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誘拐①

 俺も少しずつ成長しなければならない。今の課題は「ハイハイ」の練習。かすみとレイちゃんが考えた練習は愉快だが、やる方は大変だ。簡単に言うと、スイミングと同じ方法である。競争させるという方法だ。競争相手は手強い。かすみの愛犬「プッチ」だ。

廊下の端から端まで、ハイハイの競争。スタートの合図で俺はかすみの元へ、プッチはレイちゃんの元へと向かう。

『プッチ、おいで〜。』

『ちひろちゃん、こっちよ〜。』

応援虚しく、何回やっても勝てない。向こうは犬だ。走るのが速い。俺は、手足をバタバタさせるが、亀さんの如く、のろのろだ。勝者にはご褒美がある。プッチにはお菓子。俺にはかすみのキスだ。俺は、犬に勝てない。かなりの屈辱だ。頑張ってはいるが、水の中よりも難しい。全敗の結果に、俺は泣いてしまった。

『ママ、ちひろちゃん、泣いちゃったよ。』

レイが心配そうに見ている。俺は、悔しくてちょっと泣いたつもりだったが、その泣き声は、赤子の泣き声そのものであった。

『よしよし、ちひろちゃん、頑張ったね。泣かなくていいのよ。』

かすみが抱いて、あやしてくれた。そうか、泣けば、優しくしてくれる。赤ちゃんは、こうやって世渡りを経験していくのか。かすみがご褒美のキスをしてくれた。俺は泣き止んだ。

『ママ、ぼんちゃん、本当に赤ちゃんになっちゃったね。レイ、凄く可愛くてしかたないよ。』

『でも、今までと比べると、物足りなくない?』

『そんなことないよ。赤ちゃんなのに、数学教えてくれたり、昨日は化学も教えてくれたよ。でも、語学は苦手みたい。もう、レイの方が漢字上手に書けるしね。』

3歳児に0歳児が数学を教える。常識ではあり得ないことが、この家では日常なのだ。


 彩先生がやってきた。彩先生は、家事を全くやらない。だが、やらせるのは得意だ。このマンションに暮らし始めた時に、分身仏を1人、用意して欲しい旨を言われ、俺は言われるがまま、一人貸している。護衛も兼ねているが、ほぼ家政婦状態である。しかも、出来栄えには厳しいらしく、埃が少しでも見つかると、正座を強要され、永遠と説教が始まるのだ。彩先生らしいといえば、そうなのだが、分身仏が少し可哀想である。しかし、今朝はご機嫌のようだ。

『かすみさん、いいもの貰ったわ。』

『彩さん、どうしたの?』

『酒場で暴れている酔っ払いを退治したら、そのお店のマスターがくれたの。大磯ロングビーチのチケット2枚よ。明日、晴れみたいだから、行きましょう。』

明日はプールもないし、約束事もない。せっかくのお誘い、断るのも悪いはよね。

『そうね。たまにはいいかも。でも、チケット4枚必要よね。』

『大丈夫、レイちゃんとちひろちゃんは3歳以下だから無料よ。わたくしが車をだすから、飲み物とかお菓子とかよろしくね。』

大磯ロングビーチかあ。ビキニギャルがいっぱいいるかなあ。また、女子更衣室に入れるのかなあ。まてまて、今回は彩先生も来るんだから、鼻の下を伸ばしていたら、鉄拳制裁があるはずだ。用心しなくては。

『そうだ、わたくし、新しい水着を買いに行ってきます。どんなのにしようかしら。迷うわあ。』

とても127歳の行動、言動とは思えない。

『ねえ、ママ。あした、プールなの?』

『そうすることにしたわ。スイミングスクールでなくて、大きいプールがいっぱいあるところ。ちひろちゃんとも遊べるわよ。』

『ホントに〜。わーい、レイ、ちひろちゃんとプールで遊ぶ。』

本来なら、水泳のコツとか教えられるのに、明日は立場反対になるのかな。でも、レイちゃんとなら、童心に返って、はしゃぐのもありだ。


 次の日の朝、彩先生の車で出発した。ものすごい派手なアメ車『ハマー』だ。戦車の様な車体を操るとは、さすが彩先生だ。俺とレイちゃんは後部座席。レイちゃんは、チャイルドシート。俺はベビーシートだ。景色など何も見えない。車の揺れが気持ちよく、すぐに眠ってしまった。

パー、パーー‼️

車のクラクションで、目が覚めた。何か言い争いが聞こえる。ガラの悪い男二人と、彩先生だ。

『ちひろちゃん、なんか怖い男に彩さんが脅されてるわ。助けて。』

『バブバブ、バブバブ、』

レイちゃんがおしゃぶりを外してくれた。

『ママ、大丈夫だよ。彩姉ちゃん相手に、可哀想なのは、あの二人。見ててごらん、そのうち、土下座して泣き出すから。』

背の高い男が、彩の肩を掴んだ。

『お高くとまってるんじゃねえよ。よく見ると、いい女だなあ。俺と付き合えよ。』

ああ、あーあ、彩先生が最も嫌うタイプの男だ。知らないぞ。これから地獄が始まる。

『ギャラリーの皆さま、ご確認しましたか。先に手を出したのは、殿方の方ですよね。こらから先は正当防衛ですわ。』

そうだ言うと、男の腕をひねり、道路に叩きつけた。

『このあまあ。拉致ってやる。』

もう一人の男も参戦してきた。彩先生は右手を腰に回し、何かを取り出した。『鞭』だ。地獄のダンスの始まりだ。彩先生の得意技。『鞭二本使い乱れ打ち。』俺の千手観音みたいなものだ。二本の鞭が二人の男の服を引き裂いていく。服には当たるが皮膚には当たらない。見る見るうちに、男の肌が露わになっていく。5分後には二人とも全裸の状態だ。鞭の動きが止まった。

『どうする?続ける?それとも土下座して謝る?』

裸の二人は土下座を選んだ。

『ね、ママ。大丈夫だったでちょ。彩姉ちゃん、怒ると怖いでちゅ。鬼も逃げるなり。』

『ホントだわ。とても、いつもの優しい彩さんと同じとは思えないくらい。世界一強いのかしら。』

『ママあ、世界一は僕です。』

『ああ、ママ、今、ちひろちゃん、自分のこと「僕」って言ったよ。女の子なのにいけないんだよね。彩姉ちゃんに言いつけよう。』

『待って、待って、レイ姉ちゃん、言わないで。今、聞いたら、スイッチ入ってるから、鬼のような怒られちゃう。』

『誰が鬼だって‼️』

いつの間に。俺はお尻を剥き出しにされ、ペンペンをされた。

『彩さん、大丈夫ですか。』

『わたくしなら平気よ。バカな男の退治は得意ですから。さあ、先を急ぎましょう。』

再び、エンジンがかかり、車は走り出した。

『ちひろちゃん、お尻、痛くない?』

レイちゃんがお尻をさすってくれた。

『ありがとう、レイ姉ちゃん。でも、大丈夫よ。俺、、じゃなくて、ちひろ、強い子だから。』

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