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ログアウトして休憩をはさんだ美代は、それから再びゲームにログインした。
目的は弓関係の装備品を探すためだ。
そこで、彼女はまずプレイヤーの露店を見て回ることにした。
露店を見るなら町の広場が一番ということは情報サイトに載っていたので知っている。
そして、町の広場では確かに多くのプレイヤーが露店を開いていた。
なぜ露店が多いかと言うと、それは単純な理由だ。
プレイヤーは、一定以上のお金を用意すると店を構えることもできるらしい。だが、最初の町であるビギンタリアで店を持つ人は少ない。
初心者が多く、店を持ったところで大した儲けも出ないのは分かりきっている。そのため、ビギンタリアでは必然的にプレイヤーが物を物を売る場合は、露店の方が多くなるというわけだ。
そのうちのいくつかの露店を眺めていた美代だが、なかなか弓関係の装備類を売っている人はいなかった。
やはり『前衛で格好良く立ち回りたい』、『魔術を使って派手に活躍したい』という意見が根強いらしい。比較的に地味な弓というのは最初はあまり人気がでないようだ。
「うーん……、素直に防具屋に行くべきなのかなぁ」
折角自作した弓なので、防具もなるべくプレイヤーメイドの物が良いと美代は考えていた。しかし、ここまで見かけないとなると防具屋で用意した方がいいのかもしれない。
アームガードもチェストガードも革職人や鍛冶師の生産物のため、木工師の美代には作れないのだ。
弓矢ならば、木工師の美代でも製作可能な物だったが、さすがに再び製作作業に入るには美代も少し疲れていたので、試し撃ち分くらいは買取で済ませたいと思っていた。
「お、ちょっとそこのおねーさんっ! もしかして、弓の装備探してる?」
キョロキョロと露店をのぞき見ながら歩き回っていた美代が、弓を背負っているのに気付いたプレイヤーが一人、彼女に声をかけた。
「え? 私ですか?」
「そそっ、あなた! 猫耳獣人族のおねーさんだよ!」
美代が声の相手を見ると、そこには露店を開いて座り込んでいる女性が一人。黒い犬耳の獣人族だ。
歳は見たところ、十代半ばくらいだろうか。女性、というよりも女の子と言った方が良さそうな印象だった。
「おねーさん。弓装備してるのに、それ以外の装備を持ってないところを見るに、装備探してるんじゃないかなーって思ったんだけど、違う?」
「えーと、そうですけど、もしかして売ってます?」
犬耳の女の子は、テンション高くウインクを決める。
「フッフッフッ。実は売れないから露店に出してないだけで、持ってるんですよ-! 良ければ見せるけど、どうする?」
肩を大げさにすくめながら、格好を付ける女の子の姿は、どうにも芝居がかって見える。
しかし、あえてそういう仕草をしているようで、なかなか様になっていた。
「あるんですか? それなら是非見せて頂きたいのですが」
「いいよ、いいよー! あっと、そうそう。商売はまず信用からってことで自己紹介っ。
アタシはエミリー! 獣人商人のエミリーだよ。よろしくね-!」
「エミリーさんですか。私はアルファと言います。こちらこそよろしくお願いします」
エミリーと名乗った少女は元気に満ちあふれていた。
それから美代に予算を聞いてきた。それに併せた装備を見せてくれるらしい。
「えーと、700トールまでなら出せます。それ以上はちょっと金欠になり過ぎちゃうので……」
木工作業や必要素材の買取などで出費が多かった美代は、弓製作前にもらったクエスト報酬の残りも含めて答える。さすがにそれ以上の出費は現状だとかなり痛かった。
「700ね! ちょっと待っててね~」
美代にとっては700トールは大金だったが、装備を揃えるとなると正直かなり心許ない金額だ。
だが、エミリーはそんな美代の返答に嫌な顔一つせずに気軽にメニューのアイテム欄をいじっていた。
◇◇◇
(うーん、見たところの装備と弓のクオリティからして初心者さんだねー)
700トールの範囲内という注文を受けたエミリーは、目の前の美代を装備や動作などから観察していた。
