004
タブサの教えてくれた道順を進むと、すぐに大通りに出た。
大通りというだけあり、大勢の人で賑わっていて、数多くの商店や道端で物を売っている露店まであった。
「は~、ほんとうにファンタジーな世界……。みんなすごい格好してるなー」
美代は人波をうまく避けて歩きながら、周りの風景や人々の格好に目を輝かせた。
鎧を着た戦士のような男に、見るからに魔法使い風なローブ姿の女性など、まるで自分が映画の中に飛び込んだようだ。
(これは結構、見てるだけでも楽しいかも知れない)
美代は無趣味ではあったが、映画や本などのヒット作くらいは手に取るくらいはしていた。
その中でもファンタジー系の作品は割と好みのジャンルということもあり、常になく落ち着きがなくなっている。
あとで是非とも見てまわろうと、彼女は早くギルドに着くために歩く速度を上げた。
◇◇◇
「これが冒険者ギルドかー。大きな建物だね」
感嘆の吐息を漏らしながら美代は目の前の建物を見上げる。
確かにこれはタブサが言っていたとおり、ひと目で分かるはずだ。周りの建物と比べて、高さも横幅も一回り以上は大きい。
「それにAIじゃなくて、プレイヤーの人も多いみたいね」
ギルドに出入りしている人はたくさんいるが、会話をしながら歩いている集団もよく見かける。
あれはきっとチームを組んでいるんだろうと美代は横目ですれ違う集団を観察していた。
「だから、これから平原で――――」
「平原近くの森ウルフは毒もってるし―――」
(私もあんな風に冒険に出れるのかな)
すれ違う人たちから漏れ聴こえてくる会話に対して美代は期待を募らせる。彼女は、よしっと気合いを入れるとギルドの中に入った。
ギルドの中は物語のように乱雑とした雰囲気はなく、それどころかまるでお役所のように綺麗だった。
前には応対窓口があり、窓口ごとに番号が振られている。その上、分かりやすいように大きく窓口番号について書かれていた。
読んでみると、1から7番窓口までがクエスト関係窓口で、8から10までが素材買取の窓口のようだ。
その他にも訓練窓口やらギルド内ショップやらがある。
一番混んでいるのはやはりクエスト関係の窓口で、平均して七人ほどがきちんと整列して順番を待っていた。
「えーと、まずはどこに並べばいいんだろう……?」
「何かお困りでしょうか?」
かなりの混雑ぶりに対して、美代が悩んでいることに気がついたスタッフと思わしき男性が軽く声をかけてきた。
「あ、はい。その今日こっちに来た、でいいんでしょうか。それでさっき着いたばかりなんですけど、どこに行けばいいのか悩んでしまって」
「なるほど、そうでしたか。ご安心ください。
私はこちらのゲーム運営に携わっているスタッフですから、普通に話してもらって大丈夫ですよ」
もしかしたら相手がAIかもしれないと思い、美代が困っていることに男性は気がついたようだ。
さらりと中の人がいます宣言をすると、美代を安心させるように笑顔を見せる。
「申し遅れましたが、私はこちらではタルタルと名乗っています。もちろん現実の名前は違いますけれど」
おどけるような調子で男性は、自分のことをタルタルと名乗った。
銀髪で優しそうな顔立ちをしているので、なんとなく落ち着いた雰囲気を感じる人だ。
彼は黒いスーツのようなものを装備しているため、ファンタジー風な服装の中では浮いて見えた。もしかしたらスタッフと分かりやすくするめに、あえて目立つ服装にしているのかもしれない。
「あ、私はアルファです。スタッフさんだったんですね。その、AIの方か分からなかったもので……」
「ああ! そうですよね。うちのAIはかなりリアルに調整されていますから、始めたばかりの方で分からないとおっしゃるお客様も多いんですよ。
一応簡単な判別方法があるんでお教えしときましょうか?」
「そんなの方法があるんですか! できれば教えていただけますか?」
美代はこれからもまた同じようなことがあっては困るからと聞いてみると、タルタルは自分の首を指さした。
指さされたそのあたりを美代はじっと見つめるが、特別そこに何かあるようにも見えない。
うーん、と首を傾げていると、タルタルが少し笑いながら謝った。
「すみません、私の首には何もついてなんです。すぐに言おうかと思ったのですが、アルファさんがあんまりにも真剣に見てくるもので、少し遅れてしまいました」
「えっ! はぁ……、そうなんですか」
この人、結構失礼なんじゃないかなと美代は内心思ったが、口には出さなかった。多少態度には現れてしまったかもしれないが、それぐらいは仕方がないだろう。
「失礼しました。とりあえず話を戻しますけど、AIのNPCキャラクターは首に白い首輪をつけているんですよ。赤い宝石が付いたやつなんですけどね。まぁ、ちゃんと見なくちゃ気づかないかもしれないですが、それを付けてない人がプレイヤーってことですね」
「そう言われてみれば、タブサさんもつけてたかも……?」
思い返してみればそうだったかもしれないが、タブサは首の半ばまで布のある服を着ていたので、美代は気が付かなかったようだ。
