二年前、銀杏祭後の秘密の話。
1.タカトとミチ
「ミチ、裏門が近いからこっちから帰ろう」
「わあ、黄色の絨毯だ!銀杏並木が綺麗だねぇ。今年の銀杏祭も楽しかったね、タカト。受験勉強の息抜きになったよ」
「ああ。銀杏高校は県内一の人気校だから、文化祭のチケットなんて毎年争奪戦だもんな。姉貴がギンコー生で家族分のチケットをもらえなければ、多分行けなかった」
「幼馴染みだからって、去年に続いて私の分まで確保してもらっちゃって、ミナトお姉ちゃんにはいっぱいお礼しなきゃ! まさか一番競争倍率の高い最終日のチケットをくれるなんて、本当に驚いたもん。名物のギンコーコンテスト決勝戦が目の前で見れるなんて本当にラッキーだよ! それに、歴代の『ギンコーの騎士』と『ギンコーの姫』が生で観れたのは感激だったー!」
「あれは壮観だったな。今一線で活躍している有名人が勢揃いなんて、やっぱり他校のミスターコンやミスコンとは格が違う。容姿だけじゃなくて、成績や日頃の行いや生徒からの信頼も票数に加算されるから、より憧れの対象になるんだろうな」
「パパが言ってたけど、銀杏高校が共学になる時にギンコーの精神を体現できる生徒を決めるために、コンテストが始まったっんだってね。ギンコーって、前身の旧制中学校を含めて今年創立110年でしょ? 共学になったのも県内で一番早かったらしいし、そりゃ歴史あるよね」
「ギンコー生って言えばじいちゃんより上の代から憧れの的だし、卒業生には政治家や学者や芸能人など有名人も多いし、進学校なのに校則が厳しくなくて生徒の自主性を重視してるっていうのも、人気の理由だろうな」
「そうそう! あの鬼丸巌男さんもギンコー生だしっ! すごいよねぇ、演技力も高くてアクションもこなして、最近は中堅俳優として渋くて存在感のある役ばっかりで。ギンコー生なら頭もいいってことでしょ? 素敵すぎる!」
「……何でミチは、ドラマや映画で悪役ばかりやってる強面俳優の大ファンになっちまったんだよ……普段恋愛ものの映画やドラマやマンガばっかり見てるのに、鬼丸出演のバイオレンスな映画まで観に行っちゃうなんて……俺と全然タイプが違う……」
「何度も言うけどねぇ、私は鬼丸さんの迫力ある雰囲気と愛妻家でスイーツ好きのギャップが大好きなの。毎回何でそんなに不機嫌そうなのよぅ。ちょっと聞いてる? あ! ねえタカト、足元見て! ここだけ黄色いハートがたくさん!」
「ん? ああ、銀杏高校の校名の由来になった、樹齢200年の銀杏か。ギンコー生はみんな敬意を持って愛称の『長老』って呼んでるって、姉貴が言ってたな」
「へえ。この大きな銀杏だけなんだね、葉っぱがきれいなハートの形。他の銀杏は普通の扇形なのに。ふふ、記念に一枚持って帰ろうかな。はい、タカトの分」
「……ん。なあ、ミチ。『ギンコーの騎士』と『ギンコーの姫』に選ばれた人だけの、この『長老』に関わるジンクスがあるらしい。ギンコー生だけに語り継がれるんだって」
「ふうん?」
「塾の模試でギンコーが合格圏内になったから、姉貴が教えてくれた。『騎士』も『姫』も、この銀杏の『長老』の前でハート型の葉を想い人に手渡すのは一緒で。誓いの言葉が、『ギンコーの騎士』は『僕の心を君に預ける』、『ギンコーの姫』は『私の心はあなたのもの』。不思議なことに、『騎士』と『姫』が結ばれたことは、一回しかないんだと。『騎士』や『姫』に選ばれた相手はみんなから祝福されて、学校公認のカップルになって、末永く幸せになれるんだって」
「素敵……!! 『長老』お墨付きってことだねっ!」
「ミチが好きそうな話だと思ったよ。で、もう一つ隠れジンクスがあって。この話を聞いた人は、必ずギンコー生になれるらしい。姉貴も中学生のとき、ギンコー生の先輩に教えてもらったみたいで。だからさ……」
「うん、私は合格圏内まであと一歩だからね。これから図書館寄って勉強して帰ろう! タカトと一緒に来年の春からギンコー生になれるように!」
「……くそっ、そんな笑顔と言葉ずるいかわいい……!」
「まーたブツブツ言ってる。何よ、はっきり言いなさいよぅ」
「……これから寝る間もないほど勉強しろって言ったんだよ」
「わかってるわよ! ほら、早く帰ろっ!」
◇ ◆ ◇
2.アイリとヒトシ
「ヒーくん、久しぶり」
「……アイリ、か? アメリカから、いつこっちに戻ってきたんだ?」
