそっ!やはり外へ出て……!?」
「ならば捜索網を西区へと広げるべきだろう」
「いや、全区を虱潰し捜索しようではないかッ!」
青い騎士服を纏う男たちが額に汗をしながら、領主館を右往左往している。その様子は尋常ではない。どうやら人探しをしているようだが、それが往々にして上手くいっていないようだ。
「副団長とは連絡がついたか?」
「いえまだ……」
「早く応援を遣してもらえっ」
「はっ、直ちに!」
男たちの焦燥感は強い。それもその筈であり、要人警護を担っていたにも関わらず、彼らはその要人を見失ってしまったのだから。
「くそっ!一体、何処へ行ってしまわれたんだ!?」
その疑問に答える者はなく、梟の鳴く声だけが夜の闇に木霊した。
※※※※※※※※※※
※(セイ視点)
ーあーあ。開口一番『この浮気者!』だもんなぁー
今日も今日とて日ん中からフラれて、打たれた頬を撫でつつローテンションのまま街をプラプラしている所で見つけたソレ。パン屋の路地裏に揺れ動くソレに気取られ、俺はなんの気無しに足を踏み入れ、気まぐれにも路地裏の隅に蹲る白い塊りに声をかけた。ホイップのようなぽよぽよした頬っぺたに引き寄せられたのかも知れない。
でも、今思えば、何かのカンが働いていたのかとも思う。
「どーしたの?こんなトコロで」
路地裏に子どもがいる光景ってのは、実はあんまり珍しくない。どこの街にも貧富の差ってのは必ずあるもんで、この豊かなシスティナでもそれは同じだった。明るい日の下で暮らせない人間、特に身寄りのない子どもが路地裏から表を歩く通行人の中からカモになりそうな奴を物色している事なんかも日常的にあるくらいで。ま、ただ単に、子どもの遊び場になってる路地裏もあるんだけどさ。
普通だったら、そんな子どもを見かけても一々声なんてかけない。キリがないからさ。そーゆーのは教会か役所の仕事だし、気まぐれに施しをしたって良いことなんてないからね。
「にゃんにゃん」
「へ?あ、ああ猫か……」
頭の天辺のアホ毛を揺れた。太短い指が白い毛玉を指差す。白い毛玉だと思ってたものには真っ赤な目ん玉がボタンみたいに二つ付いていた。真ん丸に太った白猫だ。
「こんなトコにいたら、変なオジサンに連れ拐われちゃうよ?」
子どもが誘拐される事件はこのシスティナでも後を経たない。残念な事に、世の中には幼児ばかりを狙う変態が一定数存在するんだ。しかも、身寄りのない子どもは足が付かないから格好の的になる。ライザタニアじゃ奴隷商人がいて、そんな子どもたちを選り好んで売買してるヤツもいる。あーやだやだ、腐ってるよねぇ。
「にゃんにゃん、かわいっ」
警戒心なく腹を見せて寝転がる白猫のその腹を、幼女はワシワシと撫でている。白猫もまんざらではないようで、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
「えっ……?あれ、その髪って……」
実に平和な光景にホンワカした気分になったその時だった。幼女の容姿にある特徴を見つけたのは。
暗がりだったから、てっきり灰髪かと思っていた髪色が実は白髪だと気づいた。ゴミやホコリで汚れて白くなっているんじゃなくて正真正銘の純白だ。それも歳をとって色が抜けたような類の色じゃない。アホ毛をチョイチョイと引っ張ったけど、やっぱり地毛みたいだ。
「なぁに?」
アホ毛を引っ張られた幼児は猫の毛をモサモサ触りながらこっちを見上げてきた。宝石みたいにキラキラした瞳と目が合う……
「は?はぁ〜〜!? い、いや、でも、そんなコトって、あり得る?」
雪のような白髪。汚れなき白肌。透き通る虹色の宝石。サイズは違えど見覚えのある容姿。
「どうしたの?おにぃちゃん。おなか、いたいの?」
たどたどしい言葉で驚愕する俺を心配してくれる幼女をガン見したている俺は、端から見れば変態にしか見えないに違いない。けど、今はそんな事、気にしてる場合じゃない!俺は幼女の前にしゃがみ込むと、ビー玉みたいにキラキラ輝く瞳を覗き込んだ。
