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小話7 新しい年もあなたと

※「魔女と北国の皇子」後半部の話になります。

 バルコニーへ吹き込む夜風が、火照った身体を冷やしていく。吐く息は白い。

 大陸の北部に位置するエステル帝国の冬は、システィナのそれより寒い。秋が短く、一年で一番冬が長い。作物の育成に不利な地域ながら、豊かな農地を維持している所以は魔法だ。地理的不利を魔法で補っているのだ。

 魔法はエステル帝国に於いてなくてはならないツール。

 薄着で冬のバルコニーへ出ていようとも凍える事がないのは、白亜の帝宮を覆う結界魔法の成せる技だ。


「ーー冷えますよ、姫」

「あ、ありがとう」


 照明魔法によって彩られる薔薇園をぼんやりと眺めていたアーリアの肩に、暖かなストールが掛けられた。

 リュゼの手が細い肩に薄紅のストールが巻く。そのまま耳元で「疲れた?」と問われたアーリアは、「少しだけ」とほんの少し眉を下げた。


「もうすぐ年が明けるね、リュゼ」


 他人目を忍びつつコッソリ防音魔術を自身の周囲に向けて展開すると、アーリアは気軽な口調で話しかけた。


「そうだね。でも、まさかエステル帝国(こんな場所)で新年を迎えるなんて、思わなかったカナ」


 リュゼの言葉に心から同意するアーリア。アーリア自身、このような他国の地で年越しを迎えるとは思ってもいなかったのだ。

 一年前の今頃は師匠の下で、姉弟子や兄弟子に囲まれて過ごしていた。夜中まで魔宝具談義に花を咲かせたのは、今となっては遠い過去。今年も同じような年越しを迎えると思っていたアーリアにとって、今の状況は全くの予想外でしかなかった。

 バルコニーから見る室内には、大勢の着飾った老若男女。男性はグラス片手に、女性たちは羽扇で口元を隠して朗らかに笑い合う。背後に流れる管弦楽の調べ。華やかで煌びやかな世界を視界に収めれば、溜息しか出ない。


「来年はもう少しゆっくり過ごしたいな」

「今年は色々あったからねぇ〜」


 言葉とは不思議なもので、どんなに辛くどんなに理不尽な出来事があったとしても『色々』の一言で片づいてしまう。『喉元過ぎれば何とやら』とは片付けられないほどに、未だ喉を焼いた痛みは引かない。


「リュゼにも色々あったでしょう?」

「あったとも!これでも驚いてんだよ?」


 魔導士バルドの下で犯罪組織の一員として暗躍していたリュゼにとって、この様な光当たる場所で騎士の真似事をしているなど、場違いでしかない。今では悪友ユーリを揶揄って過ごした日々が懐かしくてたまらない。

 成り行きで女の尻を追いかけて、こんな遠くにまで来てしまった。こんな姿を見たら、彼はどう思うだろうか。

 鼻で笑う悪友の顔を想像するなり、リュゼは「世の中、何が起こるか分からないもんだねぇ」と遠い目をした。


「後悔してる?」

「ぜーんぜん!」

「本当?」

「ホント」


 魔導士バルドを裏切って組織を抜けた事を、帝国へ流された事を、護衛騎士という役割を押し付けられた事を、リュゼは後悔などなかった。それはリュゼの表情を見れば分かる事で、聞いたアーリアもホッと胸を撫で下ろした。


「そりゃ理不尽だなって感じる事があるにはあるけど、それはこれまでだってずっとそうだったし。だけどさ、今は僕にとってボーナスステージみたいなもんなんだ」

「ボーナスステージ?」

「そ。だって、僕は望んで此処にいるんだから」


 アーリアの側にいる事、それはリュゼ自らが望んだ事。後悔などする筈がないし、もし後悔したとしてもそれはアーリアの所為ではない。

 アーリアに会うまでのリュゼは、何時いつ何処どこでで死んでも後悔などしないと思っていた。それが、今では簡単に死ねない理由が出来た。これがどれ程の心境の変化か、他人には分からないだろう。きっと、向かいに立つアーリアにも。


