無限の力、無の力③
夕食前に、かすみがやってきた。
『ヒロ君。着替えたの?どうして?』
『ああ、彩先生の教育で、ちょっと汗をかいたのでね。』
『ふふふ。私をだませると思う?洗濯機の中の衣類から異臭がしてるわよ。お漏らししたでしょ!』
『かすみ、誰にも言わないでね。』
『やだあ。レイが言ってた通りだ。』
『えっ、かすみは知らなかったの?』
『そうよ。レイが、「ぼんちゃん、オシッコ漏らしてたよ」って、教えてくれたの。』
レイちゃんに、見られたのかあ。
『ヒロ君がものすごい速さで着替えてるところを見たんだって。そして、トイレの前の床を拭いてるところも見たんだって。』
恥ずかしい。まあ、くよくよしても仕方ない。幸い彩先生にはバレていない。
『ヒロ君たら、お子ちゃまね。オムツする?嘘よ!こっちおいで。よしよししてあげる。』
俺は吸い寄せられるように、かすみの胸のところにしがみついた。恥ずかしくて、恥ずかしくて、何も言えなかった。でも、どうして、レイに俺の動きが見えたんだろう。
夕食のとき、かすみとレイの顔をまともに見られなかった。反対に二人は、ニコニコしながら、俺を観察している。彩先生は、知っているのか知らないのか、いつもと同じように食事をとっている。俺は夕食後、彩先生に相談をした。午後の坐禅の後、お漏らしをして、それをかすみとレイちゃんに知られてしまい、凄くショックで、恥ずかしくてたまらないことを伝え、そして、今夜の教育は中止にして欲しいことを話した。
『わたくしが知らないと思った?
ヒロ君、よく正直に話してくれましてね。その気持ちに免じて、今夜は中止にしましょう。明日に備えて、早めに休むように。』
『ありがとうございます。』
彩先生は、優しかった。
『ヒロ君、おねしょしないようにね。』
俺は顔を真っ赤にした。
翌日の朝。俺は完全に吹っ切れた。醜態をさらしたのだ。もう、これ以上、怖いものはない。3人の女神にも、普通に挨拶し、普通に会話をした。
午前9時、坐禅を始めた。しばらくすると、隣にレイが座るのが分かった。静かな時間が過ぎてゆく。それにしても、レイちゃんには驚きだ。全く微動だにせず、座り続けている。時間が流れてゆく。そろそろ、終わりの頃かなと思ったとき、誰かが呼んでいる。
『ヒロ君、助けて!』
かすみだ。レイも反応した。
『ママが呼んでる。』
俺は、坐禅のことは忘れ、すぐに瞬間移動した。
川崎だ。俺の故郷だ。この倉庫にいる。危険を察したのか、中から黒ずくめの男たちが、ゾロゾロと出てきた。それにしても、なんで悪者はいつも黒のスーツなんだ。馬鹿らしい。総勢40人くらいか。後ろから、ボスらしき男が出てきた。かすみもいる。
『動くな。動けば、女の命はない。』
ボスらしき男は、かすみに銃を突きつけていた。
『何が目的だ。』
『この女に用がある。お前には用はない。命は助けてやる。ここら立ち去れ。』
『分かった。お前らが俺のことを知らないということが分かった。今の言葉、そっくり返してやる。俺は、その女が必要だ。命が惜しくば、ここから立ち去れ。』
『この人数を相手に、一人で勝てると思うのか。』
『どうやら言っても無駄のようだな。3秒で終わりだ。3、2、1』
俺は50人の分身仏を送り出し、そして、俺はボスから銃を取り上げた。分身仏らは、手下たちを縛り上げた。
『かすみ、大丈夫か。』
『ありがとう、ヒロ君。この男は、相沢といって、ヤクザよ。昔から私にしつこく言いよってたの。何度も何度も断ったのに。』
『なるほど、たちの悪いストーカー男というわけか。ならば、俺がお仕置きしてやるか。』
『な、な、何をする。俺にこんなことしてタダで済むと思うなよ。』
『バカかお前。そもそも、俺を誰だか知らないだろう。俺は神だ。』
俺は全身から黄金のオーラーを出し、宙に浮き、50人の分身は、男の周りを囲った。男の血の気が引くのが分かった。
『お前は男として、最低だ。まともな男なら、か弱い女性を敬い、大切にする。お前には、女の気持ちが分からない。そして、分かる努力をしていない。判決を下す。これは神の判決だ。お前は、女の気持ちを理解するために、男をやめろ。』
