小話2 甘い香を貴方へ(下)
※(アーネスト視点)
「ーー待ってくれよ!エリカ」
「嫌よ!」
幸せな時間はあっという間と云うのは本当ですね。そろそろ駐屯基地へと引き上げようかと考えていた時です。カフェテラスの奥にいた女性客のテーブルで、騒々しい声があがったのです。
私たちは疑問符を浮かべながら首を巡らせると、そこには春らしい花柄のワンピースを着た若い女性の姿がありました。そして、その女性に詰め寄る若い男性が一人。周囲の迷惑も考え、席を立ち、足早に店内から出ようとしていた女性の背を男性も足早に追いかけて行きます。
「どうして⁉︎ どうして分かってくれないんだ⁉︎」
「貴方の気持ちには応えられません。それに以前、『もう付き纏わないでください』って言いましたよね?」
「付き纏ってなんてーー」
「ウソよ!なら、どうして私が此処にいる事が分かったの⁉︎」
「それは……」
女性の言葉に言い淀む男性。唇を噛んで目線を逸らした所をみれば、『付き纏っている』と女性の言葉は本当のようですね。おやおやと目を細め、騒動の主たち見学していれば、アーリア様も興味津々と言った雰囲気で彼らの言動を注視しておられます。
「私には想う方がいるの。でも、それは貴方じゃないわ!」
「ッーー⁉︎ 誰……そいつは何処の男だ⁉︎」
「なんで教えなきゃいけないの?ーーキャッ!離してっ」
いくら何でも女性の腕を強引に掴むなど、紳士にあるまじき行為ですよ。さすがに此処でこれ以上の騒動は望ましくない。仲介に入るか、立ち去るか、それとも……と思案を巡らせた時、目線の端に煌びやかな青年の姿が横切りました。
「やめたまえ」
男女の間に入ったのは金髪碧眼王子ヅラーーいえ、大変、見目麗しい青年でした。
「カイネクリフ様!」
「ご領主様⁉︎」
ーこの場面で貴方が来ますか?ー
「此処は神聖なる領主館。国王陛下の代理人たる私の居城だ。この場所での狼藉は固く禁じられている事を知らない訳でもあるまい?」
確かに、此処は領主館内に併設されたカフェテラス。領主館の職員のみならず領主様が茶を嗜む場所であっても可笑しくはありません。ーーと云うよりも、正しくは私たちがこのカフェテラスを訪れている事を知った領主様が顔を出しに来たに違いありません。しかし、実際に脚を運んでみれば、カフェテラスの扉付近で一組の男女が口論していた。そこで、女好きの領主は当然、女性の味方をした。……とまぁ、大方そのような流れではないでしょうかね。ですが……
ー貴方が間に入った方が、話が拗れるように思えるのですが……?ー
アルカード領主カイネクリフにとって女好きは天性からのモノ。私などは『三度生まれ変わってもその性癖は変わらないだろう』と確信しております。今世でも充分女誑しぶりを発揮しておいでですからね。それに加えて『情熱的な一夜の恋』を推奨する彼には女性絡みのトラブルは常に付き纏っています。
「君、大丈夫かい?」
「はいっ、カイネクリフ様!」
女性はポッと頬を染め、仲裁に入った領主様の顔を魅入っている。その表情はまるで『恋する乙女』そのものであり、案の定、男性はアッと口と目を大きく開けた後、ワナワナと身体を震わせ始めた。
「ま、まさか、エリカ。君の想い人と言うのは……」
「そうよ!カイネクリフ様よ‼︎」
断言する女性。驚愕する男性。そして、寸劇の観客と化していたカフェテラスの客たちの騒めき。通常は客たちの間で躱される話題に『知らぬ存ぜぬ』を通す給仕たちすら息を呑んでいる。
そして、視界の端ではハッと息を呑むアーリア様のお姿が見えます。……そうですね。他人事ならば突然始まった寸劇は娯楽そのもの。私としては、幼馴染みでもある領主様の手ぐせの悪さに頭が痛くなる思いですが……。と、そうこうしている間にも、話の展開は進んでいました。
「カイネクリフ様は私の店に来て、こう仰ったの」
女性は両手を組むように握りしめ、少々困惑気味のご領主様ーー外見は平静さを保っていますーーの顔を見つめ、ご領主様との思い出を語った。
『このように美しい甘味など見た事がない。まるで宝石のようだ。きっと、君の心が美しいから、このような菓子を作る事ができるのだね?』
