小話3 ご馳走さまでした【side:リュゼ】
ーーそれは未だ、アルカードに於いて騎士寮に所在を置いていた時のこと。
「ほら見て。すごく良い生地が手に入ったの」
「なになに?え、ソレ、水竜の皮?マジで?」
アーリアの広げた生地を一目見るなり、リュゼは感嘆の声を上げた。その素直な声に偽りはない。アーリアの手にある生地はそれ程に大層珍しい品物であったのだ。
黒光する生地は想像するよりずっと軽く、手触りもベルベットのように滑らか。何より、その見た目に反して火にも水にも強く、魔法効果や吸収率も抜群に良い。正に魔宝具職人垂涎の品なのだ。だからこそ、専門家ではないリュゼから見ても、そこらの品とは比べるまでもない事を理解できたのだ。
水竜はシスティナの西部の海岸沖に生息する妖精で、目撃証言こそあるが、その巨大な躰と獰猛さに、捕獲は困難だと言われている。数年前にトアル魔導士が捕獲の為に爆裂魔術を叩き込んだところ、大津波を起こして大惨事になったという逸話すらある。それは笑い話になるどころか、教訓となって伝わっているのだ。
「そう!珍しいでしょう?」
「や、マジで。どうしたの?ソレ」
うふふと笑い出したアーリア。所謂、『ドヤ顔』というやつだ。
「私にも伝手というモノがあるんです!」
「ふーん、へぇ〜〜……。んで、真相は?誰が貢いだの?」
「……。なんでリュゼにはバレるかなぁ?そ、そうだよ。カイネクリフ様から頂いたの」
「あ、やっぱり。アーリアの知り合いで羽振りの良いパトロンーーもとい、金ヅルなんて、このアルカードじゃ彼を置いて他にいないデショ?」
「……」
リュゼのアルカード領主への評価を聞いて押し黙るアーリア。否定が出来ないだけに黙るしかなかったとも云える。
「ま、次点で騎士の誰か、例えばアーネスト副団長あたりを考えはしたけど……」
このリュゼの考えも強ちハズレてはいなかった。
アーリアへの貢物を企んでいたアルカード領主へ耳打ちしたのが、領主の幼馴染みであるアーネスト副団長だったのだ。『華や宝石よりも珍しい素材の方が喜ばれますよ』と。そしてその見立てはズバリ的を得ていた。
「ふーん?アーリアはご領主からの貢物を受け取っちゃったワケだ?」
「ワイロだなんて人聞きの悪い。これは正当な報酬です!」
「へぇ、因みに何の?」
「赤竜退治の」
「あ〜〜なるほどなるほど」
狩りという名の赤竜退治。その時の報酬だ。そう聞けば、アルカード領主の対応も真っ当だと言えなくもない。何故ならば、騎士団でもない者に赤竜退治を軽々しく頼む物でもないし、頼まれたアーリアにとっては完全に業務外であったのだから。
「その生地、どうするの?取り敢えず飾っとく?それとも質屋に流す?何だったら僕が元値の何倍にもしてくるケド」
「そんな訳ないじゃない。使うよ」
「え、勿体なくない?」
「いいの。前から良い生地を探してたし、丁度良いからね」
「そっか……」
という割にちぇっと舌を出すリュゼ。専属護衛騎士となってからは少し融通の効く金ができたが、元からの貧乏性はなかなか治らないものだ。
アーリアはリュゼの視線を無視して生地を長机に置くと、代わりに皮製の採寸用メジャーを取り出してリュゼの正面に向き直る。
「さ、リュゼ。そこに立って。動かないでね」
「は?」
「そのままね」
「うん?」
「えっと着丈は……」
アーリアは立ち尽くすリュゼを他所目にリュゼの背後へ回ると、ぐっと背伸びして、後ろ首の付け根から足首あたりまでメジャーを伸ばした。
「リュゼ、ちょっとコレ持ってて」
「あ、うん。これで良い?」
「うん……」