そう言い切り、俺は、相沢という男の股間を握りつぶし、引き抜いた。相葉は、気絶した。
『かすみ、帰ろう。』
俺はかすみを抱え、空を飛んだ。川崎の空は汚れて今る。それでも、かすみと一緒のランデブーは、楽しい。かすみの顔色はあまり良くない。そりゃあそうだ。拉致され脅迫されたんだから。大宮まではまだ距離がある。俺は、銀座あたりで休憩することにした。人通りが多いところを避け、着地した。そこで気がついた。おれの格好である。スエットの上下に裸足。ボサボサ頭で、ヒゲ面。かすみも気がついたようで、俺を見て笑っている。財布も携帯も持って来なかった。俺はボディガードに分身仏を一人出した。
『こいつを残しておくから、ちょっと待ってて。すぐに戻るから。』
そう伝え、俺は瞬間移動をした。自宅に戻り、彩先生とレイに、かすみの無事を伝え、猛スピードで身支度をして、再度、銀座に戻った。
『お待たせ。』
5分ほどで、戻れた。
『かすみ、何か美味しいものを食べよう。』
『ええ、嬉しいわ。今日も助けられちゃった。ありがとう。』
以前、かすみと行った思い出の場所に向かった。帝国ホテルだ。ここのランチバイキングだ。かすみも、すぐに分かったようで、喜んでる仕草が可愛くて、俺は嬉しくなった。
食事をし、お酒を飲み、おしゃべりで盛り上がり、美しい姿に酔い、最高のランチであった。ほろ酔い気分だったので、空を飛ぶのはやめにした。タクシーで、東京駅に向かい、そこから新幹線で大宮に向かった。新幹線の座席で、俺はずっと、かすみの手を握りしめていた。最高の女だ。この女のために、俺は生まれてきた。そして、かすみを見ていて、俺は気がついた。俺は、またも大きな間違いをしていたことに気がついたのだ。
部屋に戻ると、レイはゆかすみに抱きついて泣いた。彩も遅れて、かすみを抱きしめた。そして、彩が俺に向かって、話し始めた。
『ヒロ君、ご苦労様。今回の教育は合格よ。』
『合格?でも、坐禅の途中で飛び出しちゃったけど、、、』
『ヒロ君、もし、あのまま坐禅を続けていたら、当然のことだけど、不合格よ。愛する女性か危険な目にあっているのに、それを放っておく人に、神と名乗る資格など無くてよ。ヒロ君が、わたくしの教育より、かすみさんの命を選んだことは、当然です。わたくしも、嬉しいです。もし、放っておいたなら、それこそ、許さなかったと思うわ。』
『彩先生、ありがとうございます。俺は、何か悟りを得たような感じがしています。』
『ぼんちゃん、おかえり〜。あのね、レイもね、合格だって。』
『ほんとに!それはすごいね。やっぱり、レイちゃんは、天才なんだね。』
俺は、レイを抱き上げた。それにしても、俺が、あれだけ苦労した教育を、一発合格するとは、なぜなんだろう。
『ヒロ君、なぜ、レイちゃんが合格したと思う?。その答えは、ヒロ君、すでに知ってると思いますよ。』
坐禅は心を無にすること。俺は、その『無』を目標にしていた。今日、かすみを助けたことで、その目標が間違っていると気がついた。レイが合格したのは、心が純粋だからだ。心が『無』なのではない。俺がレイの心を読めないのは、この心が透明な水の如く澄んでいるからだ。その心は綺麗だ。しかし、ただ綺麗なだけではない。強さも兼ね備えている。俺が目標とすべきは、『無』ではなく、『純粋な心』だと分かった。
この世の中に『無』など、ないのだ。例えば、空気は、見えない。見えないが、空気は存在する。原子レベルで見れば、窒素、酸素、水素、、、それらが存在しており、俺たち人間の身体の成分と同じである。見えないものは『無』であると、思い込んでいるだけだ。心が『無』も同じだ。心がない人間などいない。その心がどんなもので出来ているかが大切だと分かった。俺の心は『無』になることなどありえない。かすみを愛する心が、なくなることなどないのだ。『無』はどんなに積み重ねても、『無限』にはならない。純粋な心、澄んだ心、これらは、見えないものだ。だか、これが積み重なれば、大きなもの、大きな力になり、それは無限の力となる。俺は、そう信じることにした。




