005
元々並んでいた人数が少ないだけあり、美代の順番はすぐにまわってきた。
対応してくれた窓口スタッフの女性の首には、タルタルが言っていた赤い宝石のついた白の首輪があったのでAIと分かったのだが、やり取りの自然さはやはりすごいと彼女は思った。
戦闘訓練講習は他にも何人か申し込んだ人がいるということで、これからすぐに始めるらしい。
美代はちょうど良いタイミングだったので、すぐに参加を希望する。
そうして案内されたのは、ギルドの二階にある部屋だった。
◇◇◇
「随分広いところでやるんだ。なんだか大学の講義を思い出すね」
部屋は講義用のホールのようで、奥に黒板があり、その前に段々の座席が並んでいる。
すでに数人のプレイヤーが席について講習が始まるのを待っていた。
部屋の広さに対して、座っている人数はかなり少ないため、座席を選ぶのには困らない。美代も適当な場所を見繕って席に着いた。
(だれかの隣に座って、話しかければ良かったかな)
美代は周りに誰も人がいない席をとってから少し後悔する。こういうところで他のプレイヤーと交流を持てれば、もしかしたらフレンド(メニューを開いた時にフレンド項目という場所があったので、オンラインゲームではそう言うらしい)になれたかもしれない。
そんなことを考えているうちに、どうやら時間になったようだ。
ホールの入口から、筋骨隆々な男性が現れた。
ただ、その男性はものすごく背が低くて、もじゃもじゃのあごひげを生やしている。
(もしかしてドワーフ!? すごい! 想像通りの見た目っ)
まさしくドワーフという見た目の男性に、美代のテンションがぐぐんっと上がる。
これは講義にも気合が入るというものだと彼女は目を輝かせた。
「冒険者見習いの諸君、ようこそ。講習に参加した諸君の心がけは大変結構である。
今回、この講習の講師を担当させてもらうドブラドだ。見ての通り、ドワーフである。また、儂は諸君らのような星の旅人ではない。
………しかしっ! 諸君らに戦う術を教えることはできる!
諸君らが一人前の冒険者となるために儂も力を尽くすつもりだ。
最後までしっかりと講習を受けてくれ。以上だ」
ドブラドはどっしりとした声でそう締めくくり、それではと前置きしてから講習を始めた。
「まずは冒険者の基本である依頼の受け方だ。冒険者ギルドでは依頼をクエストと呼んでいるので覚えておくと良い。
一階で見た者も多いだろうが、クエストの受領と報告は1番から7番窓口で行っている。しかし、何のクエストを受けるかどうか選ぶのは窓口ではない。
一階入り口の左側のクエスト掲示板に貼られているものが、現在受領可能なクエストだ。
そこに貼られている依頼票を持ち、窓口で手続きを受けることによって、初めてクエストの受領が完了するというわけだな
そのクエストだが、冒険者の階級事に選択可能な物は異なるため、そこには注意しろ」
ドブラドの説明を美代は何度も頷きながら聞く。クエストの受け方自体は難しいことではなかったが、クエスト掲示板は混雑していたこともあり、気付いていなかった。
この話は美代にとっては重要だったが、周りで聞いている他のプレイヤーにはそうでもないらしい。
欠伸を漏らす人やつまらなそうに聞いている人もいた。
ドブラドも気が付いているようだったが、それでも構わないらしい。特に注意することもなく説明を続ける。
「クエスト達成条件の報告をしたあとは、その場で報酬が支払われることになる。
達成の際のクエストの出来如何では、報酬が多くなることもあるので、しっかりと励むように。
それからクエストとは関係のない素材類を持ち込んだ場合だが、これは8番から10番までの素材買取り専門の窓口に持ち込め。そこで査定を受けて、その値段に納得がいけば売り払うと良い」
素材の持ち込みも多少のお金になるらしい。
美代のようなゲーム始めたての金欠状態のプレイヤーにとっては、少しでもお金が増えるのはありがたい情報だ。
そこで一度ドブラドは言葉を切ると、ニィっと獰猛な笑みを顔に浮かべた。
「…………さて、それでは少し早いが諸君が待ち望んでいた戦闘訓練の時間だ。
このまま訓練場まで向かう。すぐに準備を整えて儂についてこい!」
ドブラドは大声で講習を受けていたメンバーに呼びかけると、さっさと部屋を出て行ってしまう。
行動の早いプレイヤーたちもその後に続いてさっさと講義室を出て行く。
(あっと、私も急がなくちゃ!)
