体力①
彩先生は、いつまでもここにいては迷惑がかかるといい、出て行った。で、北朝鮮に戻ったのかと思ったが、同じマンションの最上階を購入して、そこに住み始めていたのだ。もともと派手な女性なので、凄く目立つ。始めの頃は、同じマンションの主婦方から、煙たがられていたが、そこは、なんたって127歳。まさに百戦錬磨だ。あっという間に主導権を握り、このマンションの女王として君臨していた。
俺は彩先生の許可をもらい、部屋で変身の訓練を行っている。必要最低限のエネルギーで、変身する為である。特に性転換をした場合、エネルギーの消費が激しく、次に変身したり、分身するのに、最低半日の休養がかかってしまう。それでは、万が一の時に役に立たないのだ。俺は練習を重ね、15分の休養があれば、次の能力を発揮することが出来るようにまでになった。
問題がもう一つある。体力だ。赤ちゃんの姿でずっといると、筋力が落ちてしまう。元の姿に戻った時の、パワーが明らかに少なくなっている。筋力だけではなく、持久力にも影響が出ていた。戦士としては致命的だ。俺はかすみと、彩先生に相談し、体力作りの方法を考えてもらうことにした。目立たず、それでいて効果的な方法が理想だ。
彩先生から言い渡された体力保持のプランは、スイミングであった。週二回のペースで通うことが可能だという。ただし、条件が二つある。一つはその時間に彩先生がレイちゃんの面倒を見られること。もう一つは、練習中はベビーの姿で能力は使わないこと。そりゃあそうだ。俺は能力を使えば、イルカより速く泳げるのだから。そんなことしても、体力作りに何の役にも立たない。俺は、プランを受け入れた。
そして、もう一つ衝撃的な報告を聞かされた。
『ヒロ君、今日、あなたの死亡届を出してきました。なので戸籍上、あなたは存在しません。』
『彩姉ちゃん、それは本当でちゅか。』
『全ては、レイちゃんの為だから。仕方ないことなのよ。実際には存在してるんだから、問題ないわよ。税金、払わないでいい分、良かったでしょ。』
そう言われれば、その通りなのだが、、、。
『それと、新たに新生児の届けもしました。かすみさんの子供としてね、あなたを。もちろん性別は「女」です。名前は、母親であるかすみさんに決めてもらったわ。ね、かすみさん。』
彩先生の行動は速い。決めたことはすぐに実行に移す。でも、ちょっとは、相談してくれてもいいのでは。何でも、この国のお偉いさんたちは全員、彩先生に頭が上がらないらしい。戸籍の変更など朝飯前なのだ。
『以前、ジブリの話をした時に、「俺の中にも千尋がいる。」って、言ってたでしょ。「ひろみち」の中に「ちひろ」があるっていう話の落ちだったよね。きっと、親しみも湧いてくると思うから、お名前は「ちひろ」にしました。いいわよね、ちひろちゃん。』
かすみは、そう言って、俺を抱きかかえてくれた。今日、みちひろが亡くなって、ちひろが誕生したってわけか。いずれにせよ、俺は神だ。名前が変わっても神なのだ。使命に変わりはない。
『レイ、ちひろちゃんにプリンあげてくれるぅ。』
おお、プリンかあ。何日ぶりになるのかなあ。俺は嬉しくて、手足をバタバタさせた。
『ママ、ちひろちゃん、喜んでるよ。』
なんか、恥ずかしいが、長年呼ばれていた名前と発音がにているので、あまり気にならない。
『あーんしてー。』
俺は口を大きく開けた。小さなスプーンがプリンを運んでくれる。5口ほど食べた時、彩先生が話し始めた。
『まだ、ミルクしか飲めない赤ちゃんだから、そのくらいにしないと、お腹壊しちゃうわ。』
『ママ、もっと、もっと』
『ちひろちゃん、美味しかったかな。ママの言うことをちゃんと聞けたら、またご褒美にあげるからね。』
かすみも、彩先生も、レイちゃんも、みんな優しい。この3人は、特別だと認識せざるを得ない。3人のために修行をせねばいけない。
でも、もう少しプリンは欲しかったなあ。




