策略①
その後も赤ちゃん生活は続いた。だか、俺の使命は世界平和だ。姿が赤ちゃんでも、必要な時は対処せねばならない。世界各国で救助を求める人のために何度も出かけた。そして、背中のシールなどなんの効力もないことも分かったが、3人の喜ぶ様子を見ると、赤ちゃんに戻らざるを得なかった。
裏世界の情報は速い。裏世界新聞の今月号の世界最強暗殺者ランキングに異変が起きていた。この3年間、ランキング一位を続けていた俺が、一位から陥落していたのだ。俺の連続記録を破ったのは、謎の魔人『バブー』と書かれている。「ベビー服をまとい、バブバブ言いながら、手に触るものを全て破壊する恐ろしい暗殺者。まさに魔人だ。『バブバブ』の声を聞いたら、命はないと思え。逃げるしか道はない。」そう、紹介されていた。俺じゃないか。俺、元の大きさに戻っても、バブバブと言ってるのかなあ。完全に口癖になってるのかもしれない。
『かすみさん、ヒロ君は自分の意思で赤ちゃんの姿になってるわよ。もう、シールの効果がないことは分かってるみたいね。わたくしたちをがっかりさせたかないと思ってるの。ヒロ君の心を読んだから、本当よ。優しいのよ。』
『ヒロ君たら、もう元に戻ってもいいのに。』
『でも、これが本来のあるべき姿。2000年の時を超えて、わたくしたちの家族の姿がよみがえったと思うの。』
『私が母で、二人の娘に一人の息子。4人とも神で、末っ子の男の子が宇宙神。未だに信じられないわ。』
『だけど、ルシファの手先が来たのも事実。狙われているのは確かよ。最強の防御は、ヒロ君。ヒロ君に勝てる人も神も悪魔もいないわ。このまま、つまり、赤ちゃんのまま、ここに居させるのはどうかしら。大男が出入りするよりは目立たないでしょうし。親戚の子を預かってるとでも言えば問題ないと思うわ。必要があれば、別のお部屋を購入してもいいわよ。なんなら、一棟まるごと購入してもかまきませんことよ。』
『購入なんて、さすがにそこまでは。でも、そうねえ、レイも喜んでるし。愛犬のプッチもヒロ君だけには、吠えないのが不思議だし。しばらく、そうしましょう。でも、ヒロ君が納得するかな。』
『それは問題ないわ。わたくしが納得させます。世界最強でも、世界一頭が良くても、わたくしの弟よ。あの単細胞を操るのは造作もないことよ。』
彩は、笑みを浮かべていた。
今朝は天気がいい。ベビーベッドにいても、外の景色は見える。そう、いつのまにかベビーベッドが用意されていたのだ。こんなもの抜け出そうと思えば、すぐに出られるのだが、嬉しそうに用意してくれた、かすみやレイの姿を見ると、そういうわけにもいかなかった。ベビーベッドよりも、柵から伸びている、カラカラ回るオモチャの方が目障りだ。花や動物などが音をたてて、くるくる回るやつだ。5分ほどで止まるのだが、止まるとすぐに、レイがまたスイッチを入れてくれる。どうやら、姉としての自覚が芽生えたようだ。完全に俺はこの家族の赤ちゃんとして育てられているのだ。なぜか、彩先生もずっとここで、寝泊まりしている。
『レイ、ヒロ君にミルクあげてくれる?』
『はーい。レイ、やるう。』
レイがおしゃぶりを取り、哺乳瓶の先を口に入れて来た。俺にできることは、たたミルクを飲むだけだ。
『ヒロ君、いっぱい飲んでね。お姉ちゃん、大好きだよ。』
そう言われると、なんか不思議な感じになってしまう。
かすみもやってきた。いつ見ても美しい。
『今日は天気がいいから、公園にお散歩行きましょうか。』
『ヒロ君も連れて行っていいの?』
『もちろんよ、レイ。』
『やったね。ベビーカー、お姉ちゃんが押してあげるからね。』
レイが大喜びしている。でも、ベビーカーに乗ってお散歩。恥ずかし過ぎる。彩先生がもやってきた。
『かすみさん、レイちゃん、ちょっと席を外していただいて宜しいかしら。』
『レイ、こっちでお散歩の準備しましょう。』
かすみとレイが部屋を出ていった。
『ダアダア、ブバブバ。』
『あははは、ホントかわいい。ちょっと待って、おしゃぶり取ってあげるわ。』
彩先生がおしゃぶりを外してくれた。
『彩先生、俺、恥ずかしいですよ。何とかして下さい。』
『ヒロ君、事態は悪い方向に向かってるわ。この前、ルシファな手下が来たでしょ。狙いは、レイちゃんよ。レイちゃんが神だということは前に話しましたよね。ルシファ、つまり悪魔にとっては邪魔な存在なの。レイちゃんの存在が悪魔に知られたという証拠なの。ヒロ君、あなたの使命は何?それは、かすみさんとレイちゃんを守ること。ならば、今こそ、その使命を果たす時よ。言ってる意味分かる?』
『ルシファって、そんなに危険な奴なのですか。この前来たのは、超〜弱かったけど。』
ああ、この男はやはりお馬鹿さんだ。頭はいいが、知識に乏しい。
『簡単に話すわ。一番偉いのはヒロ君ね。一番悪いのがルシファ。つまり、悪の親玉。』
『つまり、そいつを倒せばいいんだね。』
『そうよ。でも、悪い奴だけど頭はいいから、ヒロ君には勝てないと思ってるはず。ヒロ君の目を盗んでレイちゃんを襲うと思うの。』
『正々堂々と勝負しない弱虫な奴か。それで、俺はどうすればいいんですか。』
ある意味、ヒロ君の言っていることは当たっている。ルシファが出てくれば、ヒロ君が間違いなく倒すと思う。だからこそ、ヒロ君の存在を消すことが最善の策なのだ。
『ヒロ君は、世界最強でしょ。だから、レイちゃんを守って。それだけよ。』
『お言葉ですが、俺は現在世界2位に陥落しましたよ。一位は魔人バブーです。』
『そうね。でも、それもヒロ君でしょ。ということは、一人で1位、2位の独占ね。やっぱり、ヒロ君はすごいなあ。』
『えへへ〜、褒められちゃった。俺が絶対守ります。』
ちょっと褒めると、喜ぶ。本当、単細胞だわ。彩は呆れていた。




