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小話3 ご馳走さまでした【side:ジーク】

 ーーそれはジークフリードが王太子ウィリアム殿下の近衛騎士として、アルカード訪問に追随して来た時のこと。



「わ!シュークリーム。どうしたの?これ」


 アーリアの部屋を訪れたジークフリード。彼は白い紙箱を手にしていた。長方形の箱には唐草模様が描かれており、箱の中央には有名菓子店の店名が印字されている。


「頑張っているアーリアへのご褒美と思ってな」

「ありがとう、ジーク。とっても嬉しい!」

「どういたしまして」


 箱を両手で受け取ったアーリアはフワリと漂う甘い香りに頬を綻ばせた。


「んー、良い匂い。この匂いだけで幸せになるね」

「確かに甘い匂いだ」

「わっ。しかも、こんなにたくさん。これ、ジーク一人で買えた?この店のシュークリーム、人気があるから一人二個までって制限があった筈だけど……」


 箱の中を覗けば中にはシュークリームが二列縦隊で行儀良く並んでいた。数にして十数個。シュー生地からはみ出す生クリームの色は味の違いだろう。


「ああ。他の騎士たちも一緒に並んでくれてな」

「他の騎士たちって、あぁ、ジークと一緒に王都からいらした騎士さんたち?それとも騎士団の?」

「騎士団員だ。アーリアに食べさせたいと話したら、快く手伝ってくれた」

「そっか。じゃあ、その騎士さんたちにもお礼を言わなくちゃね」


 ジークフリードの脳裏に浮かぶ事実と、アーリアの思い浮かべる想像とには、大きな違いがあった。

 確かに、ジークフリードがシュークリームを購入するに当たり、他の騎士たちが助力してくれたのには間違いがない。だが、それはとても『快く』といった状況ではなかった。

 上下関係の厳しい騎士団。勿論、所属するのは貴族子息ばかりだ。貴族社会には上下関係がハッキリと分かれており、いくら騎士団内での序列があろうとも、それを完全に無視する事はない。だからこそ、ジークフリードは己の持つ貴族階級と近衛騎士という身分をフル活用して、他の騎士たちを利用した。否、脅したのだ。

 そうでもなければ、大の大人がーーそれも騎士団に所属する堅物男たちが、ただシュークリームを購入するという理由だけで菓子店に並ぶ筈がない。


「気にする事はないさ。ーーさぁ、どれにする?」


 ジークフリードのお願い(意訳)に屈した騎士たちによる助力。その甲斐あって、全種類のシュークリームを購入するに至ったジークフリードは、アーリアの喜ぶ笑顔が見れて、実に満足気だ。


「生クリームにカスタードクリーム、ダブルクリームにチョコレートクリーム……うーん、苺クリームも捨てがたい!うむぅ……」


 指先をクルクル回して悩み始めたアーリア。その子どもっぽい仕草に笑みを深めたジークフリードは、腰に手を当てると、腰をかがめて椅子に座るアーリアと目線を合わせた。


「決められないのなら、全部食べたらいい」

「それはダメ!太っちゃうから」

「菓子の一個や二個で太りはしないと思うが……?」

「甘い!その一個が命取りなの!」


 年頃の淑女レディに体重の話題はご法度。自身にも年頃になる妹がいるだけに、その手の話題には敏感だ。前日と今日、今日と明日、その間にどれほどの体重の変動があったかで一喜一憂する女性たち。例え0.1グラムの変動で機嫌も上下するのだから。


「なら、とりあえず気になる味のを食べて、後は、俺と半分ずつするってのはどうだ?」

「え!いいの?」

「ああ。食べられなかったら残りは食べてやるから」


 ジークフリードのこの言葉は、目の前のレディにとっての大正解を引いたようだ。アーリアはキラキラと瞳を輝かせると、うんと頷いて箱の中からシュークリームを選んだ。

 アーリアが選んだのは苺のシュークリームだった。

 サクサクの生地の中から蕩ける生クリーム。白い砂糖が雪のように振りかけられている。そのあまりの美しさに目を輝かせて身悶え、顔いっぱいに幸せを表現したアーリアを見たジークフリードの唇も綻ぶ。


