001
一瞬の浮遊感のあと、視界が暗転する。
奇妙な感覚に、これがメンタルダイブというものか、と美代は変なところに感心した。
それからすぐに暗転していた視界に光が見え始めて、次の瞬間には美代は宇宙に立っていた。
「すごい、こんな風に見えるんだ」
ほんとうにゲームとは思えないリアリティ。どこを見ても星の海だ。
「ようこそ、星の旅人様」
「えっ!」
きょろきょろと辺りを見回していた美代に、突然声がかけられた。
驚いて後ろを向くと、そこには白い服の金髪青目な美しい女性が浮いている。しかもその女性には翼があって、頭の上には光の輪。まさしくお話通りの天使の姿だ。
「驚かせてしまいましたか?」
「あっ、いえ、そんなことはないですけど……」
この人は誰だろう、と疑問に思いつつも返事をすると、天使姿の女性は柔らかく笑みを浮かべた。
見たところとてもリアルだ。だれか人が操作しているのかとも考えたが、さすがに運営スタッフとプレイヤーの比率的にそれはないだろう。
つまりこの天使姿の女性は、人工知能の自立型AIというものに違いない。
とても高度なAIも評判だとゲームの情報サイトに書いてあったのを思い出したが、それにしてもリアルだった。
「そうですか、それならば良ろしいのですが。
さて、私はこの世界の神より、星の旅人様の案内役を任されましたミンフィエルと申します。
改めまして、ようこそお出でくださいました、星の旅人様」
「あ、はい、こんにちは。
えーと、ミンフィエルさん、でいいのでしょうか?」
「はい、そのように呼んでくださって結構ですよ」
笑みを浮かべたままミンフィエルが頷いたので、どうやら呼び方は問題ないらしい。
それよりも案内役というのは、つまりゲームの説明係だろうか、と美代は考えた。
「あの、貴女が色々と説明してくれるのでしょうか?」
「ええ、その認識で間違いありません。
それでは旅人様、まずはあなたのお名前を教えていただけますか?」
「あ、名前、私は高崎―――」
と言いかけたところで、美代はこれはゲームの中だったということを改めて思い出した。
つまりミンフィエルが聞いたのは現実の高崎美代という名前ではなく、【剣と魔法のプレリュード】という世界の中での名前ということだ。
美代は言いかけた名前を飲みこんでそれから少しの間、考え込んだ。
これと言った名前が思いつかないのは、これまでそういうことを考えたことがなかったからだろう。
それなら、どうするか。適当につけるにしても、あまりにも変な名前も困る。
そこでふと、これがもしかしたら初めての趣味になるのかもしれない、と考えた。
(それなら『最初』という意味でいいのかな)
考えた末の結論に美代は納得すると、この世界での名前をミンフィエルに告げた。
「アルファです。私の名前は、アルファと言います」
「アルファ様、ですね? そのお名前に間違いはございませんか?」
「はい、間違いないです」
確認のために再度聞いてきたミンフィエルの問いに、すぐに頷いて返す。
名前を確定させているのか、ミンフィエルは一度目を閉じて黙った。それからすぐに目を開くと、再び笑顔をみせる。
「はい、それではアルファ様、今後ともよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いいたします」
頭を下げて挨拶をしてきたミンフィエルに対して、美代も思わずお辞儀を返す。社会人の癖として無意識に出てしまう動作は、ゲーム内であっても健在らしい。
◇◇◇
「それではアルファ様、この世界のことはご存じでしょうか?」
「えーと、すみません。あんまり知らないです」
名前が確定したところで早速ゲームの説明に入ったミンフィエルの最初の問いは、だいぶ漠然としていたが、それも当たり前なのかもしれない。
この【剣と魔法のプレリュード】というゲームは、家庭用据え置き機のゲームとして発売されたことがあり、そちらの世界観などはそのままにVRMMOとして開発された経緯がある。
そのためプレイする前から世界観などを知っている人も少なからずいるので、案内役としては聞いておかなければならない。いわゆる説明のスキップ機能というわけだ。
しかし、美代はそんなことは知らないので、きちんと説明を受けることになった。
とはいえ、そこまで急いでゲームを進めたいとも思っていないので、じっくり説明を聞くことに否はない。
「なるほど、承知いたしました。
では、最初に今のこの世界について簡単にお教えいたしますね。
ですが、お教えするのは本当に簡単なことですので、もっと詳しいことが知りたいようでしたら、地上に降り立った際に調べてみて下さい」
「分かりました。お願いします」
「このプレリュードの世界は、6柱の神がお造りになりました――――」
◇◇◇
「――――ということです。
そこで、星の旅人様に助力を求めているのです。旅人様、どうかお力をお貸し下さいませ」
救いを求めるように手を組み合わせて祈りの姿勢を取るミンフィエル。彼女に説明されたことは、よくある物語の内容だった。
簡単にまとめると、6柱の神様が作って治めていた世界に外界から邪悪な軍勢が攻めてきた。神様たちは現世への干渉を極力少なくしていたためにそれに気付くのが遅れてしまい、そのまま干渉がほとんどできないように力を抑えられてしまったらしい。そこで、邪悪な軍勢の対処と神様の力の解放のために力を貸してほしい、ということだ。
拒否する必要も感じないため、美代は迷わず頷いた。