「君の側にいるよ」

「……飽きるまで?」

「そ。飽きるまで」


 それは夜空の下で交わした約束。

 アーリアがリュゼの行動を制限する事はないし、リュゼがアーリアの行動に難癖を付ける事はない。二人の間には明確な境界線があって、無闇に踏み込む事はない。それは決して無関心からの対応ではない。最大限の敬意。大切な相手だからこそ、その想いを尊重したいと思うのは、当然ではないだろうか。


「リュゼ、ありがとう」

「アーリアもね」


 見つめ合い、互いに微笑み合う。

 どんな境遇であっても一人でないなら、二人なら乗り越えて行ける。そう思えるだけの信頼が、二人の間には築かれ始めていた。帝国での生活が、信頼関係を強固なものにしていたのだ。


「アーリア、これからもよろしくね?」

「こちらこそだよ、リュゼ」



 ※※※



 微笑み合う二人を邪魔する尊大な声。


「ーーおい、こんな所で何をしている?」

「ユークリウス殿下?」


 大広間内から薔薇園へと繋がるバルコニー。そこへ大股で踏み込んだのは、大帝国エステル皇太子ユークリウス殿下その人だ。殿下は不機嫌に足音を鳴らすと、自身の婚約者とその護衛騎士との間に身体を割り込ませた。


「俺の婚約者に不埒な真似などしておらぬであろうな?」

「まさか。その様な事実はございません」

「フン!太々しい男だ」


 胸に手を置き、頭を下げる護衛騎士。その姿にユークリウス殿下は再び鼻を鳴らす。その間にもちゃっかり婚約者の肩に手を回している。そんな大人気ない態度には、付き従う側近ヒースもどこか苦い顔だ。


「アリア姫、お迎えに参りました」


 ヒースの言葉に頷くアーリア。


「そろそろ時間だ。準備は万全か?」

「ええ。滞りなく」

「うむ。こちらも根回しは万全だ。五月蝿い連中が吠え面掻くのが楽しみでならんな!」


 ハハッ!と笑うユークリウス殿下はとても今をトキメク皇太子殿下とは思えない。アーリアとしても、皇太子殿下に命じられては反対などできない。ただにこりと笑って付き従うのみだ。


「アリア、此方こちらへ」

「はい、殿下」

「さぁ、新年の華々しい幕開けと行こうか!」


 差し伸ばされた手を迷わず取るアーリア。

 ユークリウス殿下は婚約者の白い手を壊物を触る様に握ると、バサリと豪奢なマントを翻した。



 ーヒュ〜〜ドンッ!パラパラパラ……ー



 夜空へと広がる華々によって新年の幕開けを迎えた大帝国エステル。

 白亜の帝宮を覆う光の華が夜空を彩った。

 轟音と共に夜空へ広がる派手な火花に、魔法帝国に住まう精霊の民たちが揃って度肝を抜かされるという珍事件は、首謀者が皇太子殿下である事から抗議の声は挙がらなかった。それには、皇帝陛下や主だった貴族の黙認があったからともされるが、真相は闇の中。


「新しい年を祝して、そーれッ!」

「「「おぉーー!」」


 自らの魔術に対して揃って挙がる感嘆の声に、アーリアは満足そうに微笑むとペコリと頭を下げた。


「皆さま、今年もどうぞ宜しくお願いします!」








明けましておめでとうございます!

本年も皆さまどうぞ宜しくお願い致します(*'▽'*)


小話7『新しい年もあなたと』をお送りしました。

この後、アーリアの望む平穏な日常は訪れないのはご存じの通り!波瀾万丈は継続中です。


本編のアーリアをどうぞ生温かく見守ってください!

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