「この美しい造形!脳髄までとろけちゃいそう」

「ハハッ!それは最高の賛辞だな。リディも喜ぶだろう」


 長椅子に座るアーリアの横に腰を下ろしたジークフリードをアーリアは見上げた。自身の専属護衛騎士リュゼよりも頭半分ほど高い。上背もそうだが、身体つきもガッシリとしており、どちらかと云えば細身なリュゼよりも圧迫感がある。そして何よりその容姿。金髪碧眼。甘やかな微笑。流れる柳眉。まるで絵本から抜け出して来たかのような王子様だ。女心を見事に体現したジークフリードに、アーリアの鼓動は自然と早くなる。


「リディって?」

「スマンな。実はリディにアルカードの名物を聞いてきたんだ。この手の話題に精通しているからな」


 実はジークフリードの手柄テガラでも何でもなく、実妹リディエンヌによる入れ知恵であったのだ。

 リディエンヌはアーリアにとって初めての友人。アルヴァンド公爵ルイスの愛娘でありジークフリードの妹でもあるリディエンヌは魔導に精通しており、これまで同性の友人を持たなかったアーリアも、彼女とは互いの立場と身分を超えて親しく付き合っていた。リディエンヌが精通しているのは魔導に留まらず、特に国内外の甘味スイーツという分野には玄人顔負けの知識を持っていた。


「確かに。リディは王都以外の情報にも詳しかったなぁ……」

「ああ見えて公爵令嬢だからな。流行り廃りには敏感で、その分知識も広い。近頃は社交界に於いてもその範囲テリトリーを広げているようだ」


 先頃、第三王子リヒト殿下の婚約者に収まったリディエンヌは、その立場の強化を謀るべく、社交界にも積極的に繰り出している。それをジークフリードはアルヴァンド公爵家の令嬢として相応しい行為だと称賛していた。だが、冷静な判断力とは裏腹に心配してもいた。『王子の婚約者』として表明したリディエンヌには、常に危険が付き纏う事になったからだ。

 しかし、妹の置かれた立場は決して他人ひとが羨むモノではない。王族の妃というのは、見た目の華やかさとは比べる事のできぬ程の苦労がある。それを近衛騎士として王太子に侍るジークフリードには十分以上に理解できてしまうからこそ、表面上はどうであれ内面は晴れない。


「ああ見えてって……。ジーク、リディは貴方の妹でしょう?彼女は聡明で麗しいアルヴァンド家のご令嬢だよ」

「ありがとう。世辞でも兄弟の事を誉められるのは嬉しい」

「お世辞じゃないってば!リディ、そしてジークも、システィナが誇るべき大貴族。立派な紳士淑女だよ。私は他に貴族をあまり知らないけれど、少なくとも私はそう思ってる」


 これはアーリアにとって最上の世辞であり、そして心からの言葉でもあった。

 平民魔導士アーリアにとって雲上人である公爵令息ジークフリード公爵令嬢リディエンヌ。貴族社会に於いても賛美を受ける彼らは、その為人ひととなりも素晴らしかった。

 不用意に他者を蔑める事などせず、一人の人間として相対する。それは言葉にするには易く、行動するには難い。特に特権階級にある者からすれば、平民を自身と同列に見る必要はないのだから。


「そうか……ありがとう、アーリア」

「こちらこそ、ありがとうジーク。いつも気にかけてくれて」


 アーリアは紙に包まれたシュークリームをテーブルの上に置くと、ジークフリードの方へ膝を向け、膝の上で握られた大きな手の上にそっと載せた。ジークフリードは僅かに驚きを見せたものの、フワリと柔らかく微笑んで、自身の手の甲に載せられた小さな手を更に上から包み込むように手を乗せた。