「昨日。銀杏祭の最終日に間に合うようにね。ママが『ギンコーの姫』だから、歴代の受賞者が集まるギンコーコンテスト決勝戦に出なきゃだから。ヒーくんはこんなところで何してるの? 後夜祭始まっていたわよ?」
「ああ、俺はクラスの出し物の片付けで、そこの焼却炉に……」
「一人で? そんな大荷物抱えて? 誰も手伝ってくれないの?」
「……気付いたのが俺だけだったし」
「ヒーくんは変わらないわね。相変わらず寡黙で凶悪顔で。本当は誰より優しくて気遣い上手なのに、みんなに誤解されて遠巻きにされているんでしょう? しかもそれを否定しないから、余計に孤立しちゃって。さっきヒーくんの居場所をギンコー生に聞いたら、『ギンコーの鬼神』に何の用があるんだ?って声が、たくさん聞こえてきたわよ。まだ一年生なのに、先輩たちからも『鬼神』扱いだなんて」
「……俺のことはいいよ。アイリこそ、相変わらず率直というか歯に衣着せぬ物言いだな。それより、どうしてさっきから無表情なんだ? 昔はもっと、表情豊かだったのに」
「あなたが原因よ」
「俺の?」
「幼馴染みなのに、あなたの顔にいつも怯えていて、あなたを悲しませたわ。だからポーカーフェイスを覚えたの。ほら、私が何を考えているかわからないでしょう? ニューヨークの知り合いたちからは『ice queen』って呼ばれていたくらいで……」
「ぷっ……ははっ!」
「な、何で笑うのよ」
「アイリっていつも極端だよな。昔、人見知りで上手く話せないことをからかわれてから、誰に対しても遠慮なく率直に話すようになったじゃないか。でも、絶対悪口は言わないのは偉い。そりゃあ俺は子供の頃からこの顔で、みんなを恐がらせていて申し訳なかったし、いくらか傷付いてもいたわけだが、アイリはそれでも俺の側にいただろ? 1歳違いだけど年下の女の子がなついてくれたのは、本当に心の支えになっていたよ。だからかお前にはどうしても甘いんだよな、俺」
「……そんな凶悪な人相からふにゃっと柔らかく笑うなんてそんな言葉をかけてくれるなんて不意打ち過ぎる好き過ぎる……」
「どうした、急に俯いて。ブツブツ呟いているが、体調でも悪いのか?」
「……このハート型の葉っぱ、『長老』でしょ? この高校の名前の由来になった銀杏。ねえ、『ギンコーの騎士』と『ギンコーの姫』って、過去に一度しか結ばれたことがないって、知ってた?」
「ああ。共学になった年の、第一回目のコンテストの『騎士』と『姫』だけなんだよな」
「そう。当時のギンコー生の中で、家同士が仲違いしている旧家の跡取り息子と大地主の一人娘が両思いになってしまった。二人とも悩みに悩んで、駆け落ちや心中まで考えていたくらい。それを知った他の生徒たちがギンコーコンテストを企画し、ジンクスを作って、学校側に協力を求めて、公に結ばれる仕組みを考えたのが、コンテストの本当の成り立ちなんだって、ママが言ってたわ。品行方正で美男美女だった二人は街中の評判になって、互いの家も無視できないほどの支持を集め、高校卒業後に婚約の流れになったのよね」
「たしかそんな噂だったが、それがどうしたんだ」
「私、来年銀杏高校に入学するから」
「……は? この後アメリカに帰るんじゃ……」
「パパの仕事が一段落したから、日本に戻ってきたのよ。とりあえず中学はインターナショナルスクールに通うけど、受験勉強しなくたって私の学力なら余裕だわ」
「昔からアイリが頭が良いのは知ってるが、ギンコーにこだわらなくたってもっと私立の良いところとか……」
「一年生では無理かもしれないけど、二年生になったら私『ギンコーの姫』になるから。そして、相手にはヒーくんを選ぶから」
「何で俺なんだ……? アイリはおばさん譲りの綺麗な容姿と、おじさん譲りの頭の良さがあるんだから、みんなから避けられているこんな俺なんかを選ばなくたって……」
「あなたがいいの。昔からあなたしかいないの。他に理由なんてないの。私が『ギンコーの姫』に選ばれたら、断る権利なんてないんだからね。覚悟してなさい」
「『姫』というより、まさに『氷の女王様』だな……だけど、無表情でもそんな真っ赤な顔だと、ポーカーフェイスの意味もないんじゃないか?」
「ふんっ。そ、それで、返事は……?」
「ふう……昔から俺はお前には弱いんだよな。惚れた弱味なんだと思うが……2年後お待ちしています、『姫』」
「っっ?! よ、よろしくってよ!」