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趣味探しでVRMMO始めました  作者: たぬきちのしっぽ
第一章:VRMMO始めてみました
9/30

008

 その日の美代の起床は遅かった。就寝時間を考えれば当然といえば当然である。


「ねむ……」


 目蓋を擦りながら美代は布団の魔の手から抜け出した。



 美代は一人暮らしだ。両親は健在だが、実家は地方のため帰るのはお盆や年末年始くらいである。

 部屋やお風呂場の掃除を終わらせ、洗濯物も干す。買い物を近くのスーパーで済ませて家に帰ると、美代は遅めの昼食を食べた。

 今日やる予定だったことは粗方終わらせ、パソコンを開く。検索するのは【剣と魔法のプレリュード】についてだ。


「さすがにほとんど何にも知らない状態で行くのは無茶だったなぁ」


 攻略情報を見る気はなかったが、システムぐらいは覚えていくべきだったと反省したのだ。

 会う人会う人に説明をしてもらうのは気が引けるし、時間を取らせてしまうのは申し訳ないと美代は思った。


「なるほど、ステータスポイントとスキルポイントね。あ、というか私自分のステータス値を確認してなかった」


 初期ステータスは種族と職業を決めた時点で、ある程度ランダムに決まるらしい。

 ある程度というのは、種族と職業によってどのステータスに、どれだけの数値が割り振られるか最低値と最高値が決まっているので、その範囲でランダムになるからだ。


「獣人族はAGIがダントツだね。それから、STR……? 攻撃力ね、なるほど。伸びがいいのはこれって言われてるんだ。


 それで、メインジョブは狩人だけど、そっちはミンフィエルさんが言っていた通りね。

 そうすると、AGIが最高値になってそう。だから昨日のゴブリンと戦った時にあんなに早く動けたんだ」

 昨日の、ともすれば飛んでいるかのような速さにフットワークの軽さの納得がいった。


「これは、次に色々と試してみないとだね……」


 ログインしたらやってみたいことに思いを馳せながら、美代は一人でにやにやと笑みを浮かべた。


◇◇◇


「さて、やってきましたっと」


 軽い浮遊感のあとに目を開く。

 自室の壁ではありえない質感の木造の個室。ここはもう、プレリュードの中だ。


「洗濯物も入れたから、これで専念できる!」


 美代はおー、と声に出してから早速とばかりに部屋を出た。


「おや、アルファさん、お出かけですか?」

「あ、どうもこんにちは、タブサさん」


 部屋を出てすぐにタブサと出会った。

 どうやら空きの客室を掃除してまわっていたらしい。両手にはたきなどの掃除道具を持っている。


「はい、今日はクエストを受けて外に出てみようと思いまして」


 美代が弾んだ様子でそう言うと、へぇとタブサが感心したような声をあげる。


「それはそれは、さすがは旅人さんですね。頑張ってくださいよ?

 ああでも、最近は凶暴なモンスターも多いらしいですし、充分に気を付けてくださいな。

 旅人さんは死にはしないらしいけれども、やっぱり怖いですからね」

(死ぬ、かぁ。ゲームの中ではたしかに死なないけど、NPCの人たちは違うってことかな?)