嗚呼……この歯の浮くような台詞。間違いなく領主様ご本人の言葉に違いありません。キラキラと目を輝かせる女性には失礼ですが、私は今、此処で砂を吐きたい気分です。
「カイネクリフ様は私の作るスイーツを褒めてくださったのよ!」
「た、確かに君の作るスイーツは絶品だ!でも、君の菓子作りの技術を褒められたからと言って、それでご領主様を好きになるなんて……」
「カイネクリフ様は私の手を取って口づけをくださったわ!」
「な、何だってッ⁉︎ パティシエの手に口づけするなんて……!君はご領主様にプロポーズされたと言うのか⁉︎」
「ええ、そうよ!」
男性の結論に女性が力強く頷き肯定を示します。しかし、それに同意しかねた領主様はすかさずストップをかけました。
「ーーえ⁉︎ ちょ、ちょっと待って」
さすがの領主様も状況が飲み込めてはいないのでしょう。額に汗こそ浮かべてはいないものの、焦ったように手を挙げます。
「何ですか?ご領主様」
「どうかなさって?カイネクリフ様」
男女の声がピッタリと重なります。
「確かに私は君の手に口づけをした。しかし、プロポーズした覚えはないのだけれど……」
「「えーー⁉︎」」
息もピッタリですね。『もういっそうの事この男女がペアになれば良いのでは?』と考えてしまったのは私だけではない筈です。アーリア様はワクワクソワソワと云った雰囲気を隠せず、手に汗握って、寸劇鑑賞と洒落込まれていましたが、アルカード領主カイネクリフの女誑しが招いた事態だと判るや否や、微妙に眉根を潜めておいでです。
「酷いわ!カイネクリフ様!」
「えっと……?」
「パティシエの手に口づけをしておいてーープロポーズしておいて……!あの甘い口づけとお言葉はウソだと仰るの⁉︎」
「そーーそれは……」
「ご領主様!貴方はエリカを弄んでいたのですか⁉︎」
「そ、そんな事はナイヨ⁇」
領主はカタコトに疑問符。これは相当テンパってますね。
「……。帰りましょうか?アーリア様」
「そーですね」
これ以上の見学は無用。この事態を治めるには当人たちで話し合って解決するのが一番です。私はアーリア様を促すと、彼女の座る椅子を引きました。
「『女の子には甘いチョコレートがとても似合う』と仰いました。父の故郷ドーアでは、愛する者にチョコレートを贈る事、そして、手の甲に口づけを落とす事は愛の告白なのです!カイネクリフ様はそれに賛同なさったではありませんか⁉︎」
我々は寸劇の役者たちを横目に椅子を立ち、役者たちを避けるように大きく迂回し、カフェテラスの扉の方へと歩みを進めます。
チラリと横目で幼馴染みを見遣れば、そこには『アレにはそのように深い意味があったのかぁーー』と遠い目をする馬鹿の横顔が。自業自得とはこの事ですよ、クリフ。
「もーー申し訳ない、エリカ嬢。私にはすでに心に決めた女性がいるのです!」
「ええ⁉︎」
「それはーーーーこの女性です!」
この時のカイネクリフは無駄に素早い動きを発揮しました。カフェテラスを足早に立ち去ろうとしていたアーリア様の腕を掴むと強引に引き寄せたのです。そしてあろう事か、ヒィと悲鳴を上げるアーリア様の口に手をかぶせ、逃げられぬように片腕でアーリア様の腰をホールドしました。
「……クリフ。やって良い事と悪い事がありますよ」
私の側からアーリア様を奪うとは、良い度胸をしているではありませんか。私からの殺意溢れる視線を背後から受けているのにも関わらず、腐ってもはアルヴァント公爵家の騎士と言ったところ。齎される殺気をサラリと躱しています。
「その女性が?でも、その方はそちらの男性と……」
「彼は彼女の護衛です」
「そう、なのですか?」
「彼女が私の想い人だと判れば、危険な目に遭う事もあるのでね?護衛をつけていたのですよ。現に、彼は帯剣しているでしょう?」
確かに護衛騎士ならば帯剣していて当然です。帯剣するには許可が必要ですがそれ程厳しい審査ではありません。騎士、兵士、冒険者……比較的簡単に許可を得て帯剣する事ができます。ですがーー
ーこれは面白くはありませんねー
反論しようにも領主様の手によって口を塞がれているアーリア様。背後から羽交い締めにされ、むーむーと呻かれている様からは、どう見てもお二人が『恋人同士』には見えないのですがね。どうやら、それにツッコミを入れる者はこの場には居ないようです。