「ねぇ、君!名まえ教えてくれるかな?」
「なまえ?」
「もしかしてさ、アーリアって名だったりする?」
「ん〜〜んっとねぇ、えっとねぇ、わかんない」
ガックリ。ま、仕方ないか。見た目年齢2、3才の幼女たもんな。この年頃じゃ、自分の名どころか家の場所すら分からない場合もあるし。
ーにしても、似すぎじゃないか!?ー
白い髪。虹の瞳。豊満な魔力。この幼女、どこからどう見ても自分の見知った人物にそっくりだ。というか、『小さくしたらこんな感じになるだろう』っていう容姿をしている。
「どこから来たの?」
「ん~~?」
「ひとり?親はどーしたの?」
「ん~~?? にゃんにゃん」
ダメだこりゃ。会話にならない。
「あーー、どーすっかなぁ?」
ポリポリと頬を掻きつつ周囲を見渡す。が、周りに保護者の姿はない。それどころか路地裏には憲兵の姿はおろか人影ひとつない。幼女と野良猫とそして大男。
……。アレ?これって俺が、幼女を誑かす変態みたいに見えてない?やべぇ!どーりで、休憩に出てきたパン屋のおっちゃんからの視線が痛いハズだ。これじゃまるっきり幼女誘拐犯に見えてしまう。
「ち、違うから!? 俺はこれでも善良な騎士っ!それに、俺の好みは18歳以上の成人女性!しかも、こうボンッキュッボンっのムチムチボディを持ってる娘が理想。だから、君みたいな幼女は決して好みの範疇ではないワケでーー……」
ーハッ!? 俺は一体誰に言い訳をしているんだ!?ー
見れば幼女はポカンと口を開けているし、猫はくわぁと欠伸をしてる。パン屋のおっちゃんは益々怪訝な眼で俺を睨んでくるし。
「……と云う訳だから。お兄ちゃんと一緒に保護者を探そうか?お嬢ちゃん」
ポンと幼女の肩に手を置けば、幼女は開けていた口を閉じて首を傾げ、とんでもない事を言い出した。
「おしっこ」
「……は?」
「もっちゃう」
「ぃっーー!?」
ガバリっと幼女を持ち上げた俺は、人目も憚らず一目散にパン屋へと駆け込んだ。
※※※※※※※※※※
「まだ見つからないって?いやはや、ホント、どこ行っちゃったんだろうねぇ……」
領主館にある一際きらびやかな一室。その部屋の主が洩らした緊張感のないその声を耳にした騎士たち。身分と立場から沈黙を守った騎士の中、あからさまに不快感わ現したのはただ一人、騎士たちの中心で指揮を執っていた副団長アーネストであった。
涼やかな目元は険悪に細められ、顳顬には青筋が浮かぶ。身に纏う空気はブリザード。
「アレが『恋のおまじない』の延長だなんて、驚きだよね?」
トホホと息を吐く。周囲の緊迫した状況を知っている筈の彼の言動には、全く悪気が感じられない。自覚がないとは幸せな事だが、その性質を他者が理解するとは限らない訳で。
「何を悠長な! そもそもアナタが元凶でしょう!?」
領主の言動に我慢ならない他者が声を荒げた。手の中のペンと同時にブチンと千切れた血管。普段、冷静冷徹と目される副団長は窓際でノホホンと佇む領主へと詰め寄り、その襟首を捻じ上げた。「副団長!落ち着いてっ」と部下たちの嗜める声。しかし、積極的に止める手はない。
「あっはっは。元凶?嫌だなぁ、私を勝手に悪者にしないでくれるかな」
「貴方が領主でなかったら、もうとっくにその口を捻じ切ってますよっ!」
「暴力はいけない。文明的に言葉で話し合わないと」
「っ!今日ほどシスティナの法を恨んだ日はありません。この男を罰せぬなど……」
グヌヌと唇を噛み、拳を握り込む副団長。これだけ責められているにも関わらず、領主の顔に反省の色はない。
「アーネスト。アレは私の感知する所ではなかったんだから、私が罰せられる謂れは無いよね?」
「ですが、アレの原因となった元凶はアナタでしょうが、この女誑しがッ!」
「嗚呼、耳に痛い」
「思ってもない事を!」
再びあっはっはと声を挙げる領主。
二本目の青筋を浮かべる副団長。
「仕方ないじゃないか。そこに麗しいご令嬢がいたら褒める。それはシスティナ紳士の常識だろう?」
「アナタのそれは褒めるに留まらないでしょう!?」