実はエミリーは、ビギンタリアにいるが初心者ではない。
単にこの町が好きなので、たまにふらっと訪れては軽く露店を出しつつ、周りの景色を見るのが好きなのだ。
そこに初心者にしては珍しく、弓を装備したプレイヤーがいたので声をかけてみた。
このゲームでは、序盤では確かに弓の人気はあまりない。
しかし弓は、後半になってくると矢の種類でメインのアタッカーやサポートまでできるようになってくるので、かなり強くなるのだ。
だが、序盤で前衛武器や魔術をメインにしていたプレイヤーが途中から弓を使おうとした場合、職業を変更する必要がある。レベルの上がりにくいこのゲームにおいて、レベルダウンのデメリットはとても大きい。
折角強くなったのに、また一からやり直したい人も少ないので、有用性は認められながらも弓の使い手はあまりいない。
そこに初心者で、弓使いを目指そうとしているプレイヤーを見かけたものだから、エミリーは思わず声をかけたというわけだ。
(弓は結構大変だけど、頑張って欲しいし、ちょっとぐらいおまけしちゃおっかな)
エミリーは、サブジョブの革職人のレベル上げをするために作った弓関係の装備類から、ほんの少しだけ値段より上の物をチョイスする。
さすがに強力すぎる装備を売るつもりはなかった。それは商人を自称する彼女の心情に反するし、なによりも売った相手の楽しみを無くしてしまうと思うからだ。
何度も負けても、そこから攻略方法を考えてクリアする、という楽しみもゲームの一つの醍醐味だとエミリーは考えている。
「よーし、これとこれとこれっ! 併せて750トールだけど、どうする?」
エミリーはチョイスした装備類を美代に笑顔で提示した。
◇◇◇
エミリーが見せてくれた装備は三種類。
革のアームガードLv3、丈夫な革のチェストガードLv2、兎革の矢筒Lv1だ。
予算より50トールオーバーしているが、それを除いて考えたとしても、とても良さそうに見える装備に、美代は目を瞬いた。
「これで750トールでいいんですか? その、とても良い物に見えるのですが……」
「おねーさんするどいねぇ……。実はね、」
近付くように美代に手招きをするエミリー。美代は疑問に思いながらも彼女に顔を寄せる。
「ぶっちゃけちゃうとね、弓の装備ってなかなか売れないんだよ-。だから、買ってくれる人がいるなら、ちょっと安くしてでも売っときたいんだよねー。ほら、ちょっとした在庫処分的な?」
美代の耳に顔を寄せて、こしょこしょと内緒話をするように声を潜めながらエミリーは話す。
その顔はいたずらっ子のような表情をしていた。
「売れないんですか? こんなに良い物なのに」
「そうなんだよー。だから、おねーさんに是非とも買ってもらいたいなーって」
美代もエミリーに釣られて、声を小さくしてお互いに会話をする。
傍目から見ると、顔を寄せ合ってなにやら話をしている二人はちょっと怪しい。
「50トール、予算ははみ出てますけど……。うーん、これだけ良い物が50トールオーバーで手に入るなら、買っといた方が良いのかもしれないですね」
「今ならモンスタードロップ品の木の弓矢Lv1も20本セットでつけちゃうよっ」
美代の心が買う方に傾いたのが、エミリーにもはっきり見てとれたので、ここぞとばかりに彼女はもう一押しをかけた。
「えっ。そんなにいいんですか! それなら是非買いますっ」
その一押しで、美代は力強く頷く。さすがにお買い得すぎるというか、サービスがすごいと美代は驚いていた。
「まいどあり~。それじゃ、売買成立だね!」
エミリーはにんまりと笑顔を見せると、ぐっと右手でサムズアップをした。
◇◇◇
「もしまた露店してたら、見に来てね~」
装備を購入して、それらをその場で装備した美代は、エミリーに礼を言って立ち上がった。
美代が露店を離れる際にエミリーは手をぶんぶんと振りながら、彼女を見送る。
(頑張って強くなってね!)
お辞儀をもう一度して去って行く美代の後ろ姿を眺めながら、エミリーは彼女がこのゲームを楽しんでくれることを願った。