長さを確認したアーリアはメモ用紙に数字を書き込むと、次はリュゼの横に回り込み、「触るね?」と断ってから肩口にメジャーの橋を当てた。
「また背が伸びたんじゃない?肩幅もこんなに広い」
「そうかな?」
「うん。なんだか逞しい体つきになってる気がする」
「ありがと。ってゆーか、えっと……これ、どーゆー状況?」
自分の置かれた状況が分からず、肩越しに振り返るリュゼ。すると「動かないで」とすかさず注意文句が入る。リュゼは思わず「あ、ごめん」と謝罪し、正面に向き直った。
アーリアは着丈に続き袖丈、裄丈、肩幅、身幅を測り終えると再び正面に向き直り、身丈を測る。リュゼの首元にメジャーの端を当てて、「ちょっと持ってて」と一言。スルスルとメジャーを伸ばして足元へとしゃがみ込めば、踝のあたりでピタリと止めて数字を読んだ。
背や腕、腰や脚など、身体の彼方此方に触れていくアーリアの手。その感触に内心、気が気じゃないリュゼは唇を噛んでそれに耐えた。
「じゃ、次は両腕を開いて」
「こ、こう?」
「もう少し上かな」
リュゼが両腕を肩上まで上げたのを見計らい、アーリアはリュゼの腕の中に潜り込んだ。
「ーー!?」
「もう!動かないで。胴回りを測るから」
「そ、そうは言うけどさぁ……」
不意を突かれたリュゼだが、動かないでと言われては仕方がない。まるで罪人のように両手を上げたまま、所在なさげに視線を動かす。
眼下には白い頭がふわふわ動く。アーリアの吐息と体温が胸越しに伝わり、ドキリと胸が高鳴った。何かいけない気持ちがむくりと首を擡げる。
「えっと、86かな……?ウエストは75.6……」
「アーリア、くすぐったいんだけど……」
「もう少しだから我慢してね」
「そうは言うけどさぁ……。ほんっと、アーリアって大胆っていうか、時々、驚くほど恥じらいを忘れるよねぇ……」
「え?それってどういう……」
「よっぽど僕のことを信用してくれてるんだなぁって思ったダケ」
「……?」
目盛から顔を上げたアーリアの視界一杯にリュゼの柔かな表情が広がった。瞬間、アーリアの顔が焦りと驚きとで赤くなった。そして、そんなアーリアを見逃すリュゼではなかった。リュゼは上げていた腕を下ろすと立ち竦むアーリアの背に手を回し、ギュウッと胸の中に抱き込んだ。
「捕まえた!」
「っーー!?」
「今更逃げようったって無駄だよ」
「りゅ、リュゼ!?」
狼狽するアーリア。ニヤリと笑むリュゼ。
「何を焦ってんのさ?あ、それとも恥ずかしがってるのかな?」
「そ、そんな、コト、ない、ヨ?」
「ふーん。なら、このままでも良いじゃない?」
「うっ……」
「んで、僕の身体なんて測ってどーしよーっての?」
「だ、だからね、あの生地でリュゼ用のマントを作ろうと思って……」
「へ?僕の?」
コクリと頷くアーリアの耳が赤い。
「リュゼ、前に言ってたでしょう?便利なマントが欲しいって」
確かに言った。しかし、それをアーリアが覚えていた事にリュゼは驚いた。
いや、考えてみれば、アーリアは人見知りな割には身内となった者への対応は甘い。自分に可能な限り甘やかすと言った方が良いほどに。
「この生地なら魔法効果もバツグンに強いし、いくらでも術が施せるよ?」
「だからって、こんな高価な物を僕にだなんて……」
「リュゼだからだよ。他の誰かなんて興味ないもの」
「……。」
そーゆーこと、サラッと言うから勘違いしちゃうんだよなぁ、と深い深い溜息。溜息と共に早口で捲し立てたリュゼの言葉にアーリアは首を捻る。
「ゴメンね、嫌だったよね?身体のサイズなんて、最もプライベートな数字だものね」
「いや、それは別に気にしてないよ。男だし」
「そ、そう……?なら、そろそろ離して欲しいんだけど……」
