ボンガリア特産品
「デュランダルさん……でしたっけ? 何のつもりで来たのか知りませんけど、貴方が目当てにするようなものは、ここにはありませんよ」
ルイザは、移動速度、彼の者が背負う大剣のリーチなどを確認し、一定の距離を保ちながら、突如自分たちの敷地内に現れた鎧の男との対話を試みた。
【否。俺の目当てはお前だ。ルイザ・マルレインよ】
その瞬間、ルイザの眼光が竜のように鋭く煌めく。
そして彼女の脳内回路が急速に活動を開始し、かあっと頭に血が上ってゆく。
【何も取って食おうというわけではない。警戒を解いてくれ】
その図体から放たれた言葉は、ルイザの心に一切の信用を生み出さなかった。
森を強引に抜けてきたのであろうか、鎧には枝や葉などがが苔のようにへばりついたその姿は、ルイザでさえも正体を知っていなければ森の魔人と見間違えていたであろう。
「まずは、ここに来た理由を説明するものじゃなくて……?」
熱を持つ頭、震えだすこめかみと手を必死に抑えながら、ルイザは話を進めた。
【……俺が起きたら、ウィリアムが姿を消していた。お前のところにいると判断しやってきたのだが、どうやら違うようだな】
「そう。それなら、もう魔物に食われて死んでいるんじゃないの?」
【否。あのほっそりとした体では、魔物も食べがいがないだろう。この島の魔物であれば、あのジャーキーのような人肉より美味いものを知っているはずだ】
「まあ、それもそうよね……」
ルイザはデュランダルと話を続け、少しずつ警戒を解いていったものの、一つだけ気になる点があった。
「デュランダルさん。なぜ貴方のような人間が、この島にやってきたの? 先ほどの口ぶりからして、ボンガリアの惨劇――無月の災厄のことは知ってるみたいだけど、それでも貴方はこの島にやってきた。金か名誉か、そんな些事にまで立ち入るつもりはないけど、この島に来た理由だけは教えてほしい」
【お前がこの島に来た理由を話す――というのならば、俺も教えよう】
デュランダルの言葉に、冷えた脳内で数秒ほど逡巡を重ねたものの、
「……まあいいわ。他人に教えちゃいけないって取り決めはしてないし」
と、ルイザはボンガリアにやってきた理由を話し始めた。
「山脈都市フルム・ハウルムは知っているわね? 知っている前提で話を進めるわよ」
【この大陸に足を置いている者の中で、かの山脈都市の名を知らぬ者がいれば、そいつはよっぽど物覚えの悪い奴だろう】
「そこに住む研究家、あるいは変人――エルレンブル博士と言えば通じるかしら――。その人が、この地に存在する大宝石を必要としていたものだから、必要経費分も弾んでもらってクエストを受けたってわけ」
その話を聞いていない様子であったデュランダルだったが、大宝石と言ったところで僅かに兜と鎧が擦れて軋んだのを、ルイザは見逃さなかった。
【ボンガリアの大宝石――まさか、グリュニールと言うのではないだろうな】
「……そのまさかって言ったら?」
ルイザがそう言った瞬間、兜の中で蠢く眼がぎょろりと見開かれた。
【……本気で言っているのか?】
「私の十九年の人生に――もう数日で二十歳になるのだけれど――、本気じゃない時というのは存在しなかった。いつだって、これからも、常に本気で生きているつもりよ」
デュランダルはしばらく押し黙った後、ゆっくりと兜の中の口を開いた。
【そのような覚悟を聞かされた後では、俺がこの島に来た理由も薄っぺらくなってしまうのかもしれないな】
「あら、別にいいじゃない。この島に来ている時点で、みんな何かしらの覚悟をしてきているものよ」
【俺がこの島に来たのは、ブラブガム磁性石、そしてムルティマの木から取れる樹液の採取だ】
デュランダルの言葉を聞いて、ルイザは一瞬で頭に血が上り、思わず卒倒しそうになった。
「……本気で言っているのかしら、貴方」
【先ほどのお前の言葉を借りれば、俺の人生で本気以外の瞬間は存在していない――というだけだ】
「ムルティマの樹液はまだわかるわ。コーティング剤、結合剤、様々な用途に使えるものね! だけどブラブガムは何に使うの!? この平和を持て余すご時世に、資源戦争でも起こすつもり!?」
【それを聞くのであれば、お前が手にしようとしているグリュニールの用途も知りたいところだが――】
――ブラブガム、そしてグリュニール。
どちらもボンガリア名産の鉱石であり、島が魔物に支配され、資材の供給が止まるまでは、これを巡ってボンガリアで戦争が発生したほどの代物であった。
ブラブガムはその強烈な磁性により、鉄で作られた槍の穂先や砲弾などを残さず吸着し、兵士たちの盾に混ぜ込んで使われた素材であった。
そしてグリュニール。猛烈なる石からの放熱により、ボンガリア島民には太陽の化身と呼ばれていたその地下資源は、ブラブガムを特に焼き熔かす能力を持っていた。
それがどのような変移を遂げたか、説明するまでもあるまい。
兵士の矛として使われるようになったグリュニールは、ブラブガム製の盾を安易に貫き、グリュニールを加工する技術を持った国が勝利するという構図を生み出していた。
ルイザはマルレイン家に残された文献で、大戦争時代に発生していた炎の矛と磁力持つ盾の伝説を知っていた。
故に、旧知の存在であるエルレンブルがグリュニールを欲しがった時も、戦争などに繋がるような行動を起こさない、という約束を幾度となく確認した上で、このボンガリアに赴いたのである。
「私はエルレンブルの誓いを、この目で確認し、この耳で聞いた。だから、その思いに答えるべく、この島にやってきた。貴方はどうなの?」
【剣は持ち主に従うのみ。その持ち主が戦を起こさないという取り決めをしたのであれば、それを信じるしかあるまい】
言葉を絞り出す途中、デュランダルの声はいささかも揺らぐことはなかった。
【そして、同じく鉱石を探す目的を持った俺たちが出会ったのも、全くの偶然であったのかもしれない】
デュランダルは鎧を軋ませながら立ち上がると、黒い鉄槌めいた右手をルイザに差し出した。
「……この手は?」
【俺と組まないか、ルイザ・マルレイン。ボンガリアの魔物に抵抗できる戦力は、一人でも多くいた方がありがたい】
「うら若き女性を戦力扱いなんて、はっきり言って最低の口説き文句よ」
そう言うと、ルイザは大きく呼吸をし、
「――私以外に言ったらね」
右手を覆う手袋をゆっくりと外し、デュランダルの右手に重ね合わせた。