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趣味探しでVRMMO始めました  作者: たぬきちのしっぽ
第一章:VRMMO始めてみました
28/30

027

 予定通り、雑貨屋でペイントボムを購入した美代だったが、ストレージの中にはラットリネットリも入っていた。

 グルンガルトの家に行くなら必要になるから、と買わされたので無駄になることはないと信じたいところだが……。


「っと、ここかな」


 買い物を済ませた美代が向かったのは、そのくだんのグルンガルトの家だ。

 レビットに教えてもらった通りに進んだ先にあったその家の外見は一言、ボロ家である。

 周囲の家と比べて、壁は剥げ落ち、ツタが絡まり放題。ひびもそこら中に入っており、現実であれば耐震レベルに不安しか感じないくらいだった。


「ここ……にグルンガルトさんがいるんだよね」


 間違えたかと少々不安に感じながらも美代はその家の戸を叩く。


「ごめんくださーい。雑貨屋のレビットさんから紹介を受けて参りました。アルファと申します。グルンガルトさんはご在宅でしょうか?」

「あぁー? ちょいと待ちなされ。すぐに出るでな」


 美代が戸を叩いてから数秒ほど待つと、中からしわがれた声で返答があった。

 声の感じからそれなりに歳のいった男性のようだ。

 しばらくすると、ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえた。


「レビットの紹介だと聞いたが、儂に何用かな」


 中から出てきたのは、狼耳の獣人族。声の通り歳のいった男性で、七十代半ばといったところか。

 しかし、その歳の見た目に似合わず鋭い目線としっかりとした身のこなしをしている様子から只者ではなさそうだ。


「あ、はい。レビットさんからお手紙を預かっていますので、そちらをご確認いただけますか?」

「ふむ……」


 美代はストレージから【レビットの手紙】というアイテムを取り出してグルンガルトに手渡す。

 彼はそれをその場ですぐに開いて内容を一瞥すると、手紙から視線を外して美代を観察するかのように上から下までゆっくりと眺めた。


「ええと、あの……?」


 割と不躾な視線に美代が居心地悪そうに身を捩ると、グルンガルトは何やら得心したように何度か頷いた。


「なるほどのぉ。お嬢さん、名はアルファさんと言ったかな?」

「え、あ、はい」

「お嬢さんは狩人成り立てということだが、間違いはないかな?」

「はい、まだ三日くらいです」

「ふむふむ。それならば確かに必要かもしれんな。ならば、ちょいと家に寄っていきなされ」


 美代の受け答えにグルンガルトはまた何度か頷いて、それから美代を家の中に誘う。


「え? あの……。はい、それではお邪魔させていただきます」


 一人暮らしの、それも初対面の男性の家に上がるというのは年頃の女性として危機感があるものの、相手はゲームのNPC。

 その上、このゲームは未成年もプレイすることができるので性的なハラスメント行為などは特に厳しく取り締まられている。

 なによりもこれがクエストとしてゲーム的に設定されていることからも、そういった意味での危険はないだろうと美代は考えたため、グルンガルトの招待を受けることにした。


「失礼いたします」

「あー、どうぞどうぞ」


 礼儀として一言告げてから家に上がる美代に、グルンガルトは一瞬驚いたような顔を見せた。それから先ほどよりも軟化した雰囲気で彼女を家の中に誘った。

 