美代は少し反応が遅れたものの、席から立ち上がって早足でドブラドの後を追った。
◇◇◇
訓練場はギルドの一階奥にあった。学校の体育館といったイメージの場所で、かなりの広さがある。
地面には白線が引かれていて、どうやら訓練はその線の中で行うようだった。
なぜそんなことが予想できるかといえば、白線上に透明な壁が揺らいで見えるからだ。
美代はその壁を見て、歪んだガラスを反対から見ているような感覚になった。
「諸君らにも見て分かるとおり、この白線上には結界が張ってある。ちょっとやそっとの衝撃程度では壊れない強度のものがな。
諸君にはこの中で一人ずつ、モンスターの幻影と戦ってもらうわけだ。
幻影だからとて安心するなよ! 死なないだけで、衝撃はもちろん痛みをあるからな!
本気でやらねば痛い目を見ることになるだろう。心してかかるようにしろ」
いきなり戦闘訓練を行うのか!と美代は驚いたが、そんな顔をしているのは彼女だけだった、
美代以外のプレイヤーは、待ってましたとばかりに好戦的な笑みを見せている。
「それでは戦闘前に装備の確認だ。星の旅人の諸君らはメニューを開いてみろ。
そこの装備項目をタッチし、自分の現在の装備を確認するのだ」
ドブラドはそう言いながら、黒縁のメガネを取り出してかけていた。目が悪いのかもしれないが、詳しくは分からない。
この世界の住民にはメニューが見えないという話なので、もしかしたらあのメガネはそれを見えるようにするためのアイテムなのかもしれないと美代は思った。
「ボイスコマンド【メニュー】、……装備、装備、っとこれかな」
ひとまず美代は言われた通りにメニューから装備項目を選んでタッチした。
すると画面が切り替わり、頭、体、腕、腰、足、靴、装飾品、武器と書かれたページが現れる。
今、彼女が装備しているのは、体に【初心者用の布の服】と足に【初心者用ズボン】、靴項目に【ボロい革の靴】だ。
見るからにして、貧弱という他ないだろう。
「装備は確認したか? 武器を装備していない者は、武器の項目をタッチして手持ちの武器を装備しろ」
(初期装備の武器ってことね。それくらいなら私にも分かるから、ちょっと安心)
開いた武器項目の中には、初心者用狩猟ナイフが入っていた。
美代はそれを選択して、武器項目で空いている欄をタッチしてみる。
すると予想通りにナイフが武器欄に固定され、それと同時に腰の辺りに包丁より大きいくらいのナイフが現れた。
ナイフは革の鞘に収められていて、自分で意図しない限りは勝手に抜けることはないだろうと思える。
「ようし、準備が出来たようだな。それでは早速訓練を始めるが、だれかやってみたい者はいるか!」
ドブラドの問いに対して、幾人かのプレイヤーが手を上げる。
さすがにいきなり訓練を受けるのは遠慮したかった美代は、手を上げずに最初は様子を見ることにした。
「それでは、そこのお前! 名は何という!」
「レッドキングです!」
「そうか! それではレッドキングよ、お前が最初に訓練を受けろ。
準備が整ったら、結界の中に進むがよい」
レッドキングという、どこかで聞いたことがあるような名前の男性プレイヤーは、元気よく返事をして結界の内側に入って行った。
(いきなりなんて勇気あるなぁ-。私にはちょっと無理だね。
……それにしても髪や目どころか装備まで赤なんて、レッドキングってそういうこと?)
レッドキングというプレイヤーが装備している武器は一般的な長剣だったが、柄が赤く塗られていた。
「レッドキングよ! モンスターの幻影を出すぞ、油断するな!」
ドブラドがそう告げると、武器を構えたレッドキングの前の空間がゆらりと歪んだ。
やがて揺らぎが収まると、何もなかった空間から突然何かが現れた。
飛び出てきたモンスターは大型の狼で、低いうなり声をあげている。
(うわ……、結構怖そう)
凶暴そうな外見の狼は、今にも目の前で対峙しているレッドキングに飛びかかりそうだ。
美代は外から見ているが、それでもすごい迫力なのだ。目の前でにらみ合っている彼の緊張は如何ほどだろうか。
呼吸が自然と荒くなるレッドキングに対して、狼は大きく吠えて威嚇した。
◇◇◇
最初に訓練を行ったレッドキングは残念ながら敗北した。初めての戦闘となれない身体の扱いに苦戦したのが敗因だろう。
それから何戦か他のプレイヤーも訓練を行い、残りの人数が少なくなってきたところで、美代はついに訓練に志願した。
「そうか! それではアルファよ、準備が整ったならば結界の中へ入れ!」
「はいっ、頑張ります!」
他のプレイヤーの訓練を見て、なんとなく戦い方が分かってきた美代は、気合い充分に結界の内側に足を踏み入れた。