大地に満ちるは戦火の残滓
道中無数に現れる魔物を打ち破り、ついにルイザとデュランダルはボンガリア最大の活火山――魔物に支配され、不気味な緑色の溶岩を垂れ流し続けるツァルク山にやってきたのであった。
ルイザの額には、火山から迸る強烈な熱による汗が浮かび上がっていた。
それに加え、彼女が纏う黒と金色を主体としたドレスアーマー、そしてインナーも、彼女の体に汗を走らせる要因となっていた。
しかしルイザが気になっていたのは、体の全てを漆黒の鎧で覆った、隣に佇む大男であった――。
「そんな分厚い鎧で、暑くないの貴方……?」
暑さにより息が絶え絶えになりながら、ルイザは隣に佇んだまま微動だにしない男に話しかける。
【東洋の言葉に、――心が揺らがなければ、周囲の一切は気にならなくなる――という言葉がある。俺はその精神を悟り、暑さや寒さという概念を超越した、というわけだ】
「そう……。それならいいけど」
と言いながら、ルイザは大地に落ちていた木片を拾い上げ、火山から漏れ出す緑色の光によって輝く鎧に押し当てる。
すると、木片は一瞬にして熱を持ち、ぶすぶすと煙を上げながら炭と化していく。
急いでそれを大地に投げ捨てたルイザは、もう少しで熱が伝達するところだった籠手を振って冷やし、普段の彼女からは到底出てこない優しげな口調でこう言った。
「……暑いと感じたなら、いつでも休憩していいわよ。流石に私一人では、ここの魔物は対処しきれそうにないもの」
【……助かる】
二人は汗を拭いながら火山の麓を巡り、かつて大戦争時代に使われていたとされる鉱山跡地を探し、道が続く山の内部へと足を踏み入れた――。
直後、山から流れる緑色の溶岩を眺めたデュランダルは、ふいに言葉を口に出した。
【おぞましい光景だ。この緑色の液体が何だか知っているか?】
「大戦争時代まで存在していたエネルギー、というのは知っているわ。他に何かあるというの?」
【その通りだ。しかし一つ付け加えるとするならば、大戦が発生するまで魔術の素として使われていた――マナというエネルギーだ】
シルディルス以外にも様々な大陸・場所を巻き込んで発生した大戦争時代。
空気中に存在していたマナというエネルギー、それを変換することによって大戦前の魔術は形成されていた。
しかし大戦によって空気が荒れた結果、人間の地でのマナが消失し、魔術を生業とする魔術師は、これまで使っていたものの代替品を探っていかなくてはならなくなった。
だが、大戦がもたらしたものは、単純な疲弊だけではなかった。
大戦前後で発生した技術革新により、人間たちは新たな道を模索することになった。そして技術が進んだ結果、これまで使われていた魔術と同程度、あるいはそれ以上の効果をもたらす、術式と呼ばれる概念の開発に成功したのであった――。
「つまりボンガリアが汚染された原因は、魔物たちが大量のマナを火山に放流したから――ということになるわけ?」
【概ねその通りだ。魔物たちの住まう場所――魔界と呼ばれる場所には、今でも高純度のマナが残っていると聞くからな】
「そこまで知ってるなんて、ずいぶんと詳しいのね。どこで調べてきたの?」
【……人には、知られたくない秘密の一つや二つ、あるんじゃなかったのか】
自らの過去の発言を持ち出されては、ルイザも口をつぐむ他なかった。
二人はしばらく無言のまま、現れる魔物を打ち倒していった。
デュランダルの大剣が大地を切り裂いて魔物の足を止め、ルイザの俊敏なるレイピアが魔物を穿つ。
即席のコンビでありながらも、二人の息は合っていた。
しばらく道なりに進むと、異様にぎらついた石壁と地面が二人の目を焦がす。
そして、デュランダルの鎧と剣が、強い勢いで壁に向かって引っ張られる――。
「ちょっと、どうしたの!」
【――ブラブガムだ!】
自らを引き寄せる存在――鉄呼びのブラブガムに気づいたデュランダルは、剣を大地に突き刺して杖替わりにすると、慎重に一歩ずつ足を進め、銀色に光る壁へと辿り着いた。
そしてそれを見たルイザは、同じようにレイピアを大地に突き刺し、デュランダルの後を追った。
「発見したはいいけど、貴方のその体でどうやって採取するというの?」
【こうするのだ】
デュランダルはそう言うと、籠手の中から青い液体の入ったビンを取り出し、壁のかなりの範囲にそれを振りかけ、術式を描き始めた。
描かれる術式に、ルイザは見覚えがあった。
――しかし、それは人間に対して使用するものであり、ただの壁に使用してどうなるというのか。
ルイザが疑問に思った次の瞬間、――バゴン! という強烈な音を立てて、壁の一部が消失した。
【これで後は、お前の用事を終わらせるだけだな。ルイザよ】
「あっ、貴方、今……何をしたの……?」
【――転移の術式を発動させ、クエスト依頼者の元に送っただけだが。お前も探索者であるのならば、転移ぐらい使ったことがあるだろう】
「転移って……こういう使い方はしたことないわ! こういう使い方してもいいわけ!?」
【行うべき依頼に、良いも悪いも存在しない。依頼者にしてみれば、結果だけが重要なのだ】
ルイザは絶句した。
しかし彼女の心には、激怒も呆れも存在していなかった。
今までルイザは、転移の術式は人間に対して使用するものと信じていた。
しかし目の前に存在する鎧の男は、ルイザの使用法など意に介すことなく、物質に対して転移の術式を使用した。
おそらく、目の前に存在するブラブガムの磁力に苦戦している男は、その行為を当たり前のように行っていたのだろう。
ルイザは今、これまで使っていたものに対して、新たな着眼点を見つけたのであった――。