◇◇◇


 グルンガルト宅の居間に通された美代は、家主に進められた通りに椅子に座っている。

 木製のテーブルとセットの品らしいが、こちらも家と同じようにかなりの年月使っていたようだ。


「なんだか昔会った祖父と祖母の家を思い出すわ」


 ここほどではないが、もう亡くなってからだいぶ経つ美代の祖父母の家も相当古かった覚えがある。

 少し懐かしい雰囲気を思い出しながら、美代は家の中をきょろきょろと見回した。


「ふむ、お嬢さんの祖父母どのたちかね。まぁ、儂も似たような年代だろうからのぉ」


 美代の独り言が聞こえていたのか、先ほどまで奥に行っていた家主グルンガルトがお茶をお盆に乗せて戻ってきた。


「あ、聞こえていたんですか……。お恥ずかしい」

「いやいや、気にせんでいいよ。それとお茶だが、口に合えばいいんだがね」


 若い人は甘い物の方がよかったかな、と彼は笑いながら美代の前にお茶を置く。

 見た目と香りからして煎茶によく似ていた。


「あ、いえ。お気になさらないでください。お茶も好きですので」


 煎茶は一人暮らしをしてからはあまり飲んでいなかったな、と美代は懐かしそうに笑みを浮かべつつお茶を口に含む。

 独特な苦味とほのかな甘みに、美代はほうっと息をはいた。


「ふむ、それでな。あまりアルファさんにも時間はないだろうから、早速本題なのだが」


 お茶に喜ぶ美代の姿を、まるで孫を見るような優しい目で眺めていたグルンガルトが話を切り出す。

 話題の転換に、美代も背筋を伸ばして、しっかりと聞く姿勢を作った。


「狩人たる者、罠の扱いの一つもできなければな。というわけで、ここは一つ罠の訓練をしてみないかね?」

「罠の、訓練ですか?」

「そうじゃ。それをこなし、最後に与える試練を見事乗り越えることができたならば、アルファさんはまた一歩、一人前の狩人に近づくことができるだろう」


 鋭い目つきでそう告げてから、美代を見据えてグルンガルトは無言で答えを待つ。周りは先ほどまでの穏やかな雰囲気は消え去り、重たい空気が満ちている。

 美代はごくりと唾を飲み込むと、一度呼吸を整えてから彼の問いに答を返した。


「その訓練、受けさせていただきます」

「……よろしい。覚悟はあるようだな。それならば訓練を始めるとしようかの」

「ご指導の程、よろしくお願いいたします」


 グルンガルトが承諾したところで、美代は改めて頭を下げた。


「うむ。教えるからには厳しくするからな。しっかりとついてくるように」


 彼は鋭い気配はそのままに、好々爺のような笑みを浮かべた。


「では、時間も惜しいでな。ついてきなされ」


 グルンガルトは立ち上がると、美代にそう言って家の奥に向かう。美代は慌ててお茶を飲み干すと、彼の後ろを追った。


「狩人は機を見て、逃さずに獲物を狩るものじゃ。しかし、その機を待つか、自身で呼び込むかはまた別でな。

 ただ待っているだけでは一流の狩人にはなれん。機を自身の物にすることこそ、狩人の腕の見せどころ、といったところだな」


 そう教えを説きながら、グルンガルトが美代を案内したのは家の裏手。裏口を開いたそこには雑草の生い茂った庭があった。


「さて、訓練はここで行う。あくまで行うのは訓練であるからな。

 アルファさんにまず学んでもらうのは、もちろん罠の扱い方じゃ。道具は持っておるかね?」

「ラットリネットリならありますが……」

「うむ、それで良い。あとの物は儂が渡すでな。ひとまずラットリネットリを出しなされ」


 美代は言われるままに購入したばかりのラットリネットリを取り出す。封から出すと、それはやはり粘着性の強いネットのようだったが、ネットの端には六つの固定具がついている。


「ほれ、あとはこれじゃ」


 ラットリネットリを美代が観察している間にグルンガルトは別の素材を用意してらしい。扉の横にあった古びた棚から、黄色い液体の入った瓶を取り出して美代に渡した。


「これはな、【雷撃エキス】といったアイテムだ。錬金術で作れるが、自分で作れなければ買えばよい」


 グルンガルトは雷撃エキスの説明をしながら、自身も美代が持っている物と同じ素材を用意する。


「これから作るのはエレクトロネットというトラップだ。作る際にはそれなりに危険のある物でな、決して気を抜いてはならんぞ」

「はいっ」


 危険物を触るときによそ見はいけない。そのあたりは基本的なことだ。

 美代はしっかり気合を入れると、グルンガルトの言葉を聞き逃すまいと集中する。


「しかしその前に……。ほいっと」


 グルンガルトが美代に片方の手のひらを向けると、そこから何か緑の光が出てきて美代を包んだ。


「えっ、なんですか、これ」

「罠を扱うには資格がいるのでな。仮の資格としてお嬢さんにも与えておいた。あくまで仮なので、ずっと使えるわけではないがの」


 グルンガルトの説明に、美代はもしかしたら【罠作成】のスキルが一時的に入ったのかも、と予想をつけた。


「それでは始める。まずはネットの端にある金属具を持て。一つでよいのでな」


 すぐに始まった訓練に、美代は彼がやっているのと同じように、ラットリネットリの固定具を持つ。

 もしかしたら持ち方一つとっても重要なのかもしれないと思って、美代はしっかりと彼の動きを観察していた。


「それから雷撃エキスの瓶を三度振り、それから蓋を片手で開けて素早くネットに振りかける!」


 グルンガルトは説明をしてから、素早くそれを行う。その動作に淀みはなく、流れるような熟練さを感じさせる。


「っ、はい!」


 美代も同じように、それをやってみたものの、彼とは違って動きが少々ぎこちない。

 振り方も三回それぞれが大きく振ったり、小さくふったりとばらばらで、蓋を開けるにも片手で開くのに手間取り、エキスを振りかけるときには自分にも多少かかってしまう様子だった。


「まぁ、初めてはそんなものじゃな」


 そんな姿に呆れた様子もなく、グルンガルトは小さく頷くと、そのまま訓練を続ける。


「今ので基本的な準備はできた。しかしこの時点でも罠の効果に差が出ているのは分かるかの」


 グルンガルトの言葉に美代は驚いたように目を開くと、自分の作った物と彼の作ったものをそれぞれ見比べる。

 一見して違いはないように思ったが、グルンガルトはそれを見越していた。


「アルファさんが作った罠は、ただのエレクトロネットではないかね?」

「ええっと、はい。そうみたいです」


 美代が自分で持っている罠を確認すると、それはエレクトロネットとだけしか表示されていなかった。


「儂の作った罠はエレクトロネットLv5。瓶の振り方一つとっても作った物の品質に影響するということじゃな」

「なるほど……。丁寧な作業が必要ということは、木工ともあまり変わらないんですね」


 美代は生産物の奥深さを改めて認識して感心した。


「とはいえ、戦いの中で作る場合もあるでな。悠長に作って良い物でもない。

 そこで最初の訓練じゃが、エレクトロネットLv2を十五秒以内で作れるようになりなされ」


 グルンガルトの設定した目標に、美代はしっかりと頷いた。

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