分身仏②
イエメンは危険な国だ。俺はMr.Tに連絡し、三宮の救出成功を伝えた。そして、同じ中東のドバイに迎えを来させるよう依頼した。
ドバイに着くと、松田と大谷が待っていた。話を聞くと、Mr.Tがあらかじめ、彼らをドバイに待機させていたそうだ。やはりMr.Tは頼りになる。三宮を引き渡し、俺は香港経由で帰国することにした。香港で、息抜きをし、3人のお土産でも買うつもりでいた。
『ぼんちゃん、すぐに来て。』
レイが呼んでいる。香港経由はキャンセルだ。瞬間移動で帰国した。
『レイちゃん、呼んだかな。』
『うん。教えて欲しいことがあるの。』
『どんなことでも、おじさんは応えられるぞ。』
『ほんとに。やっぱり、ぼんちゃんは頼りになるね。』
ニコニコ笑うレイ。一気に旅の疲れ、戦いの疲れが癒されていく。そうか、分身の技を使った後は、3人に会えば、疲れが取れるんだ。レイは俺に、いろいろ教えてくれる。ならば、俺は全力で、レイの要望に応えねばならぬ。
『それで、何を教えて欲しいのかな。』
『これがよくわからないの。』
出されたノートに書かれていたのは、数学であった。小学生レベルの算数とは違う。大学受験レベルの問題であった。俺は焦った。汗を拭った。3歳の子供が数学の勉強をしているのだ。
『ど、ど、どうして、こんなことしてるの?』
『ぼんちゃのお部屋に行った時に、色々な本があって、それを順番に読んでたら、面白くなっちゃったの。漢字は、辞書を調べれば分かるから大丈夫よ。』
ノートに書かれていたのは、二項定理の問題であった。級数と漸化式を用いる必要があり、かなり高度で、高校生でも根をあげる。それなのに、この子はこれに興味を示している。
レミは、ヒロの学力まで吸収していたのだ。最近では、幼児との会話ではなく、普通の会話ができるようになっている。まあ、ヒロの頭が幼稚なのも理由の一つではあるが。
俺は、二項定理を丁寧に説明した。分かりやすい例として、『パスカルの三角形』を図に書いた。その図を書きながら、説明している時に、体に電気が走った。
『そうか!そうすれば、いいんだあ。レイちゃん、ありがとう。』
ヒロは、興奮していた。レイは疑問が解けたようで、スッキリした顔をしていた。
いつのまにか、かすみが近くに来ていた。
『かすみ、この子、凄いぞ。天才だ!今度、IQを測定した方がいいかもしれない。』
『ヒロ君、ちょっと。』
『ん?何か、違ったこと言ったかな。』
かすみの笑顔が引きつっている。
『これは、なーに?』
『そ、そ、それは、、、』
『そうだ。ぼんちゃん、本を探してたら、女の人の裸がいっぱい載っている本があったの。だから、ママに渡したんだあ。』
レイは、悪ビルことなく笑顔でいた。
『ヒロ君、この本は処分していいですよね。』
『は、はい。』
『このことは、彩さんにも報告しますから。』
分からないように隠していたんだけど、、、。そういえば、隠れんぼのときも、そうだった。すぐに、見つかっていた。レイの思考は、俺に似ているのか。
俺は、かすみのまわりを、ウロウロしたり、顔色を伺ったり、体にタッチしたり、体をすりすりしたり、まるで猫のように振る舞った。
『もう、ホント子供なんだから。』
呆れた顔をしながら、ヒロの頭を撫でた。俺は、かすみの優しさに包まれて眠りについた。
俺は夢の中で、今日の出来事を整理していた。色々なことが起きた一日であった。
『ヒロ君。』
誰かが呼んでいる。俺は、夢から覚めた。
『おはよう、ヒロ君。かなり疲れてたみたい。イビキかいて、寝言も言ってたよ。』
かすみがレミと遊んでいる。
『寝言?俺、変なこと言ってた?』
『面白かったよ。I am a God. って連呼していたの。笑っちゃった。』
ああ、昨日の出来事の夢を見ていたのか。そうだ、忘れないうちに、試さないといけないことがある。レイがヒントをくれた技だ。
二項定理の説明で、『パスカルの三角形』を図に書いた時に、思いついたのだ。俺は、今まで、100人の分身仏を送り出すのに、100人分の氣とエネルギーを費やしていた。しかし、パスカルの三角形の法則を使えば、100人だろうが、10000人だろうが、エネルギーを消費することなく、分身させられるはずだ。実は単純なことである。いわゆる『ねずみ算』である。仮に俺を第一世代とする。そして、俺が分身仏を2人産む。これを第二世代とする。同じように生まれた分身仏が次々と分身仏を生んでいけば、第7世代で、その数は100人を超える。総数は、等比数列の和の公式で計算できる。二人ずつ産むところを、さらに増やしていけば、とてつもない分身仏を産出できる。
例えば、10人ずつで計算すれば、11世代の総数は約100億人である。世界人口を上回る人数になる。
ところが、100億人分の分身仏を、10人分のエネルギーで賄える。この技をマスターすれば、無限大の分身仏を作ることができるはずだ。
ただし、大きな問題もいくつかある。例えば、100億人の分身仏をどうやって管理するのか。スーパーコンピュータなみの頭脳が俺にあればいいのだが、そんなものはない。以前、AGUの松田と大谷に言った言葉を思い出した。
『今の世の中、俺のような人間は必要ない。必要なのは情報だ。』
これは事実だ。だから、100億人の戦闘員を派遣する必要などない。100億人を利用して、新しい、正しい情報を集めるのだ。それぞれ集めた情報を上位の分身仏が整理して、俺に伝えればよい。本当に戦闘が必要な時は、俺が行けばいい。
そして、もう一つ。こちらの方が重要な問題だ。分身仏の性能だ。第二世代、第三世代あたりは、問題ないだろうが、世代を重ねるにしたがって、不良品が生まれる可能性は否めない。いわば、コピーの繰り返しだからだ。不良品も、俺自身であることに違いない。今の俺の性格の弱いところが集中したものが、分身仏として現れる可能性がある。それを防ぐには、俺自身の精神を鍛えなければならない。パンツを見て、鼻の下を伸ばしてるようでは、ダメなのだ。パンツ大好きなスケべな男が100億人いたら、それこそ大混乱になる。人として、神として、もっと修行しなければ、この技は使えない。
まずは、かすみ、レイ、彩に認められる神にならないといけない。今のところ、完全になめられている。3人に尊敬される男にならないと話にならない。
『ぼんちゃん、また見つけちゃった。』
レイは、DVDを持ってきた。パケージに水着の女の子が映っているDVDだ。
『レイちゃん、それ、おじちゃんに、ちょうだい。』
『ダメ〜。ママから言われたの。怪しい物をどんどん見つけなさいって。』
『そっかあ。でも、頼む。何でも言うこと聞くから。』
ああ、ダメだ。こんなことしてるようでは、尊敬はしてもらえない。
『そうだね。ママの言ってることが正しいね。ママに渡しておいで。』
『違うよ。今日はね、ママはお出かけしたから、彩ねえちゃんに渡すの。』
そういえば、かすみがいない。で、後ろを振り返ると、彩先生が立っていた。俺は、そーっと、その場を立ち去ろうとしたが、やはり無駄な抵抗であった。