虚なる魔を穿つ閃光
【何が……起きたんだ……?】
ルイザが溶岩に取り込まれた後、呆然と立ち尽くしていたデュランダルは、焦りと困惑が混じった声でそう呟くと、混沌たる頭上の光景をその双眸で捉えた。
兜で狭まっていた視界の先には、突如崩れ行く溶岩の巨人。
そして溶岩から落ちてくる、取り込まれたはずのルイザ・マルレインの姿。
不死身の男・デュランダルとはいえ、溶岩に取り込まれた後に五体満足で飛び出してくる人間というのは見たことがなかった。
ルイザの体は不思議な球体状の光に覆われ、崩壊する岩壁、天井より流れ落ちる溶岩から守られていた。
そして彼女の腰に愛用のレイピアはなく、その代わりと思わしき光輝く剣が背中に存在していた。
剣から放たれる光によって体を守る結界は維持されており、ルイザの肉体が地に着いてもなおその光が消えることはなかった。
デュランダルは大剣を振り回して溶岩や岩石を弾きながら、球体で守られているルイザの元に向かった。
足場には高熱の溶岩が川のように流れ、一歩進む道すらも危うくなっていたが、デュランダルはまるで熱さを感じていないように平然と走っていた。
その秘密、そして彼が不死身の男と呼ばれるようになった理由。
それは全て、彼が纏う漆黒の鎧に隠されていた。
不浄の壊鎧。
古代の大戦で魔族が使用していた、持ち主に不死性を付与する魔導遺物の鎧を、デュランダルは使用していた。
――否、使用することを強制されていた。
魔界より現れた魔女の中でも、自らの快楽のために人間を刻む魔女――動天。
とある王国に彼女が攻め入った際、高潔なる精神を持ち、その国の騎士であったデュランダルの前身は、自らの身と引き換えに、国から手を引くように言ったのであった。
その行為に感銘を受けた動天は、彼に永劫に続く呪縛を施し、不浄の壊鎧を着用させた後、まるで最初からそうすると定めていたように、彼が所属する国を滅ぼしたのであった。
それを見た彼は、定められし運命というものを唾棄し、否定するようになった。
そして、流浪の傭兵として各国を渡り歩く内に、殴っても蹴っても刺しても焼いても、いくら倒しても死なない男の噂――不死身の男の名前が流れるようになっていた。
――そして彼は、これ以上自らの目の前で命が奪われることを、決して許しはしなかった。
【オォォォォォォッ――――――――――!!!!!!!!!】
重金属同士をぶつけたような咆哮が、目の前を無様に這いつくばる巨人の残骸に襲い掛かる。
ルイザを球体ごと呑み込もうとしていた意思持つ溶岩塊は、空間を震わすその声に、一瞬にして怯えた様子を見せる。
そして次の瞬間、憤怒の顕現であるかのような大剣が、溶岩塊めがけて振り下ろされる。
――ぐちゃり。
大剣の一閃は、核であったグリュニールごと溶岩塊を断ち切った。
◆◆◆
「ようやく、儂が撒いた種を目覚めさせる者が現れたか。これほどまでに時間がかかるとはなあ、ロストリオよ……」
ルイザは、再び白銀の剣の前に立っていた。
彼女の目の前には、紅色のマントに現代では失われた恰好をした女性が佇んでいた。
そして、己を見て不敵に笑うその顔を、彼女は知っていた。
「……貴方は」
「ロストリオの連れ、そしてお前たちマルレイン家の原初の母、そう言ったほうがいいか? ルイザ・マルレイン……」
目の前の存在が不自然に蠢き、原初の姿へと形を変える。
万物を嘲笑うような混沌を招く眩き時代の神話生物であるかのようなその姿は、しかしルイザには母親のような温かみをもたらしていた。
「儂は、ウィルシャ・ラーズクレス、そして……マルレイン。またの名を、執光の魔女」
その言葉、そして彼女が指の一つを弾いた音と共に、人間が溜め込んでおけるマナの量を遥かに超越した緑色の暴風が、ルイザの精神体に向けて叩きつけられる。
しかしその凄まじき威力に反して、暴風は彼女の乾ききった魂を潤し、不安定な状態であった精神を調和させ、溶岩に溶かされた肉体を再び蘇らせた。
ルイザに再びの肉体を付与した後、ウィルシャはくつくつと笑い出した。
「これで、儂と対等に話せるようになるな。儂だけ肉体が存在するというのは、ちと不公平だからな」
その存在――健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、 悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、大英雄ロストリオ・マルレインの隣に在り続けた伝説の魔女、ウィルシャ・ラーズクレスを目の前にしたルイザは、様々な感情の波に出すはずの言葉が出てこなかった。
「……私の名前を、知ってるんですか」
「我が命の螺旋に刻まれた血は、全て記憶しているよ。お前の親や兄弟、祖父や祖母、そこからずっと遡れば、ロストリオと儂の元まで辿り着くのだ」
その姿は、マルレイン家が今の時代まで続いたことによる歓喜を現しているかのようだった。
「そして、お前にもその剣を抜く資格がある。ロストリオが己のためにこしらえ、儂が魔力を注ぎ込んだ剣、おぬしらはこう呼ぶのだったな――魔導遺物と」
改めて、ルイザは目の前に存在する剣に向き直る。
それを見ただけで、全身に力が染み渡っていくような感覚が巻き起こる。
『今こそ、その真の名を叫べい!』
ウィルシャの叫びに呼応し、一つの名前がルイザの脳に浮かび上がる。
その名は脳から喉へと伝達し、ゆっくりと口を通って、剣に刻み付けられる。
『混沌を照らす太陽――ネイベルス! 戻れ! 主の元に!』