策略②
俺は気分が良かった。いつも厳しい彩先生が優しいのは、本当に嬉しい。
『それで、ヒロ君にお願いがあるの。ヒロ君、存在を消して欲しいのよ。』
優しいのには、裏があったのか。
『存在を消すって、どういうことですか。』
『実態を捕まらないようにするということ。難しいかな。簡単にいうと、死んだことにしちゃうの。』
『えっ、俺、死んじゃうの。』
『本当に死ぬわけではないわ。死んだという情報をそっと流すだけ。裏社会ではビッグニュースになるわよ。ルシファの耳にも入るはず。油断させるのよ。』
『でも、そしたら、世界平和や、レイちゃんを守るのはどうするんですか。』
『それは、新しいNO.1がいるじゃない。謎の魔人バブーよ。彼の正体を知っているのは、あなたを含めて、わたしたち4人だけだから。情報は漏れませんし、謎のままでいられるの。好都合でしょう。』
さすが彩先生だ。頭がいい。俺には考えもつかない発想だ。俺は単純明快。そこに敵がいれば倒す。それだけしか考えていない。もっと、勉強しなければ。
『だから、わたくしからの命令よ。分かってると思うけど、わたくしの命令は絶対よ。』
なんか、やさしい彩先生は、もうどこかに行って、いつもの厳しい先生に戻っている。
『使命を果たすためなの。ヒロ君、そのままの姿でいなさい。レイちゃんを守るため。常に一緒に行動するの。レミちゃんが小学生になったら、あなたも小学生になりなさい。高校生になったら、あなたも同じ高校に通うの。分かったわね。以上。』
『えー、俺に自由はないの?』
バシッ‼️
平手打ちが来たあ。
『あなたに自由はないの。あなたの使命はかすみさんとレイちゃんを守ること。あなたは、不死身な神ですが、2人は不死身ではないのよ。か弱い女神なのよ。あなたしか助けられないの。』
『そうか。かすみとレイちゃんのためなら、俺、何でもします。彩先生、任せて下さい。』
彩は弟であるヒロをちょっとだけ頼もしいと思えた。
『でも、彩先生。レイちゃんが女子校とか通ったら、俺も女子校に通えるのかなあ。』
鼻の下を伸ばす弟を見て、手の動きが止まらなかった。
バシッ‼️
『いいわね。これからは、かすみさんとレイちゃんから目を離さないように。そして、彼女たちの命令には素直に従うように。赤ちゃんの姿でも、イヤイヤとかワガママは、ダメです。変な仕草もしないように。変な言葉遣いもダメ。だから、おしゃぶりが効果的なの。かすみさんは、ママ。レイちゃんは、レイ姉ちゃん。わたくしは、彩姉ちゃんと呼ぶように。もちろん、いざという時は、魔人に変身して構わないから。』
なんだか、大変なことになりそうだ。それにしても、彩先生は、策略家だ。常に一歩先を読んでいる。
『彩さん、ヒロ君、お散歩に行きましょう。』
かすみが声をかけてきた。
『かすみ、じゃなくて、ママあ。』
恥ずかしい。やっぱり恥ずかしい。
『かすみさん、ヒロ君、約束してくれました。ここで、赤ちゃんとして暮らすそうですよ。』
俺はベビーカーに乗せられ、マンションを出た。おそらく公園に向かっているのだろう。いつもの景色と全く違う。およそ1mほどの高さから、目に入るのは、普段とはまったく違った。歩いている人の姿は分かるが、顔は分からない。信号や店の看板は分からないが、道端に咲く花は、良く見える。外の空気は気持ちいいものだと、改めて感じられた。マンションを出て、5分くらい経ったところで、誰かが声をかけてきた。俺は警戒した。それが俺の仕事だから。
『レイちゃんママ、おはようございます。』
『おはようございます。勇気くんママ。』
『あらっ、赤ちゃん。いつ生まれたの?』
『いいえ、私の子供ではないのよ。ちょっと事情があって、親戚の子を預かってるの。』
『そうなのね。でも、かわいい赤ちゃんね。お名前は?』
わお、きれいな女の人が近づいてきた。
『バブバブ、アアア。』
『名前はヒロ君よ。』
『男の子なの?女の子かと思ったわ。女の子のお洋服着てるのね。』
『そうなの。レイが来てた服なのよ。良く似合ってるでしょう。』
『そうなのね。じゃあ、ヒロ君、バイバイね。』
女の人は、歩いて行った。
こんなやりとりが数回続いた。赤ちゃんは、人を惹きつける力があるようだ。特に、母親にはたまらないみたいだ。彩先生が俺の顔を見つめて来た。
『ねえ、かすみさん。ヒロ君だけど、呼び名を変えた方がいいと思わない?さっきから、みんな女の子と思ってるみたいだし、その都度、説明するの面倒でしょ。魔界にヒロ君の存在も知られたくないので、一石二鳥だと思うの。』
『そうねえ、確かにピンクのベビー服着てると、女の子にしか見えないわよね。』
今度は、かすみが顔を近づけて来た。何か考えているような顔をしていた。




