第三話 人間との対話
アリスはベッドの上で物思いに耽っていた。何も無い部屋にアリス以外誰もいないので、アリスのする事は考え事位しか無い。
自然と思われるのは、やはり家族の事だろう。
(お母様とクリスはどうしているんでしょう…)
家族の事はいくら心配してもし足りない。
(でも…)
アリスは思う。
(──なんで私の家が火事に?確かに庭に炉はありましたし、部屋に暖炉もありましたけども、あんなに激しく燃えるものなんでしょうか…)
「──あぁ、もうやめやめ!暗い事を考えるのはもうやめましょう!考えるのはこれからの事です」
だが、これからの事を考えるにしても、この部屋が何なのかも分からないままである。
(もしかして、このまま酷い事をされてしまうのでしょうか…?!)
酷い事と言っても、子供が想像できる事などたかが知れていたが、アリスはとても不安になった。しかし、いつまでも怖がってはいられない。
(早くお父様を見つけなくては…)
彼女の父は、世界の長と言っても過言では無かった。しかし、遠征先で戦死したという突然の訃報が舞い込んできた。その日を境に、取り巻く環境は一変してしまった。その報せに皆涙を流した。しかし、アリスだけは頑なに受け入れなかった。
(あんなにお強いお父様が、そう簡単に死ぬ筈ありません!そんなの嘘に決まってます!)
家族とは離れ離れになり、屋敷に使用人と暮らす事になった矢先に、屋敷が火事に遭ってしまった。色々な事が怒涛の勢いで起きてしまった中、この世界に迷い込んだのは不幸中の幸いだった。なぜなら、
(この魔力、確かにお父様の物ですわ…!かなり遠くにいるようですけど…やはりお父様は死んでなんかいなかったんです!)
それが分かっただけでも彼女にとっては何よりの喜びであった。
(けど、このままだと行けませんわね。どうにかしないと…)
色々打開策を考えるも、包帯でぐるぐる巻きにされていてどうやっても動けない。アリスが諦めてまた寝てしまおうかと思ったその時、部屋の引き戸が開き、白い衣服を着た若い女の人が入ってきた。
「──────」
こっちに話し掛けているようだが、アリスには全くもって分からなかった。そして、女の人はアリスの事を見ると、驚いたかのようにめを見開き慌ただしく部屋を出ていった。
(あれま?私何かしたかしら…)
しばらくして、女の人はちょっと太った男の人を連れてきた。
「──────」
男の人もアリスに話し掛けくるが、やはりアリスには何を言ってるのかさっぱり分からなかった。
「──────」
「──────」
二人は少し会話をした。そして、今度は男の人が自分の目を指差し、その横で両手を握ったり開いたりした。
(瞬きをしろって言いたいんですの?)
アリスは指示通り瞬きをした。すると、安心したように男の人は笑みを浮かべた。そして、男の人は首から下げていた札を、アリスが見やすいように目の前に持ってきた。しかし、アリスは札を見て心底驚いた。
「──ッ!?ゲホッ!ゲホゲホッ!」
問いただそうと声を出そうとしたが、喉が渇いて咳き込んでしまう。女の人が慌てて水を飲ませてくれたおかげで、なんとか落ち着けた。咳き込む度に体が痛むが、そんな事にかまってはいられない。
(…なぜ漢字が使われているのですか?漢字は王族の者しか知らないはずなのに…本当にここはどこですの?そもそも、ここは帝国の領内ですの?)
アリスの頭の中で、答えの出ない問いが延々と回り続けた。
〇〇
悶々としたまま3日経った。傷が癒え、包帯も取れてきた。ベッドから起き上がって、部屋の窓から外の様子を見てみるも、結局アリスは自分がどこにいるのか分からずじまいだった。
しかし、ここに関するいくつかの特色はわかった。一つ、ここでは何かを書く時に、ひらがな、カタカナ、漢字表意体、漢字表音訓音体、漢字表音漢音体を織り交ぜて使っている事。二つ、見た目に違いはあるものの基本的に単一種族である事。三つ、空が青い事...。
アリスは特に、空が青い事に驚いた。
(...空が赤くない。本当にここは冥界では無いですのね)
見慣れた赤い空が無い。その事によって、アリスが異世界へ来たことをつくづく思い知った。冥界にはもう、戻れないかも知れない。そんな悲観的な状況でも、アリスは絶望しなかった。
(大丈夫です。ここにはお父様がいます。いざとなったら、お父様に帰り道を聞けばいいのです)
ただひたすらに、アリスは父親に再会出来ること事を信じた。
〇〇
次の日、アリスはベッドの上から、窓の向こうの外の景色を眺めていた。
(そろそろ、人が来ますわね)
その予想は当たり、引き戸が開いていつもの白い衣服を着た女の人──看護師と言うらしい──が入ってきた。いつものように身体の様子を診られ、いつもなら笑顔で手を振りいなくなる。ただ今日は、すれ違いざまに見知らぬ四人のおじさんおばさん達を招き入れた。いや、一人は見覚えがあった。集落にいたおばさんともおばあさんとも言えない女の人だ。こうしてみると、おばさんと言った方が良さそうだ。
「─────」
おばさんが笑顔で話しかけてくるが、やっぱりアリスには何を言っているのか分からず首を傾げる。
「─────」
おばさんがもう一度話しかけてくるが、やっぱり分からないので首を傾げる。
「─────」
やっぱり分からないので首を傾げる。
「─────」
首を傾げる。
(これいつまで続くんですの…)
このままだと何も出来ないので、とりあえず、身振り手振りで紙と筆が欲しいと伝えた。すると、光る板と白い先のとんがった何かを手渡された。
(………これでどうしろと!?)