「この女性とは、こうして領主館に近い場所で時折逢瀬を重ねていたのです」
「そんな!」
「ーー嗚呼、私の愛しい女性。私には君だけだよ」
動揺する女性を横目に話を強引に進め、事態を収める事にしたようです。ですが、自分の招いた事態の収集にアーリア様を巻き込むなど言語道断!私は馬鹿領主からアーリア様を引き剥がすべく手を伸ばしました。しかし、事は一瞬の内に起こってしまいまった。
クリフはアーリア様を上向かせると、髪を梳き除けながらその額に唇を落としたのです。
ーピシリー
空気が氷のように割れ爆ぜる音が響きました。額にキスを落とされたアーリア様は茫然自失。言い争っていた女性と男性は息を呑み、私の額には青筋がくっきりと浮かび上がる……
「ーー酷いわ!」
「そうだ!僕のエリカの心を弄ぶなんて、ご領主様はなんて酷い男なんだ!」
わっと泣き叫ぶ女性。憤怒を露わにする男性。
「エリカ。もう、ご領主様なんてやめなよ。僕なら君を幸せにしてあげられるから……」
「貴方なんてイヤよ!何度も言うけど、付き纏うのもヤメテ!」
「くそっ!どうして僕の想いがエリカに届かない?何故なんだ⁉︎」
「何度言えば分かってくれるの?貴方の顔が好みじゃないのよ!」
ーそれは致命的ですねー
『好みの顔じゃない』とスッパリ振られた男性は崩れるように床に膝をつき、肩を震わせながら握った拳を床に叩きつけた。
「みんな、みんな死ねば良いんだ!僕もエリカも、そしてご領主様、貴方もーー‼︎」
ゆらりと大気が揺れる。男性の身体を起点として魔力粒子が小波を作っていく。
ー彼には魔術の心得があるのですねー
システィナに於いては特段、珍しくはありません。ただ、魔術を扱う者には『確かな倫理観』が要求されるのですが、彼にはその倫理観が欠落している様子。ひょっとしたらモグリの魔術士の類かも知れませんね。
そうこうしている間にも、悲鳴を上げて逃げるように扉の外へと駆け出した女性の腕を男性の手が掴み上げました。
「僕の魔術でみんな燃やしてやる!燃やし尽くしてやる!溶けて仕舞えば良いッ。チョコレートも僕の想いも、エリカ、君もーーーー」
「いやぁ!離してッ‼︎」
三文芝居もいい所ですね。愛憎渦巻く寸劇を観客気分で観覧できていたのも此処までです。役者たちが気持ちよく芝居の世界に浸っているは結構ですが、それによって観客たちに被害が出るのなら放ってはおけません。被害者女性には悪いですが、私の最優先事項は『アーリア様のお命』ただ一つ。加害者男性共々、この舞台から退場願いましょう。
そう結論を出して後、腰を僅かに落とし剣の柄に手をかけたその時……
「それ、困る」
凛とした声音。星屑のように煌く魔力の粒子。水の原子と水の精霊とが宙に幻想を創り出した。
ーザパアァァァァ……ー
「きゃあっ⁉︎」
「なんだぁ⁉︎」
「え、私まで⁉︎」
虚空から生まれた水が天より降り注ぎ、お騒がせ三人組をずぶ濡れにさせた。水も滴るなんとやら。濡れ鼠と化した領主の腕から抜け出したアーリア様は乱れた髪を整えながらーーご自分は濡れておいでではございませんーーお騒がせ三人組に向けて冷たい視線を放たれた。
「反省して。チョコレートに罪はないでしょ?」
ー仰る通りです、アーリア様ー
無詠唱で魔術を発動させ男性を拘束したアーリア様の表情は、それはそれは冷たいものです。男女の愛憎劇の末に巻き添えになりかけ、剰え、家族への大切な贈り物を台無しにされかけたアーリア様に『慈悲の心』など期待してはいけません。まるでゴミを見るような目付きで三人を見下ろすアーリア様。それは、普段の愛らしい表情からは想像も出来ないものでした。しかし……
ーゾクゾクしますねー
笑顔が素敵な我が主ですが、怒りに満ちた表情もまた格別です。うっとりと目を細め、口元の笑みを隠すように手を置いて眺めていた私を、「アーネスト様、行きましょう」との声が現実に引き戻しました。
その時、私は自分の中にある度し難い性癖に気づいしまい、辟易したのは言うまでもありません。
※※※
※(リュゼ視点)
王都へ来て半月近く経とうとしていた。軍務省長官殿と面談し、元騎士の御子息を成敗してからと言うもの、暇を持て余す毎日を過ごしていた。
