022
それから美代は森の中を歩き続けた。
彼女がいる森は、ビギンタリアの前に広がる平原を越えた先にある。
町にいる人々の話では、平原と同じくあまり強いモンスターがいないらしく、どうやら初心者用の森といった扱いのようだ。
「狩人といえば森って思ってきたけど……。平原と違って視界が悪いから、どこからモンスターが襲ってくるか分からなくて怖いんだよね」
鬱蒼とした森だが、密林というわけではなく、どちらかというと日本の森林といった雰囲気だ。
しかし、木々が多いうえに背の高い植物も多いため、美代が言うように視界はあまり良くない。
「猫耳のおかげで音は良く聞こえるし、獣人族だからかなぁ? 感覚がやっぱり敏感にはなってるんだよね」
頭の上の猫耳をぴこぴこ振るわせながら、美代は辺りを警戒しつつ歩く。
森の中では獣人族の感覚はとても便利だった。
そうやって歩いていると、ときどき妙に気になる草があるのに美代は気が付いていた。そしてそれをよく観察してみると、頭の中に植物の名前が出てくるのだ。
「あっ、また薬草があるっ。えーと、ヒーラル草。へぇ~、とりあえず持って帰って、何に使えるか調べてみよう」
美代は見つけた薬草をアイテム化すると、ストレージにしまう。
彼女のストレージ内には、他にもいくつかの採取した薬草が収納されていた。
「それにしても、錬金術師のスキルって結構便利なんだなぁ」
しみじみと呟く美代だったが、そもそも彼女が薬草を発見できているのはもう一つのサブジョブである、錬金術師のスキルのおかげだ。
森に入ってから気が付いたのだが、錬金術師は基本スキルとして薬草採取を持っている。
このスキルは、森林や沼地などで特定の薬草を見つけやすくするスキルらしい。
「弓の試しだけって思ってたけど、お土産もいっぱい出来ちゃった」
思わぬ収穫にウキウキと気分がよくなる美代。
そのとき、草の向こうから何かの気配を感じた。距離は体感だが、おおよそ15mほどしか離れていない。
(やばっ)
美代としては、ほんの少し気を抜いていただけだったのが、どうやらかなり近くまで何かの接近をゆるしてしまっていたらしい。
(とりあえず静かに……)
美代は息を殺して様子を窺う。
すると草をかき分けて表われたのは、茶色の大きな犬だった。
(何だろう? えーと……、フォレストドッグ? なんか名前が黄色く表示されてる? 今までのは白ばっかりだったのに)
フォレストドッグは、鼻を振るわせながら辺りをかぎ回っている。
口から鋭い犬歯が覗いてるのがよく分かった。
さすがに鼻が利くらしく、どうやら美代が近くにいることには気が付いているようだ。
(すっごい強そうな見た目、兎と違って怖いし……。どうしよう……)
獰猛そうな見た目は、美代にゴブリンとの戦いを思い出させた。
しかも、表示されている名前が黄色というのがどうにも引っかかる。黄色や赤といえば危険色としても有名どころだ。
もしかしたらあのフォレストドッグはかなりの強敵なのかもしれないと美代は考えていた。
(とりあえず落ち着いて……。呼吸を整えないと)
無意識に浅くて早い呼吸になっていた自分に気が付いた美代は、まずは落ち着くことを言い聞かせた。
そして意識して呼吸を整えたところで、静かに背中の弓を手に取る。
そのままなるべく静かに弓の仕掛けを展開して構えた。
(距離は18m、くらい? たぶん。さっきよりもちょっとだけ離れたってことは、もしかしてまだどこにいるかは分かってないのかな)
フォレストドッグはしきりに辺りを探ってはいるが、美代の姿を見つけられてはいないようだ。
低い唸り声を漏らしながら、鋭く恐ろしい目つきで周囲を警戒している。
(とりあえずまずは一撃。隠れててもたぶん、もうすぐ見つかるだろうから。それなら少しでも有利に進めたいな)
矢筒に手をやり、矢を一本取る。そのままつがえてフォレストドッグに狙いを定めた。
(風向きは良しっ。ふー……、いくよっ!)
美代は覚悟を決めると、草の影から矢を放った。




