026
図書室で調べ物を終えた美代は、そのまま冒険者ギルドからも出た。
そのまま彼女が向かったのは大通りの雑貨屋に向かう。目的はもちろんペイントボムを買うためだ。
「他にも何か良いのがあるかもしれないし」
前も通りがかりに店先を覗くぐらいしかしていなかったので、今回は買い物と併せてじっくり見てみるつもりだった。
なにせ美代はまだデスペナルティのステータス減少が回復していないので、外に行こうにもいけない。
生産作業をしてもいいのだが、先に護身用のアイテムを揃えるべきだろうと考えたのだ。
「錬金術師のレベルも上げたいけど、先に準備しとかないとね」
大通りの人混みを抜けてペイントボムを売っていた店に入る。その店内は外と比べるとだいぶ人が少なかった。
「へぇー、なんだかおもちゃ屋さんみたい」
雑貨屋の品揃えはよく分からない物が多かった。
なにせ【ぐずぐずチリンチャネル】やら【ドルマゲドンチョンマゲ】など、名前から用途の想像がつかない物ばかりだ。
「防具の分類じゃないからアイテムみたいだけど……」
気にはなるので、あとで店主にでも聞いてみようと美代は思った。
「とりあえずまずはペイントボムね。えーと、前は店先の見えるところに並んでたんだけど、場所が変わったのかな」
前に見かけたあたりの棚を見てみるが、今はそこには【ラットリネットリ】と封に絵と文字で書かれたアイテムが並んでいた。
「これもなにかに使えそうだけどね。パッケージの絵を見る限りねばねばした網みた
いだし」
きっと罠などの用途に使うのだろうと、美代は考えたものの、それを見るのは後回し。まずは目的の物を探すべきだろう。
(なにか面白そうなものばかりで目移りしちゃうよね)
いけない、いけないと自制をしつつ、美代はあたりの棚を覗き始めた。
少し店の奥に進んだところで、目的のペイントボムを発見した美代は、値段を確認すると目を大きく見開いた。
「えっ、結構高い……」
値札に書かれていたのは、ペイントボム一つ200トールの文字。
200トールという価格は、初心者には少し高めの値段設定だ。
「うーん……、仕方ないのかなぁ。とりあえず二個だけ買って、いざというときに使うとか……?」
美代は自分が結構貧乏性だと自覚している。
昔、ちょっと高めのアクセサリーを買ったはいいものの、勿体なくてなかなか使わなかったことがあった。
傷がついたらどうしよう、とか、まだ使う時ではないかもしれない、とか考えてしまったのだ。
ペイントボムも買ったとしても同じようなことになるかもしれない。
美代自身は知らないが、とあるゲームで手に入るエリ○サーというアイテムを、勿体なくて結局最後まで使わないプレイヤーと同じような思考だった。
「ええいっ、でもいざという時に持っていないと、使うも使わないもないものね!」
悩んだ末に美代はペイントボむを二つ手に取ると、目の前に現れたウインドウの『購入予定ストレージに入れますか?』というメッセージに『はい』と返した。
「よしっ! 他のアイテムも見てみようっ」
現状では、高い買い物に美代はテンションが少々おかしくなったが、このまま買い物を続行するらしい。
彼女は先ほど気になったラットリネットリを見に行く。
「これってやっぱり罠作成用のアイテムだよね」
パッケージを手に取って、描いてある絵をよく見てみる。
雷マークやら炎マークやらが網の絵と一緒に描かれていて、爆発のようなエフェクトもあった。
「聞いていようかな」
美代がそう呟いた瞬間、目の前にメッセージウインドウが表示された。
『雑貨屋のアイテム説明を表示しますか? はい いいえ』とメッセージが書かれている。
「え、説明が出てくるの? でもこんな表示初めてなんだけど」
町の外でアイテムを手に入れるときなどは、説明ウインドウなどは出てきたことがなかったので美代は不思議に思う。
少し考えてみて、もしかしたら店の中で『説明が必要』というようなことを言ったことが理由かもしれないと考えつく。
「たしかに店主さんは一人だろうし、他の人がアイテム説明を聞いていてってこともあったら大変だものね」
そう考えてみると、当然といえば当然の機能なのかもしれない、と美代は合理的だなと納得した。
そうして、美代は早速ラットリネットリのアイテム説明を開く。
「えーと、用途:罠アイテム、強力な粘着力で踏んだモンスターをしばらく足止めできる。
へぇ~、すごいアイテムなんだ。えっと、【罠作成】スキルで他アイテムと合成できて、合成するアイテムによってフレイムネット、サンダーネットなどにすることも可能ね。【罠作成】スキルってたしか狩人のスキルにあったっけ」
美代は狩人の取得可能スキルを開く。すると覚えていたとおり、【罠作成】が一覧に書いてあった。
前にレベルアップした際のスキルポイントは、【狙撃集中】の取得に使用したので残っていない。
「死んじゃったせいで貯めてた経験値もだいぶ減っちゃってるし、レベルアップは遠そうだなぁ」
「嬢ちゃん、狩人だろう? どうしたんだい」
美代がラットリネットリを片手に持ちながら、溜息をついていると不意に背後から声をかけられた。
今日はよく後ろから声をかけられる日だな、と美代は内心で驚きながら振り向く。
そこには恰幅の良い、人の好さそうな顔の女性が立っていた。
見た目の年齢は大体、四十代中頃といったところだろうが、他人をいきなりおばさんと呼ぶには憚られる。
美代自身、自分が同年齢ぐらいになったときにいきなりそう言われたら傷つく自信があった。
「はい、そうですが……。その貴女はもしかして店主さんでしょうか?」
「ああ、そうだよ。いやね、なんだか悩んでいたみたいだから、ちょっと声をかけたのさ。
ウチの店の商品で、何かあったら大変だろう? それでちょっと気になったのさね」
どうにも美代が困っていた様子に気が付いて、声をかけてくれたらしい。
美代は気が付いていなかったが、うんうんと唸っては、溜息をついている姿は意外と目立っていた。
「あたしはレビット。この雑貨屋で商いをやってるのさ。それで、嬢ちゃん。なにを悩んでいたんだい?」
「あ、私はアルファと言います。実は、悩んでいたわけではないのですが……。
その、【罠作成】のスキルを取得したかったんです。でも、スキルポイントが余っていないので、しばらく取得はできないと残念に思ってただけなんです」
せっかく声をかけて頂いたのにすみません、と美代が頭を下げると、レビットは大声で笑った。
「なんだい、そんなことかい! それなら良い人を紹介してあげるよ。ちょっとお待ちな」
「え、あの?」
彼女は狼狽えている美代を放って、店の奥に行ってしまう。
そうしてすぐに、なにがなにやらと美代が動揺しているうちに戻ってきて、手紙のようなものを差し出した。
「これ持って広場の東通路に入った先にあるグルンガルトの家に行ってみな。悪いようにはならないはずさ」
「あ、はい。ありがとうございます?」
レビットの勢いに押されて、美代は手紙を受け取る。
すると、メッセージウインドウが現れて、『サブクエスト:狩人の試練Ⅰ』と表示された。
(サブクエスト? なにそれ)
美代が不思議に思って首を傾げていると、レビットが美代の片手のアイテムを見ながら口を開いた。
「まっ、行く前にまずはお会計だね。それも買っていくかい?」
商売人らしい笑顔を浮かべて、レビットは購入を進めてきた。




