023
放たれた矢は、真っ直ぐに狼に向かって飛ぶ。それは狼が横を向いた瞬間に胴体に命中した。
「やった!」
美代は矢の命中に歓声をあげるが、フォレストドッグは突然の一撃に対して冷静だった。
警戒していたこともあり、周囲に敵がいることは分かっていたからだろう。
身体に命中した矢に一瞬動きを止めたものの、すぐさま美代を視認すると猛然と彼女に襲いかかる。
その速度はとても速い。全力疾走した美代の速度と同じくらいだ。
『グルッ!』
「うぇっ!? 速すぎないっ!!?」
フォレストドッグにとっては、18m程度などすぐに詰められる距離だ。
美代は慌てて弓で二射目を放つが、狙いもタイミングもすべてばらばらなそれが当たるわけもない。
矢はフォレストドッグの横を通り抜けていく。見事なまでに無駄な一射だ。
「ええっと! わわわわわっ」
猛スピードで自分に向かってくるフォレストドッグ。それに焦った美代は、仕掛け弓背中に戻し、仕掛けを発動させて折りたたむ。
それから腰のナイフを取り出そうとするも、焦りが強くなってしまい、思うように鞘の留め具が外せない。
「このっ」
力任せにナイフを引き出して、構えたときには敵はもう目の前にいた。
『ガァウッ!!』
フォレストドッグは美代の見せた隙を逃すまいと跳びかかる。
大型犬ほどの大きさのフォレストドッグが跳びかかってくる姿の威圧感はとんでもない。
「ひっ!」
思わず悲鳴を漏らす美代。身体が一瞬硬直する。
その一瞬でフォレストドッグは美代にその牙を剥く。
「いったいっ」
バチンッという強烈な静電気音と同時にダメージエフェクトが飛び散る。
これまで受けたダメージの中でも最大だ。それだけフォレストドッグの攻撃力が高いということだろう。
「っん、この!」
衝撃に耐えきれずに地面に倒れ込んだ美代だったが、顔を顰めつつも態勢を立て直す。
フォレストドッグも地面に着地をして、彼女の方に振り返っていた。
「来るならきなさい!」
じりじりと互いの間合いを計り合う一人と一匹。
美代は緊張で冷や汗をかいていた。
『ガウッガウ、ガウ!!』
俊敏に左右に場所を入れ替えながら、フォレストドッグは噛みつこうと美代を吠え立てる。
それに対応して、美代もナイフを素早くフォレストドッグに向けて振るう。
互いに譲らず、睨み合いの均衡が続く。
『グルルルゥ』
それを崩したのはフォレストドッグだ。
一足で後方へと距離を取ると、美代の周りをゆっくりと回り始めた。
「なにを……?」
いつフォレストドッグが跳びかかってきてもいいように、美代は視線を外さない。
一挙手一投足に注意を払っていた。そう、払っていたはずなのに。
しかし、
「え……っ!!」
次の瞬間、フォレストドッグの姿が消えた。
超スピードで動き出したなどといこともなく、なんの前触れもなく消えたのだ。
「そんなっ! どこに―――――ぐぅっ!!?」
焦って周囲を見回していると、背後から衝撃を受ける。
驚愕しながらも背後に目をやると、赤いダメージエフェクトが発生していた。
そして前に倒れ込みそうになっている自分の横をフォレストドッグが通り過ぎる。
(なんで!? どうやったの!?)
混乱する頭では冷静な判断ができない。そのまま美代は、地面に前のめりに倒れ込む。
「痛!」
美代は倒れた衝撃で、一瞬息が詰まった。そして倒れた彼女の目の前に影が落ちる。
「え……」
顔を上げると、目の前にフォレストドッグが悠然と佇んでいた。
(あ、これダメなやつだ)
美代がそう悟った瞬間、フォレストドッグが右前足を振り上げる。
『グルァァァッ!』
「…………っ!」
咆哮をあげながらその足を美代へと振り下ろす。思わず目を強く閉じた美代を無慈悲な衝撃が襲った。
『ウォォォォン』
勝利の遠吠えをあげるフォレストドッグの前には美代の姿はなく、白い粒子だけが空へと消えていった。