アリスが立ち往生していると、おばさんの隣にいたおじさんが、もう一個とんがった何かを取り出して、光る板に先っぽをあててなぞると、なぞった通りに線が描かれた。
(なるほど!そういう風に扱うのですね)
アリスもおじさんの真似をする。真似をする。真似をする…。
(…………楽しい!)
夢中になり、いつの間にか板が真っ黒になった。
(あ、これでは何も書けないではないですか…)
アリスがまたおろおろしていると、おばさんが板の端を撫でる。すると、真っ黒だった板がすぐに真っ白になった。
(……え!?消え……え!?)
アリスは板に丸を描き、板の端を撫でた。すると、また板が真っ白になった。そしてまた描いては消し描いては消し…。
(って、何してるんですの私。この為に紙と筆を欲しがった訳じゃないんですのよ。
確か…こうでしたよね)
アリスは板に『誰』と漢字で書いて、おばさん達に見せた。すると、おばさん達は驚いたかの様に顔を見合わせ、皆して光る板と先のとんがった何かを取り出し、それぞれ何かを記していく。見せらせたそれには、それぞれ四〜五文字の漢字が書かれ、左のおじさんから『宮仕 源治』『宮仕 明美』『石川 真菜香』 『佐藤 武夫』とあった。
(これがおじさん達の名なのですね。何と読むかは分かりませんが…)
次にアリスは『目的』と、板に書き込んだ。おじさん達はしばらく話し合った後、右端のおじさん『佐藤 武夫』が光る板をコンコン叩き出した。一通りコンコンした後、おじさんはアリスに板を見せた。そこにはこう書いてあった。
『こんにちは、猪目町町長の佐藤です。
あなたは五日前の三月七日に、一般住民に対して魔術を行使し殺そうとした、殺人未遂及び魔術師協定違反の容疑がかけられています。しかし、あなたの怪我の具合と飼い犬に襲われていたという証言を鑑みて、情状酌量の余地があると判断しました。公正な判断をする為にも、あなたの言い分を証拠として残そうと考えています。
なので、年齢と名前、あと国籍とこれまでの経緯を教えてくれませんか?』
これを見たアリスは
(………………何と書いてあるのか全っく分かりませんわ!?)
激しく混乱していた。まぁ無理も無かろう。いくら文字を見た事があるとはいえ、何も知らない所の言葉を見せられてもどうしようもない。アリスのオロオロした様子に見かねたのか、右の『石川 真菜香』のおばさんが『年齢』と『名前』の所に丸をつけた。
(齢と名が知りたいって事ですの?)
アリスは『目的』の文字を消し、そこに『アリス 五』と名と齢を書いた。それを見た『石川 真菜香』のおばさんが、板をコンコン叩いた。次におばさんが『理由』と書かれた板をアリスに見せた。
(訳を聞いているんですの?訳を聞かれましても…何の訳ですの?)
アリスは板に『何』と書いて見せた。おばさんは板に『来訪 理由』と書いて返した。
(ここへ来た訳ですか...)
アリスは板に『父 探』と書いて返した。おばさんは、またコンコン板を叩き、今度は板に『父 名』と書いて見せた。
(...なぜ父の名を聞くのです?)
アリスは板に『何故』と書いて見せた。おばさんは、またまた板をコンコン叩き『助 父 探』と書いて返した。
(どうしましょう...)
アリスは悩んだ。
(そう簡単にこの人達を信じて良いのでしょうか...悩ましいですわ)
意を決してアリスは板に答えを書く。答えは『否』だ。答えを見たおじさん達は、少しがっかりしたようにため息をついた。そして、おばさんは板をコンコン叩き、こんな事を伝えてきた。
『案 提
汝 護 欲』
(…はぁ?私を護りたい?)
アリスは板に『何故』と書いて見せた。おばさんは『汝 独 助 要』書いて返した。
(確かにそうですけども…)
アリスはまたもや悩んだ。おばさん達は、アリスを本当に助けたくて言っているのかもしれない。しかし、いつの日か父親に言われた言葉がある。
『他人をそう何度も信じてはならない。どれだけ親しい間柄でも、ヒトは何度でも手の平を返す。そういう生き物なのだよ、ヒトは…』
言われた事があるのは一回だけだが、その時の父親の表情があまりにも悲しげだったので、強く印象に残っている。父親の言葉が妨げとなり、アリスはより、悩みの渦に飲み込まれてしまう。そんなアリスの表情を見てか、おばさんはこんな事を板に書いた。
『汝 治 我 友』
(私の怪我を治してくれたのは、おばさんの友…)
おばさんは、これでも信じられないか、と視線で問うてくる。
(怪我を治したという事は、酷い事はしないという事でしょう)
アリスは板にこう書いた。
『了』
どうもdragonknightです。
気づいたら4月に入ってました…
またまた遅れて申し訳ありませんm(_ _)m
いつも通り次回は未定です
(*´∇`)ノ ではでは~