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趣味探しでVRMMO始めました  作者: たぬきちのしっぽ
第一章:VRMMO始めてみました
7/30

006

 気合いをいれた美代の目の前に現れたのは、緑色の人型モンスターだった。片手には棍棒を持っていて、がふがふと鼻を鳴らしている。

 貧相な身体で、ボロボロの布を纏った姿のそのモンスターの頭上に表示された名前はゴブリンだ。


「ひっ! やっぱり怖いっ」

 

美代はナイフを鞘から引き抜いて構えるが、どうにも腰が引けている。慣れない人のために戦闘はシステムのサポートが入っているにも関わらずだ。

 だが、それも仕方がないのかもしれない。なにせ目の前にいるモンスターは、ゲームと思えないほどに精巧な造りをしているのだ。


「グギャギャ、グギャァァァァーーーーー!!」


 美代がへっぴり腰になっている間に、ゴブリンは彼女を敵として認識したらしい。恐ろしげな叫び声をあげながら美代に向かってくる。


「ひやぁぁ!! こっちに来ないで-!」


 ゴブリンはホラー映画のお化けもかくや、という表情だ。そんなものを真正面から見てしまった美代は、ゴブリンがやってくる方向とは逆の方向に走り出した。はっきり言ってしまうと逃げ出したのだ。


「おいっ、アルファよ、モンスターは反対だぞ!! きちんと戦え! それでは訓練にならんぞっ!」


 結界の外からドブラドの怒声が響くが、美代は今それどころではない。逃げ回ることで必死なのだ。


「冷静さを完全に失っておるな……。これはちとダメかもしれんなぁ……」


 自分の声がまったく聞こえている様子のない美代を見たドブラドは、どうしたものかと悩んだ。周りの他のプレイヤーは逃げ回る美代の姿に苦笑を浮かべているが、彼女より前に訓練を受けた人たちは仕方がないと頷いている。


「グギャギャッ!!!」

(なにあれ、怖すぎるっ!! どうすればいいのっ!?)


 ちらりと振り向くと棍棒を振り回しながら、自分を追いかけてくるゴブリンが目に入った。

 あれと戦うとは、一体どんな猛者なのだろうか。いや、今あれに追いかけられている私だよねっ、と美代はセルフツッコミをいれる。

 しかし、しばらく逃げ回っていたおかげか、走り回っているうちに少しずつ頭が回るようになってきた。

 美代はもう一度後ろのゴブリンを見てから、右手に握ったままのナイフの感触を確かめる。


(でもっ、逃げ回ってばかりもいられないよね……!)


当たって砕けろとばかりに彼女は急ブレーキをかけて、ゴブリンに向かって走り出す。


「おおっ、戦う気になったか!」

「彼女やる気だっ!」

「頑張れ―! ファイトだぞー!」


 このまま終わりかと思っていたドブラドたち外野は、思わずガッツポーズをしながらエールを送る。

 美代は今ゴブリンを相手にすることでいっぱいいっぱいなので、残念ながらその声はまったく聞こえてはいなかった。


(身体が軽い―――。これなら一回くらいなら当てられるかもっ!)


 美代は走りながら、自分の身体能力に驚いていた。現実の自分はこんな速度はだせないし、羽が生えたかのように俊敏な動きはできない。

 なるほどこれが身体リアル身体アバターの違いか。

 慣れないと動くのが難しいかもしれない、というタルタルの言葉を実感した。

 ゴブリンは突然方向を変えて向かってくる美代に対して慌てている。逃げ回っていた相手がいきなり飛びかかってくるのだから、驚くのも無理はない。


「やぁっ!」


 美代はゴブリンに向けてナイフを振り下ろす。ザクッと軽い音がなり、グギャッというゴブリンの声があがる。ゴブリンの前に赤いライン状のダメージエフェクトが表示された。


「もう一回!」


 美代は続けざまにもう一度攻撃しようとナイフを握る手に力を込めた。


「あ、ぃつっ!!」


 しかしそこで後ろに押されるような衝撃と、バチッと静電気が走るような一瞬の痛みを感じた。思わず振ろうとしていたナイフを引いて、条件反射的な動作でゴブリンから距離をとる。


「なにっ!?」


 慌ててゴブリンを見ると、そいつは棍棒を振り切った姿勢でこちらを睨んでいた。


(もしかして……)


 美代が自分の身体を見下ろすと、お腹辺りに赤いラインのエフェクトが残っている。それはすぐに消えたものの、先ほどゴブリンに攻撃を当てたときと同じエフェクトだった。つまり美代はゴブリンの棍棒による攻撃でダメージを受けたらしい。


「今の一回でどれくらいのダメージなんだろう……」


 一度、攻撃のやり取りをしただけなのに心臓がドクドクと暴れている。はぁはぁ、と乱れる自分の息がとても大きく聞こえた。


(これが、メンタルダイブの戦闘……っ!)