しかし、それよりも美代には気になることがあった。
「ところで、NPCのNってなんですか? PCはたぶんプレイヤーキャラクターの略称ですよね?」
「ああ、それはノンって意味ですよ。プレイヤーがいないキャラクターってことでノンプレイヤーキャラクターってことです。MMOでは割と一般的な略称なんですけど、聞いたことありませんか?」
「えーと、すみません……。こういったジャンルのゲームは今回が初めてでして、色々と物知らずなところがあるんです」
ノンプレイヤーキャラクター。言われてみればなるほど、と美代は納得した。
こういう言葉が一般的だとは知らないので少々恥ずかしかったが、ここで見栄を張っても仕方がない。
彼女は素直に自分は初心者で、知識もあまりないことを告白した。
「それはそれは! 初めてのMMOでうちのゲームを選んでもらえるなんて光栄ですね! どうもありがとうございます。
それならせっかくですし、初めたばかりの人におすすめのギルド内サービスを教えましょうか?」
「えーと、では、よろしくお願いします」
美代の当初の目的もギルドの様子を見ることだったので、これ幸いとタルタルの申し出を受けることにする。
なにより見るからに混雑しているギルド内で、そういった説明を聞くためだけに窓口の担当者を拘束するのもどうかと思ったからだ。
「はい! それではまずは基本的からいきましょうか。
冒険者ギルドとはプレイヤーの皆さんがクエストを受けに来る施設なんですね。
依頼は町の住民たちや商人たちから受け付けていまして、それを冒険者という役割の人々に仕事として斡旋している、ということになっています。
プレイヤーの皆さんは星の旅人と呼ばれていますが、旅人は冒険者の役割を最初から持っているので、冒険者ギルドで仕事を受けることができます。
数々の依頼がありますが、最も多いのはやはり戦闘系ですね。それから採集系、お使い系、雑用系の順に数が少なくなりますよ。
アルファさんは、VRゲーム自体の経験は?」
次々に説明をしていたタルタルだったが、依頼の種類を説明している途中で美代に質問をしてきた。
「いえ、VR自体も初めてです」
「そうですか。それならやっぱり最初は戦闘訓練の講習を受けた方がいいかもしれませんね。
VRゲームの戦闘は自分の身体を動かすような感覚ですが、この身体は現実の身体とはまた違った動きの感触ですから、慣れないうちは戦闘が難しく感じるかもしれません」
「なるほど。その講習はいつでも受けられるんでしょうか?」
このゲーム内の身体は凶暴な生物との戦いを想定しているものだ。そのため現実の身体よりもだいぶスペック自体が高めに設定されている。機敏な動きや強い腕力など、使い慣れなければ難しいのかもしれない。
タルタルに指摘されて、美代は自分の身体に視線を落とした。
なるほど言われてみればたしかにその通りだ、と彼女は納得してタルタルに説明の続きを促した。
「ええ、そこは安心してください。正面に並んでいる窓口の14番がそういった講習の窓口になっていますよ。窓口の担当者に戦闘訓練を受けたいと伝えてもらえれば手続きしてくれるでしょう」
その14番窓口に美代が視線を向けると、そこは混んでいるギルド内では一際並んでいる人が少ないようだった。
「サービスが開始してから三ヶ月ほど経っていますからね。
始めたばかりのプレイヤーも少なくなってきていますから、今はあの窓口を利用する人はだいぶ少なくなっているんですよ。講習を受けずに依頼を始めるプレイヤーも少なくないですから」
窓口を見ながらタルタルは少し寂しそうに言葉を漏らしたが、最後には笑みを浮かべる。
「まぁそれでもプレイヤーの皆さんが楽しんでくれるのが一番ですけどね」
「そういうものなんですね」
作り手には作り手として、色々と考えることもあるんだろうな、と美代はタルタルのその笑みを見て思った。
「他には12番のショップでは、HP回復用のアイテムや状態異常を解消するためのアイテムなどが売っています。もちろんそれ以外にも役に立つアイテムも取り扱っていますよ。
依頼の受け方などは戦闘訓練の講習で併せて説明してくれるはずなので、ここでは省きましょうか」
さらさらっと軽めに説明を終わらせたタルタルは、何か質問は?と美代に投げかける。
「いいえ、とても分かりやすい説明でした。ありがとうございます。それならひとまず講習を受けようと思います」
「そうですか! それは説明した甲斐がありますね」
嬉しそうに笑顔を見せるタルタルの様子に、美代も同じように気持ちが上向きになる。
「時間が合わないときもあるでしょうが、私は基本的にギルド内にいますから何か困った際には声をかけてくださいね。こうして会ったのも何かの縁ですから、サービスしますよ?」
悪戯っぽい言い回しで格好をつけるタルタルは中々面白かった。
彼のそんな仕草は話している相手をリラックスさせるためにあえてやっているのかもしれない。
「はい、そのときはまたよろしくお願いします」
美代はタルタルに頭を下げて別れてから、14番の窓口に並んでいる列の最後尾についた。