021
(前に一匹……、角つきの兎?)
周囲は静謐。微かな葉擦れの音が聞こえるだけだ。
そこを一匹の紫色の兎が鼻をひくつかせながら跳び歩いている。
普通の兎と違うのは一目瞭然で、額に鋭く長い角が生えていた。
兎は警戒も薄く、キョロキョロと食べ物を探しているようだ。
(よし……、集中)
兎から20m離れた木の上。そこに美代はいた。
なるべく動かず、呼吸も小さく抑える。
そのままゆっくりと矢筒から矢を一本取り出し、弓につがえた。
(弓を使用するときのアシスト機能と使用方法の解説に感謝しなきゃ)
弓など扱ったことのない美代だったが、システムアシストで基本の使い方からサポートしてくれるために、なんとか使えるようになりそうだった。
持ち手をしっかりと握り込み、力強く弦を引く。腕の筋肉が張り、弓がきりきりと微かな音を立てた。
(一、二、三、…………今っ)
兎が動きを止めて、辺りの地面を探り始めた瞬間を美代は狙う。
「集中狙撃」
音になるかならないかの微妙な声量で、スキル名を呟く。
鏃に薄い緑の光が集まった瞬間には、すでに矢は放たれていた。
ヒュンッという軽い風切り音を残して、空を切り裂く一本の矢。
それは寸分違わず、兎の胴体に突き刺さる。
「ビギャッ」
突然の攻撃に矢が命中した兎が驚愕を含んだ鳴き声をあげた。
慌ててその場から飛び跳ねて逃げ出すが、5mも進まないうちに動きが鈍り、やがて動きを止める。
そのまま横倒しになるようによたよたと倒れ込んだあと、身体がデータに分解されて消え去った。
「はぁ、―――――ふぅ……」
その様子を遠くから確認した美代は、大きく息を吐き出した。
初めての弓でのハントに随分と緊張していたらしい。一本だけ矢を射っただけなのに、美代は疲労を感じていた。
相手がスライムのような如何にもモンスターという外見で無かったことも大きいだろう。
普通に都会で生活している会社員で、動物を狩ることをしたことがある人は少ないはずだ。
いくらゲームでも、VRゲーム、それも最先端の技術で作られたものではリアルさが違う。
敵の動きもリアルなため、矢が当たった後の兎の動きに、美代は正直なところショックを受けていた。
「はぁ。これ、慣れるかなぁ……」
木から降りて、角兎が消えた場所に行くと、動物の皮らしきものと加工されたようなお肉、それから銅メダルが落ちていた。
それらが角兎のドロップアイテムなのだろう。
「ラビットホーンがモンスター名なのはいいけど……。兎の角って、それって逆じゃないの?」
拾ったアイテムの動物の皮は、角つき兎の皮となっている。
それに対して、美代は思わず突っ込まずにはいられなかった。
「それにしても、今の一撃ってクリティカルヒットだったのね」
戦闘中にログが残るということについさっき気が付いた美代は、それを眺めながら呟く。
そこには、『ラビットホーンにクリティカルヒットダメージ!』のシステムメッセージが残されいている。
どうやら美代の初めての一射は、角兎の弱点にクリティカルヒットしていたらしい。
そのおかげで相手を一撃で倒せたようだ。
「クリティカルヒットで一撃だと、通常は二射か三射。下手すると四射くらいかな」
弱点へのクリティカルダメージは、通常の攻撃と比べてかなりのダメージを弾き出す。
そこから考えると、角兎を通常倒すのに必要な矢の量の予測はそのくらいだと、美代は目算を立てた。
「一射当てて、その後に二射目がいけたとしても三射目はさすがに無理だね……。二射目が当たらなくても近接に切り替えるか、離れながら矢で攻撃するかになるのかなぁ」
サブウェポンである、腰のナイフに手を当てながら美代は考える。
アルケディオやレティとパーティを組んでいたときのように、仲間がいるならばまた別だろうが、一人で戦うことにも慣れなければいけない。
「うーん……、これは何度か練習かなぁ。幸いにも矢はまだあるし」
矢筒を確認すると、矢はまだ十八本残っている。最初に練習用に一射、今の角兎に一射を使ったからだ。
「とりあえず、動物の見た目してる相手にも慣れるように頑張らないと」
角兎を倒したときのことを思い出して、少し気落ちしたが、なんとか頑張ろうと美代は気合いを入れる。
美代にとって良かったのは、プレリュードでは血や内蔵などが表現されていないことだろう。
一応13歳以上推奨の未成年がプレイ可能なゲームだけあり、そのあたりは規正が厳しいらしい。
これが18歳以上のみプレイ可能なグロテスク表現ありのゲームであったなら、美代は今の戦闘でリタイアしていたかもしれない。
「よいしょっと。さてー、次に行きましょうか」
美代はまた次の相手を探して、森の中を探索し始めた。