何故か、僕がアーリアの元から引き離された経緯を憂いてくれたウィリアム殿下の取り計らいによって、時折、獅子くんが僕の所に貸し出されてきた。獅子くんはイヤイヤと云った感じだけど、王太子殿下の御命令じゃ断れないからさ。時々、僕の暇に付き合って鍛錬場に付き合ってくれている。
そして今日も日がな一日、鍛錬場で獅子くんや獅子くんの仲間と鍛錬に明け暮れていた。嗚呼、なんて健全な生活だろう。ーーあぁでも、獅子くんのお陰で王宮の騎士たちの中にも知り合いが出来たことは大きな収穫だと思う。
鍛錬の後、シャワーと着替えを済ませ、食事を終えて王宮内にある騎士寮の一室ーー充てがわれた部屋へと帰って僕を迎えてくれたのは、淡い月光だった。窓際の丸卓の上の水差しに手を掛けようとした瞬間、目の前がポゥッと光り、輝き始めたんだ。そして……
ーことんー
光の中から生まれたのは小さな小包だった。緑色の包装紙に包まれた小包には、臙脂色のリボンが巻いてある。中身は何だろうか?と軽い箱を揺らせば中からカタカタと小さな音がした。
「アーリア?」
それ以外には考えられない。誰もいない室。固く施錠されている密室。そこへ突如虚空から現れた小包。月光のような魔力粒子の輝きは、《転送》魔術の発動にあたって現れる現象に酷似していた。すると、僕の予想を確信にするかのように、耳に嵌めたイヤーカフーー《通信》の魔宝具が起動し始めた。
『こんばんは、リュゼ』
ジジ、ジジジ……という稼働音の後に続いて聞こえてきた声は、僕が今一番聞きたい女性の声だった。
「こんばんは、アーリア」
耳の奥に響く愛しい女性の声に口元が緩んでいく。『夜分にごめんね?今時間、大丈夫?』と続く言葉に「大丈夫だよ」と答えると、僕はにやける口元を隠しもせずにドッカリと寝台の上に座り込んだ。
「ーーへぇ〜〜そんなコトがあったんだ?」
『相変わらずでしょ?カイネクリフ様』
「みたいだねぇ〜〜顔は獅子くんそっくりなのに、性格は随分と違うんだね?」
『うん。ジークは真面目だもの』
「ん〜〜まぁ、そうかな?」
昼間の出来事を思い出しながら話すアーリア。領主サマ主宰の『チョコレート記念日』、『チョコレートの祭典』、そして『愛憎渦巻く寸劇』に、僕は一体何処からツッコミを入れればいいのか分からなかった。
兎に角、さすがはご領主様と褒めておこう。自分の顔の良さを自覚していて、それを利用する事に躊躇いすらないんだから。でもね、それは獅子くんーージークも同じなんだよ。
最近、獅子くんの同僚の騎士たちと話す機会が増えているんだけど、彼らから聞いた獅子くんの武勇伝も中々のモノだったんだ。サスガ!『アルヴァンド公爵家』‼︎ ルイスさんもスミに置けないけど、僕からしたら皆んな似たり寄ったりってトコかな?
ただ、獅子くんはアーリアに対してカッコつけてる部分が多少どころか多量にあるからさ。今は彼の名誉の為にも黙っておいてアゲルよ。
『何だか照れるね、《通話》』
「そう?僕はアーリアの声が聞けて嬉しいよ」
声からもアーリアが照れているのが伝わってくる。これまでは互いに互いの側にいたから《通話》の魔宝具なんて数えるくらいしか使った事がなかった。だから、こうして離れた場所から声だけで会話している状況がアーリアにとっては少し恥ずかしいのだろうか?でも、僕はこうして声だけでも聞けて嬉しい。物理的に距離が離れているから、今の僕には彼女の周囲で起こった出来事になんにも対処できない。仕方ないんだけどさ。でも、だからこそ、こうして本人から話が聞けるのは有り難いんだ。
『小包は届いた?』
アーリアの言葉に小包を手に取った。
「うん。可愛い箱だね?中身は……」
『そう、チョコレートだよ。ぱてぃしえリアンの新作なの』
「ぱ……?」
『王都に本店があるんだよ。リディから教わった菓子店で……。あっ!それはビターだからリュゼでも食べられると思う』
リディの名に僕は成る程と顎を下げる。リディーーリディエンヌ・フォン・アルヴァンドは宰相サンの一人娘。獅子くんの妹だ。リディはアーリアの数少ない女友だちで、アーリアが王都に居る時には何かと世話を焼き、城下街に連れ出してくれていた。その行く先は主に甘味処。彼女たちは『王都、甘味めぐり』と称して精力的に繰り出していたんだ。僕は護衛として彼女たちの後ろをついて廻っていたけど、その一つひとつの店を覚えてはいない。それに僕はそれ程甘い物が得意じゃないから、途中から甘味処から漂う甘ったるい匂いにダウンしかけていたくらいなんだ。