 想像以上の緊張感に美代はゴクリと唾を飲み込んだ。


「アルファよっ! 自分のHPを確認するのだっ。視界の左上あたりに意識を向けてみろ!」


 ゴブリンが美代の出方を窺って動きを止めている間に、ドブラドが指示を送る。その頃には彼女も周りの声が聞こえるくらいにはなっていた。


(左上? えーと……こう?)


 視線を左上に向ける感覚で、意識を向けるとそこにHPとMPと書かれた横長のバーが表示が現れた。


「これが私のHP?」


 現れた表示を確認すると、HPバーが減っている。最大で25あったものが今は18だ。さっきの一撃で7もなくなってしまったらしい。あと三回攻撃を受けたら死んでしまう計算だ。


「って、うわっ! いきなりっ!?」

「グギャッ!!」


 美代がHPを見ていたのは僅かな時間だったが、ゴブリンは視線が自分から外れたと分かったらしい。その一瞬を狙って距離を詰めて攻撃してきた。

 彼女はぎりぎりでそれに気が付いて、慌てて横に飛び退く。ゴブリンの棍棒は空を切り、地面にガツンと音を立ててぶつかった。


「ほんとにこわいっ。HPとかも全然見れないし!」


 ナイフを再び構えた美代は、ゴブリンとにらみ合いながらじりじりと距離を縮める。


(相手がゴブリンで助かったかな……。最初の狼みたいなのだったら、動き速すぎてあっという間にやらちゃってたかもしれない。――――こいつも怖いから嫌だけど!)


 美代がゴブリンに集中すると、頭に出ていたゴブリンの名前と一緒に赤いバーが現れる。自分のHPバーとよく似ているので、それがゴブリンのHPなのだろう。

 まだ三分の一も減っていなかったが、さっきの美代の攻撃は効いていたらしい。僅かにだがバーが減っていることが分かった。


「……よしっ」


 一撃入れるという最初の目標は達成した。ならば次は倒してみたい。

 美代は相手の動きに注意を払いながらナイフに力を込めた。


◇◇◇


「はぁ、はぁ、……うわぁー、悔しい」


 美代は肩を落として声を漏らした。息は乱れたままだが、戦闘自体はもう終わっている。

 結果から言ってしまうと、美代は負けた。

 ゴブリンのHPを半分ほど削ったが、それまでに二回攻撃を受けてしまい、最後は集中力が鈍ったところへ一撃をもらったのだ。

 だが、最初の逃げ腰だったときと比べるとかなりマシになっただろう。


「惜しかったが、まぁ仕方がないだろう。最初はこんなものだな。だが、良くやった」

「いや、頑張ってたと思うよ」

「お疲れ様ー」

「次、俺行こうかなー」

「あ、その、ありがとうございます……」


 疲れた様子で結界から出てきた美代をドブラドと他のプレイヤーが迎える。

 見ている側としては、最初は笑うしかなかった状態から、きちんと戦闘になるところまで持ち込んだのだ。その奮戦ぶりは見ていた全員が認めていた。

 応援してくれた人たちに向けて、美代は頭を下げてお礼を言う。


「俺、次やりたいです!」

「おう、じゃその次やるわ」


 美代の頑張りに影響を受けた他のプレイヤーが次々と訓練に意欲をみせる。その姿を美代は眺めながら、その場に腰を下ろした。

 訓練では死にはしないが、HPは減る。美代のHPは今は1しかない。

 座ると少しずつ回復するというドブラドからのアドバイスで、美代は休むことにした。ドブラドの言っていた通り、座っている間にHPが少しずつ回復していく。


「うーん……、もうちょっと粘れると思ったんだけどなぁ」


 美代は先ほどの戦闘訓練を思い出す。あのときにこう動いたらどうだっただろうか、それならあのときは、と頭の中で思い描く。たくさん反省することはあったが、それでも何よりも。


(すごい怖かったけど、やっぱり楽しかった、かな?)


 日常生活では中々体験できない経験をした。

 緊張もしたし恐怖も感じたが、やはり思い返せば楽しくて夢中になったことは間違いない。


(うん、……もっと頑張ろう)


 次こそはゴブリンにも勝てるように頑張ってみよう、と美代は結界内で戦っている人を眺めながら思う。

 実戦訓練を待っている人は残り僅かになっていたが、HPが回復するまではもう少し座ってることにした。

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