焼き付いた光
「ベテルギア共和国に到着いたしました!」
その言葉で、自分のいる場所が砂漠ではなく機関車の中だということを思い出したルイザは、荷物をまとめると、急いで列車から飛び出した。
ここを過ぎれば次に待つのはベテルギアから遠く離れた終着駅のカルシュトであるため、再び長い時間をかけて戻る必要が出てくる。それだけは避けなくてはならなかった。
ベテルギア共和国――大戦後、荒廃したシルディルスの中央都市に人間たちが集まり、疲弊した世界の柱となるべく力を合わせて作られた大国である。
周辺地帯を合わせた人口はおよそ八百万人を超え、常に物資と人間、そして金が動き続けるこの場所は、まさしくシルディルスという一つの体の心臓と言っても過言ではなかった。
丸い天蓋で覆われ、強い日差しや大雨などの影響を受けないで済むようになっているベテルギア駅に降りた直後、爆音を立てながら機関車が発進した。
ルイザはリュックからベテルギアの地図を取り出し、羽ばたきの合成獣亭の場所を再確認した。
大陸上に存在する他の国には到底及ばないほどの範囲を持つ中央都市では、その全て――国の立法機関の所在地から小規模な飲食店の場所まで記した地図は必需品であった。
駅を出た瞬間、ルイザは自らが思っていた以上のベテルギアの熱気に圧倒されそうになった。
いつの間にベテルギアはこれだけの人が集まるようになったのか――ルイザはそう考えながら、予定していた待ち合わせの時間に間に合うべく、足早に歩いていた。
どこを見渡しても大小様々な人間、それに加えて耳長族や鬼人族などの亜人種、古の時代より生き続ける魔人などが堂々と往来を闊歩し、まさしく人種の坩堝という言葉はこの国のためにあるような雰囲気を醸し出していた。
虫を誘う炎の如き勢いで宣伝文句を読み上げる量販店の主、それに集う民衆を、世間で話題の甘味が食べられると聞いて有象無象の喫茶店に集う民衆の数々をかき分け押し退け、ルイザはベテルギア駅より北東に存在する羽ばたきの合成獣亭へ向かったのであった――。
◆◆◆
そこでルイザが目撃したのは、床についたシミをブーツで踏みつけながらコーヒーを啜る、修道服姿の女性――ジュリア・カンパネラの姿であった。
その隣には黒地に燃えるような赤いラインが入ったバイオリンケースが鎮座し、初見では修道女とは思えないような風格を漂わせていた。
「!」
コーヒーを飲み終えた途端、約束の時間より数十分遅れで羽ばたきの合成獣亭に現れたルイザの姿を見たジュリアは、先ほどの問答とは違う俊敏な動きで手を振った。
「ごめんなさいジュリア。中央に来るのは久しぶりだったものだから、道に迷ってしまって」
「いいえ、色々と忙しい立場であるはずなのに、来てくださっただけでもありがたいです」
「何言ってるの、ジュリアの頼みならどこへだって駆けつけるわよ」
ジュリアと向かいの席に座ったルイザは、周囲を歩いていた店員を呼びつけ、この店限定の特盛ストロベリーサンデーを注文すると、話の催促をした。
「アンデロスで起きたことは、クリスから聞いたわ。その上で、ツァルレゴが今起こそうとしているのは何?」
「……未だ机上での話を出ていないのですが、あの依頼で私たちが回収した遺物、太陽神の右腕を使うつもりのようです」
「冗談でしょ? あんなのぶっ放したら、アンデロス諸共蒸発して、ぺんぺん草すら生えてこない土地になるわよ」
ジュリアの言葉を、ルイザは一笑に付した。しかし、その黒い双眸は一切の笑いを含んでいなかった。
「……ええ。私たちはあの遺物を間近で見て、その威力、そしてもたらした被害を知っています。ですが上はそれを知らず、ただそこにある現物を崇めているだけ。故に、太陽神の鉄槌をアンデロス全土に下そうとしているのです」
ジュリアが放ったその言葉に、ルイザはガバリと身を起こす。
「ちょっと待って、ツァルレゴは単一神教じゃなかったの!? いつから太陽神まで崇めるようになったの!?」
「元々ウルバク神のルーツということもあり、教団の中でも太陽神を信仰するものは少なからず存在していました。ですが、私が右腕と資料を持ち帰ってからというもの、教団の全てを掲げて大々的に信仰するようになってしまったのです」
「――ふ~ん、あれを押し付けた私にも、責任の一端があるってことね……」
「……いえ、もし私たちがあれを回収していなくても、太陽神信仰派はツァルレゴに一定数の席を置いていたでしょう。それ自体は悪いことではないのですが、あまりにも急な信仰の転換というのは、元から存在していたウルバク神の信者たちに疑いを持たせることになります」
「そうねえ……突然コロコロと信仰の先を変えるようなことをしたら、今まで己が信じていたものはなんだったのか――って思う人も少なからず出てくるはずよね」
「――実際、方針を変えてからというもの、数人の幹部が教団からの離脱を表明しました。それに釣られるように、決して少ない人数の信徒が離脱していったところに、エルロニアが攻めてきたのです」