「ハハハ!健全な男と女が出逢って何も起こらない方がオカシイだろう?」
「っ!この男、ああ云えばこう云う……!」
システィナ紳士の度しがたい気質はアーネスト副団長も重々承知していた。自身もその一人なのだ。目の前に麗しい令嬢がおれば、一も二もなく口説きに行くだろう。
しかし、口説くにも最低限の礼儀というものがある。相手に決まったパートナーがあれば、その段階で身を引く。貴族社会という性質上、重婚は認められているものの、本来、一人の夫に二人以上の妻(その逆も然り)というのは、問題が起こり易いのは考えるもがな。また、愛する者を独り占めしたいと思うのは、男も女も同じこと。だからこそ、そんな危ない橋は渡らないのが常識なのだが、如何せん、この領主には常識は通用しない。
「良いじゃないか。『一夜の燃えるような恋』。君にも経験はあるだろう?ほら、あの令嬢ともーー……」
ードゴォ!ー
本人の許可なく、友人のプライベートを暴露し始めた色男の目の前に拳が過る。風圧。目線の先には拳がめり込む壁。鬼の形相の幼馴染み。パラパラと床を滑る破片。それを目にした領主は額に汗一つ。ゴクリと唾を飲むと、何気ない様子を装い話題を戻した。
「あーー……でもさぁ。あれだけ可愛いと人攫いに遭わないか、心配になるよね?」
「あ、アナタは……だからこのように総力を挙げて探しているのですよ!」
ペイッと領主の襟を離す副団長は鼻息も治まらぬ中、苛立ち気に腕を組み、領主に冷たい視線を向けた。
「と言いますかね、これであの方に何事かあらば、領主である貴方は王宮より相応の責任を問われかねませんよ。夜会の主催者たる責は貴方にある。ーーそのように構えておられるのです。当然、覚悟の程はあるのでしょうね?」
副団長の不敬に文句を言う事なく淡々と襟を正していた領主は、副団長の言葉にギクリと首を竦めた。
「可愛がっている義妹がアナタの女癖の悪さが原因であのような目に遭われたのです。ウィリアム殿下のご心痛は如何ばかりか、想像に難くございません。そして、今回限りは、如何にアルヴァンド宰相閣下であろうとも、貴方を庇われはしますまい」
アルカード領主カイネクリフの女癖の悪さは王都でも有名だ。領主は『一夜の恋』と称して取っ替え引っ替えパートナーをチェンジしているのだ。その性癖を許されているのは、偏に領主の政治手腕が高いからに他ならない。だからこそ、傍流であるにも関わらず、領主は『アルヴァンド』の名を名乗れている。
ギクリギクリと一度ならず二度首を竦めた領主の額には一筋の汗。流石の領主も王太子殿下と宰相閣下を敵に回すかも知れないという未来に、他人事ではないと気づいた様子。
「な、何を悠長にしているんだ!? 早く彼女を探してくれたまえよっ!」
先ほどまでの余裕は何処へやら。やっと焦りを見せた領主の姿に副団長の溜息は深い。「アナタのその身の代わり様には、呆れて物も言えませんよ」と額に手を置いてゆるゆると首を振る。
「はぁ……リュゼ殿が何やら手があるようです。とりあえず、その結果に期待させていただきましょう」
部下の一人、生真面目騎士からの《念話》を受けた副団長アーネストは取り乱す幼馴染みを他所目に、部下たちへの指令を黙々と出すのだった。
お読み頂きましてありがとうございます。
ブックマーク登録、感想、評価など、とっても嬉しいです!励みになります!ありがとうございます(*'▽'*)/
小話5『魔女と恋のおまじない2』をお送りしました。
様々な意味(意訳)で有名なアルカード領主カイネクリフ。自称『デキル紳士』である領主から夜会の誘いを受けたアーリアだが、やはり平穏無事とはいかなかった!
一方、非番を街で過ごしていた若手騎士セイ。領主と似たり寄ったりの性質を持つセイだが、今日も今日とて初っ端からフラれて街をぶらつけば、ふと路地裏で蹲る幼女を発見する。しかも、その幼女はセイの知るトアル魔女にそっくりで……??
次話、『魔女と恋のおまじない(下)』も是非ご覧ください!