「当然の事だ。俺はお前の騎士でもあるが、大切な女性だとも思っているのだから」

「そ、そんなコト真顔で言わないで!ジークは容姿端麗イケメンなんだから、その顔でそんな事を言われたら、コロッといっちゃう令嬢が大勢いるよ。誤解を招いちゃうでしょう?」


 それまでジークフリードの容姿から放たれる煌びやかなオーラに耐えていたアーリアの忍耐が、プツリと音を立てて切れた。久々に見るジークフリードは獣人の騎士であった時の野性味が薄れ、繊細さが磨かれていた。表情、仕草、言葉、それらが研磨され、一流の美術品のように仕上がっていたのだ。

 それは決して、アルヴァンド公爵令息だからという理由だけではなく、王太子殿下の近衛騎士として相応しくあるように、ジークフリード自身が努力し、他者から舐められぬように振る舞ってきた結果なのだ。

 側に『塔の魔女』の専属護衛騎士として在るべく努力してきたリュゼの姿があったからこそ、アーリアにはジークフリードの努力がどれほど困難に満ちた道であったかを想像できた。ーーだが、それらの理由を置いても、ジークフリードの容姿は反則だった。彼はアーリアが幼い頃に思い描いた『王子様像』そのものだったのだ。


「アハハ!照れているアーリアも可愛いな」

「だーかーら!そういうのはダメだって」


 ジークは顔を赤くして照れるアーリアに苦笑し、そして、安定して伝わらなさ感に肩を竦めた。


「ま、気長にいくさ。ーーさぁ、食べようか?」

「もうっ!なんだか、はぐらかされた気がするなぁ……」


 そう言いつつもアーリアはそれ以上詮索せず、机に置いたシュークリームを再び手に取った。季節を先取りした苺の生クリーム入りシュークリーム。レア度を考えて選んだチョイスだ。


「このまま齧り付いちゃっていいかな?」

「いいんじゃないか?此処には俺しかいないし、それに、こういう物はその様に食べた方が旨いだろう?」


 公爵令息であるジークだが、トアル魔導士の元で悪の組織に所属していた経緯から、市井の生活に精通している。その為、手掴みで食べる事に抵抗はなかったのだ。寧ろ、『郷に入っては郷に従う』を推奨している節すらある。

 アーリアはジークの言葉を受けて微笑むと、シュークリームを覆う包紙を捲って大きな口で齧り付いた。

 サクリとパイ生地の破ける音。生地の中から溢れ出るクリーム。それが口の中いっぱいに広がって、幸せのハーモニーを奏でる。


「ん〜〜〜!」

「ハハ!アーリアは表情豊かだな」


 シュークリームからジークへ視線を上げたアーリアの瞳がキラキラと輝いている。『幸せ』を体現した手足の動きにジークは顔を綻ばせた。


「ジーク、ありがとう!」

「どういたしまして」

「何かお礼ができると良いのだけど……」


 礼など不要だと言いかけたジークフリードだったが、その口を閉じると、自身の頬とアーリアの頬とを指して「ついてるぞ?」と笑った。アーリアの頬には桃色の生クリームがペッタリと付いていた。


「え⁉︎ どこどこ……」

「ほら、ここだ」

「えっ? ーーーーッ⁉︎」


 生クリームを探して左右の頬に指を這わせながら探っていたアーリア。その生クリームのない左頬に手を添えると、ジークフリードはアーリアの右頬に唇を寄せ、そしてーー……


「ご馳走さまでした」


 頬に触れる柔らかな感触。耳を擽ぐる吐息。頬を離れる端正な顔。舐めとられた生クリーム。ニッコリと微笑む王子様から向けらる甘い表情マスク。自身の置かれた状況。それらを漸く認識したアーリアは目を見開くにつれ首から耳まで真っ赤にすると、パン!と風船が弾けるようにパンクした。


お読みくださり、ありがとうございます!

ブックマーク登録、感想、評価など、とっても嬉しいです(*'▽'*)


小話4『ご馳走さまでした【side:ジーク】』をお送りしました。

ジーク×アーリア短編です。

楽しんで頂ければ幸いです(=´∀`)人(´∀`=)

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