 それは恐ろしいことかもしれない、と美代は感じながら頷く。


「はい、ありがとうございます。気を付けますね」


 心配するタブサにお礼を言って宿をあとにした。



 昨日通った道をなぞってギルドにやってくる。ギルド内は現実で休日ということもあり、かなり混雑していた。


「うわ、すごい人……。さすがお休みなだけあるなぁ。えーと、クエスト掲示板は……。あ、初心者中心のところは割と空いてるね」


 教えてもらったばかりのクエスト掲示板を覗くと、冒険者ランクの低い所謂初心者向けのクエストが貼られているところはそれなりに空いていた。

 さすがにサービス開始から三ヶ月ほど経つと、中級以上のクラスにあがっている人が多い。

 掲示板をじっくり眺めていると、美代は良さそうなクエストをいくつか見つけた。


「あ、スライム三匹の討伐か-。これいいかも」


 その中から一つ手に取ったのは、スライムを討伐目標にしたクエストだ。

 依頼人はお菓子屋の店員らしい。


「スライムと何の関係が……?」


 美代は不思議に思ったが、スライムといえばゼリーに似た見た目をしているだろうし、何かに使うのだろうと深く考えるのをやめた。


「依頼難易度、易しい。初心者向きで一人から三人までが推奨。一人でも出来るみたいだし、やってみようかな」


 スライム討伐を受けることにした美代は、さっそくクエスト窓口に向かって手続きをしてもらった。

 正直なところクエストを選ぶよりも並ぶ時間の方が長かったのは、ある意味当然かもしれない。



 ギルドを出た美代は、町から出るために大通りをさらに直進する。

 クエストを受けるときに初めてだと伝えたところ、受付のお姉さんが町から出る方法を教えてくれたのだ。


「受付の人が言っていた通行門ってあれかな?」


 美代の見つめる先には町を囲うように設置された防壁がある。その一カ所に美代の背丈の3倍以上ある大きさの門があった。

 門は開いており、町に入ってくる人々と逆に出て行く人々で賑わっている。きちんと順番を守って通行している理由は門番の兵士がいるからだろう。


「へぇ……、中世のヨーロッパみたい。なんだか素敵……」


 自分も出る側の人並みに紛れながら門を通る。見上げると石造りの立派な城門で、どことなく情緒を感じた。


「門は19時には閉まることになっている! 外へクエストを受けに行く冒険者は特に気を付けろ!」


 門番の一人が閉門時間について注意を促している。ゲームとはいえ、そういうところは割とリアルなのかと美代は驚いた。

 歩きながら通行門用に設置されている時計を見るが、まだ14時程度で余裕はある。


「スライム三匹なら、19時までにはなんとかなるよね」


 とりあえず頑張ろう、と美代は頷いて門を通過した。



 町から出ると目の前は見渡す限りの平原だ。

 少し遠くに森も見えるが、今日はそこには近付くつもりがないので関係はない。


「うーん、ゲームとは思えないくらい良い風ー」


 思わず伸びをしてしまうほどに気分の良くなる風景と穏やかな気候だ。

 美代としてもしばらく堪能していたいところだったが、さすがにあまり時間を無駄にするわけにもいかない。

 スライムはいないか、とあたりを見渡すと、そこかしこで戦っているプレイヤーが目に入った。


「もうちょっと奥に行ってる人が多いかと思ったけど、町のすぐ近くにも結構プレイヤーさんはいるんだね」


 パーティ(チームではなくそう言うらしい)を組んでいる人たちを見つけるが、一人で戦っているプレイヤーも少なくない。難易度の低いクエストでは当たり前のことなのだろう。


「さてっ、私も頑張りますか!」


 他のプレイヤーの様子に触発されて、美代もやる気が出てきた。腰のナイフの感触を確かめると、スライムを探して平原を歩き始める。



 それからすぐに美代は標的を発見した。

 突然草むらから飛び出てきたのは、青いスライム。

 丸くてぽよぽよとしている。触ったら気持ちよさそうな見た目をしていた。

 とあるゲームのスライムのような目や口はついていなかったが、中心に赤い光が灯っている。それがもしかして目の代わりなのかもしれない。

「ポヨッ」と聞こえてきたのは間違いなくスライムの鳴き声だろう。


「…………けっこう可愛いかも」


 ポヨポヨ鳴きながら、スーパーボールのように跳ねながら近付いてくるスライムに美代は不覚にもときめいた。

 正直なところ初めて戦ったのがゴブリンという強面な相手だっただけに、こんな見た目のモンスターもいるのかと感動すらしていた。


「触ってみたい……」


 思わずゴクリと生唾を飲み込みながら、じっとスライムを見つめる。そんな美代に対して、スライムは距離を詰めてきていた。

 残り3mを切ったところで突然、スライムの動きが変わる。


「ポヨッ!!」

「え……っ! ――――うぶっ!」


 ギュッと一度小さく縮んだと思ったときには、美代は後ろに吹き飛ばされていた。

 背中から地面に落ちて息が詰まる。


「いったぁぁ!」


 倒れた衝撃でふらつく頭を振りながら上半身を起こすと、目の前のスライムがポヨポヨと跳ね回っていた。


「今のなに?」


 美代は自分のお腹を見るとダメージエフェクトが表示されている。それを見て慌ててHPを確認すると、4減っていて21となっていた。


(つまり攻撃されたの? 全然見えなかった……)


 可愛い見た目に反して恐ろしい相手だ。決して初心者の自分が油断して勝てる相手ではないらしい、と美代はスライムの認識を改める。


(よしっ、まずは何をしてきたのか確認しないと!)