ー女の子ってホントすごいよねぇー
僕が言いたいのは『その小さな身体の何処にそんなエネルギーが詰まってるのか』ってコト。特に、アーリアに出会ってから『女性』に対して持っていた印象がガラリと変わった気がするんだよねぇ。
アーリアに出会う前にいた犯罪組織には女っ気は一つもなかった。だから、組織のメンバーたちは街に降りては飲み屋に繰り出して、ある者は夜な夜な女を買っていた。それは単純に女性が男の精力処理としての役割を担って貰っていたってだけで、一個人としての尊厳を持って対峙していた訳じゃないんだ。今考えればサイテーだと思う。けど、男なんて一皮向ければソンナモンなんだよね。
だから、あの変態魔導士の命令に従って一人の少女を追いかけるようになってからーーアーリアと出会ってから起きた僕の中の変化は凄まじかった。アーリアの側にいる事で僕の中の『女性像』が大きな変化を遂げたんだ。
単純に体力や力と云ったモノで比べれば、女性はか弱い生き物だ。でも、その精神力は男性の比じゃないんじゃないかって思う。そう僕に思わせてくれるだけの『強かさ』を女性はーーアーリアは持ち合わせているんだ。
『いつもありがとう、リュゼ』
少し考え込んでいた時、徐にアーリアは礼を言ってきた。
「ーーん?どーしたの、急に改まっちゃってさ」
『今日、アルカードでは『大切な人にチョコレートを贈る日』なんだよ。チョコレートに想いを込めて贈るんだって……』
「……じゃあ、僕はアーリアの『大切な人』ってコトでいいのかな?」
自惚れちゃいそうなアーリアの言葉に、僕は一瞬、言い淀んでしまった。だから少し含みのある言葉を口にしてしまったんだ。けど、アーリアは僕のそんな気持ちなんか知らずに、『勿論だよ』と即答してきた。思わず緩んだ僕の顔は、相当、マヌケヅラだったと思う。
『リュゼ、いつもありがとう。これからもよろしくね?』
ーそんなの当たり前じゃん。願ったり叶ったりだよー
柔らかなアーリアの声音。胸の奥がジンワリと温かくなっていく。指の先がチリチリと震え、ゾワリと背筋に甘い痺れが疾る。
「勿論だよ、アーリア。君が嫌だって言ってもずっと側にいるから……」
これは『誓い』だ。けど、『騎士の誓い』なんて云うカッコイイもんじゃない。僕が僕自身の為にアーリアと共に在る事を決めた。だから『忠誠』って言葉では決して片付けられやしない、僕の心からの『願い』なんだ。
きっと、アーリアの僕への想いと僕のアーリアへの想いには食い違いがある。けど、それでも良いんだ。彼女の中にある『大切な人』の枠内に入っているだけで、僕は……
『リュゼ。お仕事頑張ってね』
「うん」
『身体には十分気をつけてね』
「うん」
『できるだけ早く帰ってきてね』
「うん」
甘い痺れに浸っている内にも、アーリアの言葉は続いていく。耳に響くどの言葉も温かい。僕はその全ての言葉に肯定で返していく。
「ありがとう。アーリアも無理しちゃダメだよ。待っていて、すぐに君のもとへ帰るから……」
魔宝具の向こうにアーリアの顔が浮かぶ。きっと泣き笑いのような微笑を浮かべているに違いない。
アーリアはすぐに無理をするからね。嫌な事や辛い事があっても『仕方ない』って言ってグッと我慢するんだ。だから僕が早く帰って側にいてあげないと、君は安心して眠る事もできないでしょ?
ー僕の大切なアーリアー
「おやすみ、アーリア。良い夢を……」
僕はそう言って、瞳の奥ーー瞼に浮かぶアーリアの額にキスを落とした。
お読み頂きまして、ありがとうございます!
ブックマーク登録、感想、評価など、すごく嬉しいです(=´∀`)人(´∀`=)ありがとうございます‼︎
小話2『甘い香を貴方へ(下)』をお送りしました!
遠い地にいるリュゼへ甘い香と共に『想い』を伝えようとしたアーリア。『大切な人』だと断言するアーリアにリュゼは……。
遠いようで近い二人のココロ。
アーリアの心に恋心は生まれる日は近いかも!?
※本編から小話を抜き出して掲載しています。
よろしければ本編も是非ご覧ください!