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動き出す歯車

「ルイザ!? おまっ、なんでここに……!?」

「あらウィリアム、お久しぶり。トーティマー島では世話になったわね」


 ヤズサに連れられ、急ごしらえで設立されたであろうボンガリア南西に位置する殺風景なキャンプ地に入った途端、彼女は顔なじみの人間を発見した。


 その生白く木の根のようにほっそりとした男――ウィリアム・タスカーは、ルイザの顔と体を見た途端、側に佇んでいた黒い鎧の人物の陰に隠れた。

 二人の目の前に立ちふさがる形となった全身を黒く染めたその人物は、ルイザの若い肉体を品定めするように一瞥すると、顔を覆う兜の隙間から、近年大陸間の移動手段として活用され始めた蒸気機関車のように灰色の吐息を噴出した。


 その巨体、まるでそれを拘束しているかのような、赤色と黒色が複雑に混じったような色をした全身鎧(フルアームズ)、ルイザの刺突剣とは比較にならないほどの質量を持つであろう大剣。

 ――このキャンプ地で出会っていなかったら、確実に魔物と勘違いしていたであろう。

 鎧の人物が品定めすると同時に、ルイザもその人物を確認していた。

 目的達成までしばらくこのキャンプ地を使うことになる以上、寝首をかかれるなんてことがあっては困るからだ。


【お前が、ルイザ・マルレインか】

「……そうだけど。貴方は?」

 金属を擦り合わせたような重低音が、ルイザの耳に叩きつけられる。

 その声は、先ほど出会った陸の魔物とは比較にならないほど、彼女の心に底知れない恐怖心を生み出した。


【――不死身の男(デュランダル)。巷では、そう呼ばれているらしい。本当の名は、遠い昔に捨て去った】

「……そう。まあいいわ。人には漁られたくない過去が必ずいくつかはあるものだし。ねえ聞いてる? ()()()のウィリアム?」

 その言葉に、逃げ出そうとしていた男の背中がビクリと跳ねる。


 ――ウィリアム・タスカー。

 その名について話せば、詐欺師、カウンセラー、人心掌握者、時代が違えば宗教のトップになっていた男、他にも様々なろくでもないあだ名が、一斉に飛び交うことになる。

 しかしその正体は、アルネビアでも最上位に位置するフルグル大学、その心理学科の卒業生であり、立場を利用しながら日銭を稼ぐ、小心者の魔術師であった。

 そして、小心者のくせに人が隠している秘密を遠慮なしに言い放つその姿勢から、名誉ある()()()の名を頂戴することになった。



「それにしても、万年インドア派を自称する貴方がこんな過酷な島にやってくるなんて、どういう風の吹き回しかしら?」

 ――その話題にだけは触れられたくなかった。という顔をしながら、ウィリアムの口から言葉が漏れ始める。


「――ちょうど実入りが少ない時期によ、ムルグーンの被害で畑がやられちまって、維持費で金が全部スッ飛んでいったんだ……」

「あらそう、ご愁傷様。それでも、こんな所まで金稼ぎに来る必要はないと思うのだけれど?」

「ボンガリアなら、調査だけでも大金が手に入るからな……。今は一ブールでもいいから金が欲しいんだ」


 ――ブール。

 およそ六十年ほど前――まだ魔物が人間の区域を脅かしていた時代、油田により財を成した大富豪メルブール・アンドリアスの生誕五十周年により、自らの名を冠して発行され始めた世界共通通貨の単位である。

 これまでは、ベテルギアを要するシルディルス大陸だけでも、各国ごとに通貨の単位、そしてレートが分かれており、誰よりもメルブール本人が面倒くさがっていたため、自らが蓄積してきた財の四割を投入し、世界通貨の一種としての流れを確立したのであった。

 これにより、シルディルス大陸に存在する国の通貨は全てブールと化した。


「……まあいいわ。今度は私の邪魔をしないでちょうだいよ」

 ルイザはそう言うと、ウィリアムとデュランダルの元を離れ、自らのキャンプ地点になりそうな場所を探そうとした――。


「ルイザ姉、こっちこっち!」

「ちょっと、ヤズサ!?」

 すると突然、キャンプ地に入ってから姿が確認できなかったヤズサが姿を現し、ルイザの手をひっぱった。


 ヤズサに連れられた先には、ちょうど二人分で満員になりそうな小型テントが設置されていた。


「何これ?」

「ルイザ姉もボンガリア来るって聞いたから、二人用のテント持ってきた!」

「そんな、いいわよ――」

「だってルイザ姉、外で寝ようとしてたでしょ? こんな所で外で寝たら、間違いなく魔物のエサだよ?」

「うっ……」

 おちゃらけた表情から、一瞬にして狩人の表情、獲物を狩る側であると証明するような眼になったヤズサを見て、ルイザは僅かに怖気づいた。

 

「……わかったわよ。一緒に寝ましょう」

「やった!」

 その言葉を聞いた途端、ぱあっと明るくなったヤズサの顔には、先ほどの殺気混じりの表情は微塵も感じられなかった。


 ◆◆◆


「相変わらず、朝か夜かもわからない天気ね……」

 ルイザが目を覚ました時には、既にヤズサの姿はなく、ルイザのために残していったのであろう朝食が置かれているだけだった。


 お互い生き残ることができれば、たっぷりとこの時の礼をはずんでやろう――と思いながら、ルイザが朝食に手を付けようとした瞬間、背後からガサリという音が鳴る。

 キャンプ地には魔物除けの液体、そして己が発動した魔物除けの結界が存在したため、魔物ではないと思いながらも、ルイザの脳は瞬間的に三つの仮説を立てていた。


 一つ目。忘れ物をした――と言いながら、のこのことヤズサがこの場所に戻ってくる。

 二つ目。少しばかり離れた場所にあったキャンプ地より、ウィリアム、あるいはデュランダルという鎧の男がやってくる。

 ――そして三つ目。結界を通り抜けられる力、あるいはすり抜けられるような不安定さを持つ魔物が、間近にまで迫っている。


 ウィリアムはともかく、得体の知れないデュランダルという男は、ルイザにとってあまり信用のおけない人物――そもそも人間であるかも怪しい存在であった。

 貴族の一員、そして探索者として、少なからずとも武術の心得はあるが、あのような大男には危険を感じた瞬間に地面に叩きつけられるのが落ちである。

 

 そして、武器を取りに戻る時間も、残されていないようだった。

 ずしん、ずしんと重い足音を立てながら、何者かがこちらに近づいてくる。

 その存在が魔物であろうがなかろうが、せめて最後は、大戦争時代に華々しく現れ、そして華麗に散った、大英雄にしてマルレインの祖――ロストリオ・マルレインのように大暴れして散ってやる。

 ルイザは瞬間的に思考を巡らせながら、覚悟を決めてその者が現れるのを待った。



【やはりここにいたか、ルイザ・マルレイン】

 その声を聞いた瞬間、ルイザは半分だけ息を漏らし、その男が次に起こす行動に備えた。

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