 素早く立ち上がりながらナイフを抜く。今度は見逃すまい、と美代はスライムとの戦いに集中した。


「ポポポ……ポヨッ!」


 立ち上がった美代に対してスライムは、またもその身を縮める。二度目となるその様子は、美代にはまるで力を溜めているように見えた。

 そして次の瞬間、


(くるっ!)


 美代が身構えた瞬間、スライムはとんでもない速度で彼女に対して跳んできた。


「はっ……やっ!!」


 その攻撃は単純な体当たり。だが、速度はまるで弾丸のようで、身構えていた美代でも避けるのが精一杯だった。

 美代に体当たりを躱されたスライムは、彼女から3mほど離れた地面に着地する。跳びだした場所からの距離はおよそ6mほどだろうか。


「たしかにあれに当たったら痛いよね……」


 さっき受けた衝撃の強さを思い出して、美代は冷や汗を浮かべる。

 とはいえ、攻撃のタネが割れればどうにもならないというわけではなさそうだ。


「それなら今度はこっちから行くよ! 一撃離脱スプリングアタック!!」


 美代はナイフを構えると覚えたばかりのスキルを使用する。

 スキルを使用するという意識を持ってその名前を口に出した瞬間、身体がさらに軽く感じた。

 重力の縛りから抜け出すかのような感覚。

 一歩踏み出した途端にスライムとの間の距離がなくなる。さらに、ここへ当てろとばかりにスライムに向かうナイフの軌跡が視えた(・・・)


(これをなぞるようにっ……!)


 自身が振るうナイフを、視えている軌跡に合わせる。一瞬の出来事のはずが、まるで時間が引き延ばされているような不思議な感覚だ。

 ナイフは軌跡を通過して、そのままスライムにヒットした。


「やあっ!!」

「ポヨヨッ!?」


 赤いエフェクトが弾けて、スライムが後ろに吹き飛ぶ。

 美代はそれを横目で確認しながらも、油断せずに横に飛び退いて体勢を立て直す。ゴブリンの時は無理に追撃をしようとして手痛い反撃を受けたからだ。


「ポヨッ! ポヨヨ!?」


 しかしスライムは、ゴブリンほどの知能はないらしい。美代から受けた攻撃にショックを受けて混乱しているようだ。

 美代はすかさず相手のHPを確認すると、今の一撃で半分以上削っていた。


(それなら!)


 このチャンスを逃すまいと、美代は混乱しているスライムに追撃を仕掛ける。

 スキルによって強化されたステータスの効果は、あと数秒といったところだがまだ残っている。美代はもう一度スライムに素早く近付いてナイフを振るった。

 無防備なままその攻撃を受けたスライムは、ポヨ~……というなんとも哀れな鳴き声を残して消滅する。

 スライムが消えたあとにはチャリンという軽い音と共に、銅のメダルと青い水晶が残った。


「はぁ……。やったぁ、これって初勝利だよね」


 このゲームでの初めての勝利にじわじわと喜びが沸いてくる。美代は飛び上がりそうな喜びを抑えつつ、戦利品を手に取った。

 手に入った銅メダルと青い水晶はドロップアイテムというものらしい。

 青い水晶はクエストの報告時に提出義務があり、銅メダルは併せてギルドに提出すると少額ながらお金(トール)に換金してくれると教えてもらっていた。


「ボイスコマンド【アイテム一覧に入れる】」


 今日調べたとおりのボイスコマンドを声に出すと、手に持っていたアイテムが消えて、チリンという電子音が頭の中に響く。

 メニューを開いてアイテム項目を視てみると、そこには先ほど手に入れたアイテムが表示されていた。 


「えーと、これでアイテムが簡単に持ち運べるんだね。なるほど」


 覚えたとおりの結果が確認できた美代は、満足したように何度か頷く。


「とりあえず初勝利! やった-! このまま残り二匹も頑張るぞー!」


 改めて、と美代は両手を上に突き出して自身の勝利を喜んだ。

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