ザッツベン・アートグラム
「ルイザ様、どうかご無事で」
「……まあ、内情を探りに行くだけだし、大したことは起きないでしょう――多分」
ルイザは深いため息を付きながら、先んじてザッツベンの元へ向かったウィリアムを追うべく、ベテルギアに存在する民間船の発着場まで足を運ぼうとしていた。
遺物の取引によって財を成した成金貴族――ザッツベン・アートグラム。
他の成金貴族と呼ばれる存在よりかは偏屈でないが、人と違ったことをするのが好きというのが信条である彼は、まさしくそれを体現するかのように、大陸間高速鉄道すら通っていないような人里離れた場所――シルディルスの西の果てに存在する南西諸島・ハルディバラ島に住んでいた。
それ故、彼に会いに行くには陸路を使用することができず、定期船や飛行船などを使わなければいけなかった。
海沿いを見渡せるという理由でベテルギア南東の沿岸付近に購入したルイザの家から定期船の発着場まではさして距離もなく、ウィリアムの足がそこまで早くなかったということもあり、ルイザがウィリアムに追いつくのにそれほど時間はかからなかった。
そして、定期船発着場のチケット売り場で立往生していたウィリアムを見て、ルイザは深いため息をついた。
「……どーせ貴方、アルネビアからここまでやってくるので金を使い果たして、私のお金でザッツベン老の元に渡航しようとしていたんでしょう? そんなことはとっくにお見通しですのよ」
そう言いながら、ルイザはチケットの販売員に二人分の料金を手渡し、渡された一枚を懐に、もう一枚をウィリアムの胸に叩きつけた。
「へへ……悪いね。この恩は必ず返すよ」
「貴方に恩を返してもらう時なんて、世界が滅びる一分前ですわよ」
足早に船へ乗り込むルイザに、ウィリアムが強者に媚びへつらうような薄ら笑いを浮かべた表情をしながら着いていった。
「それで、遺物研を捕まえただけで、元老院派の動きは収まったのかしら?」
「んなわけねえだろ、他にも教皇派に属する組織のいくつかに罪をおっ被せて、教皇派そのものの弱体化を図っている最中と聞いた。アルネビア領の測量組織とか、後は航空観測所の連中とかをな」
「航空観測所? なんですのそれは?」
「ああ、大戦時代に使われていた、小さい飛行船みたいな気球って乗り物を再現してな、空からアルネビアの観測を行うチームだ。それを元老院派閥は探されたくないものでもあるのか妙に鬱陶しがってな、今回を機に掃討した……というのが、俺がザッツベンの爺さんより聞いた話だ」
二人が話している最中も船はシルディルスの外海を回遊し続け、数時間後にはザッツベンの住まう島――島の外からもたくさんの木々が列を成した存在である大森林が望めるハルディバラ島に到着していた――。
島の名産である巨木は、建物の建材や炉にくべる薪、兵士や探索者が使う盾の素材など様々な用途に使われ、シルディルス中の人間が一斉に採取・分割したとしてもまだ余るほどに存在することから、島外の人間には永遠に尽きぬ材木置き場と呼ばれることもあった。
「――あれだ!」
まるでそこにある風景に自然に溶け込んでいるような萎びた一軒家をウィリアムが指差し、急いで走っていった。
その家こそが、ザッツベン・アートグラムの住まう家であった――。
◆◆◆
「老師! 俺です!」
ウィリアムがそう言うと、ゆっくりと扉が開き、中からぎらついた視線を保つ白髭の老人が姿を現した。
お世辞にも貴族とは呼べないほどの不格好さであり、遺物商として財界に姿を現すザッツベン・アートグラムというレッテルが存在しなければ、ただの徘徊老人にも見えるような恰好をしていたが、本人であることを示す立派な白髭は、至極丁寧に整えられていた。
「……しつけえなオイ、まだ新しい情報は来てねえぞ……って、そっちの嬢ちゃんは、どっかで見たことある顔だな?」
「お久しぶりです……ザッツベン様」
ウィリアムの影から姿を現したルイザを見たザッツベンは、そのふてくされた表情を収め、まるでめったに姿を見せない孫がやってきた時の祖父のような表情に変わった。