火照った顔を見せるのが恥ずかしくて、やや伏し目がちに懇願すれば、そんなアーリアの顔をつぶさに観察していたリュゼはニヤリと笑い、更にアーリアを抱く腕に力を込めた。
「イヤ」
「!」
「アーリア、男は狼なんだよ?こんなホイホイ捕まってちゃ、ダメだよ」
「狼?……確か、ジークにも同じような事を言われた事が……」
「もしかして、あのムッツリに何かされた?」
「何かって……?」
アーリアはジークと共に逃亡の旅をしていた時の事を思い出した。追っ手から身を隠し身を守る為、アーリアはジークと四六時中一緒にいたのだ。それこそ、身体を清める時以外はピッタリと側に付いていたと言える程に。にも関わらず、アルカードの下町で宿を取った時、何故かジークから貞操観念について注意を受けた事があった。その時の事を思い出すなり、アーリアはその顔を益々赤くした。
「……何かあったみたいだね?」
何もなかったと言うには何かあり過ぎて、アーリアが口をモゴモゴとさせていると、リュゼは一瞬ムッとしてからアーリアの両腕を片手のみで掴みあげ、もう片方の腕でアーリアの腰を拐い抱き上げた。
「わっ!?」
「ほうら、こうすればもう抵抗できない」
「ーー!」
同じ位置にある顔。柔らかな栗毛。琥珀の宝石のように煌めく瞳。何処か悪戯に、なのに?何処か焦燥感の滲む表情。側にある事を望み、側にある事を許した専属護衛騎士。リュゼから真っ直ぐに見据えられたアーリアは、気不味い雰囲気にあって何故か穏やかな気持ちになっていた。
「だから言ったでしょ?男は狼だって……」
「リュゼも狼なの?」
「まあね?時には狼になりたい時もあるワケ。気になる女の子が無防備に近づいて来た時なんかは特にね」
自身の言葉にキョトンとするアーリアに、最早、リュゼは突っ込む事はない。小さく苦笑したのみだ。
「アーリアが僕の為だけにマントを作ってくれるってのは、正直、嬉しいよ」
「それなら良かった」
「でもね、アーリア。他の男と二人っきりにはならないで。もしも採寸するような時があれば、必ず、僕を呼んで。必ずだよ?」
言い訳など許さぬ迫力。真顔で念押しされたアーリアはリュゼの勢いに押されてコクリと顎を下げた。
「うん。分かった。約束する。必ず、リュゼを呼ぶ」
「本当に?なーんか、不安だなぁ……」
「本当だよ。だからもういいでしょう?降ろして」
「ええ〜〜どうしよっかなぁ……?こんな美味しいシチュエーション、なかなかないし……」
と言いつつも、リュゼはゆっくりと腰を下げ、椅子の上にアーリアを下ろした。だが、アーリアがホッとするのも束の間、リュゼの思わぬ行動に再び顔を染める事になる。リュゼの大きな手が頬に添えられたと思うと、アーリアはツイと上向かされたのだ。そして疑問符を浮かべる間もなく、リュゼの唇がアーリアの首筋に押し当てられーー……
「ーーーー!?」
ピリリと疾る甘い痛み。生温かい感触。そして耳を掠める言葉。聞き間違えでなければ、それは何という深い執着の言葉だろうか。
ー君は僕のもの。誰にも渡さないー
目を見開いたアーリアの見たリュゼは、獲物を狙う獰猛な獣ーー正に、闇夜の狼のような瞳をしていた。
「ご馳走さまでした」
この言葉に撃沈したアーリアは、握っていたメジャーをパタリと床に落とした。
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小話4『ご馳走さまでした【side:リュゼ】』をお送りしました。
リュゼ×アーリア短編です。
皆さまはどのペアがお好みですか?
よろしければ、本編と同様にお楽しみください!