「はい、分かりました。なんとか頑張ってみますね」
「ありがとうございます! ああ、また一人旅人様の助力を得られました!」
感極まったように両手を天に向けて万歳ポーズをとるミンフィエルの姿に、美代はちょっと苦笑いを浮かべる。
しばらく歓喜のポーズを取っていたミンフィエルだったが、美代の若干引き気味の様子に気付いたのか、ぱっと両手を下ろして顔を赤くした。
「も、申し訳ありません。少々高ぶりすぎてしまいました……」
「えーと、お気になさらず?」
「……こほんっ! それではプレリュードの現状をご理解いただけましたか?」
「あ、はい。それは分かりましたよ」
「そうですか。それでしたら続いてはアルファ様の種族と職業についてお教えいたしますね」
にこりと笑みを浮かべてミンフィエルは話を続ける。どうやら次の話は種族と職業というものらしい。
しかし種族と聞いて、美代は首を傾げた。
彼女が情報サイトで見たのは、トップページに書いてあったゲームの特徴と、すごいと言われている点がまとめてあった場所だけだ。あまり先を見てしまうのも楽しみがなくなってしまう気がしてしまい、攻略はもちろんだがゲームシステムについても情報をまったく見てはいなかった。
「種族、ですか? 私の種族は人間ではないのですか?」
「いえ、アルファ様の種族はまだ定まってはおりません。
ご自分では分からないようですが、私からはアルファ様は光に包まれているように見えていますから、そのお姿がまったく認識できてはおりません」
美代はその言葉に自分の手を見てみるが、光に包まれているなんてことはなく、しっかりと見えている。
つまるところゲーム的な仕様というものなのかもしれない。
そう思い直して、美代はなるほど、と頷いた。
「種族は先ほどアルファ様がおっしゃられていた人間、いわゆる人族をはじめ、森を居住地として自然とともに歩むエルフ族、大地と山脈に根を張りながら生きるドワーフ族、強靱な肉体と高い志を有する竜人族、獣の力を振るう獣人族がいます。
アルファ様にはまず、この種族の中からどれか一つを己の種族として定めていただきたいのです」
「なるほど、五つの種族ですか。
それぞれの種族の特徴などはありますか?」
提示された五つの種族はどれも面白そうではあったが、きちんと情報は知っておくべきだ。
そのあたりは仕事とあまり変わらないので、美代はすぐに質問を投げかけた。
「はい、それぞれの種族にはもちろん長所と短所がございます。そうですね……、それでは順に説明していきましょう」
ミンフィエルは、少し考えるように遠くを見つめていたが、すぐにまた美代に視線を戻して頷いた。
(もしかして今のは情報をダウンロードしていたのかな?)
もしそうだったとしても、その動作すら自然だったのでやはりAIとは思えないレベルだ。
「ではまず人族ですが、この種族は極めて平均的な種族といったところでしょうか。苦手なものがほとんどありませんが、反対に極めて優れた能力もありません。
どんな状況にも対応できる万能型になれる可能性を秘めています。後ほどご説明いたします職業についても、どんな職にもつけるため特にご希望がなければお勧めする種族です」
「なるほど、人族は万能型……」
(万能型になれる可能性ということは、上手く進めないと器用貧乏になる可能性もあるってことね)
「次にエルフ族ですが、こちらの種族は魔術に秀でた者が多くおります。長寿の種族ですから、蓄え、伝えられてきた知識と技術、そして繋げられてきた資質がその特性を生みました。魔術の適正が高く、また、魔力が豊富です。
ですが身体の造りが脆く、打たれ弱い面も持っていますから、前衛の戦士には不向きな種族と言えるでしょう」
「エルフといえば魔法と狩猟の民族というイメージでしたが、少し違うんですね」
美代の中のエルフのイメージは、とある指輪の物語のエルフだったのだが、そのあたりはゲームバランスとして調整されているようだ。
ミンフィエルは、そのイメージに少々困ったような微笑む。
「そのように仰る旅人様は多いのですが、旅人様の世界のエルフ族とプレリュードのエルフ族では少々異なるようですね」
「そうみたいですね。お話を遮ってしまって、すみません。続きをお願いしても良いですか?」
「いえ、構いません。
それでは、次にドワーフ族ですね。
ドワーフ族は背が低いのですが、これは山脈の洞窟に住んでいた時の名残だと言われております。
腕力が強く、また器用でもあります。世界各地で見られる一級品の武器や芸術的な陶芸作品などのほとんどがドワーフ族が作ったものです。
しかしその腕力と引き替えに足は極めて遅く、五つの種族の中で最も鈍足ということでも知られています。
戦士としては斥候や狩猟者には向きませんが、仲間を守る盾を持つ者としてはとても優秀です」
こちらはどうやら美代のイメージ通りのドワーフのようだ。
ただ、男のドワーフは髭がもじゃもじゃなのかは分からなかったが。
「竜人族は、強い力と頑丈な肉体を持っています。戦士としては極めて優秀な種族です。
前衛の戦士として道を切り開くならば、竜人族はまさしく勇者となるでしょう。
ですが、己の資質の全てを戦士としての肉体に傾けていますから、魔術の一切を使用することが出来ません。そのため魔術師や魔力を使用する職業には就くことができません」
(魔力を使う職業に就けないのはちょっと困るかも……。うーん、せめて職業系の情報だけでも見てくるべきだったかな)
能力的に惜しい気もしたが、そもそも自分には前衛は向かないかもしれないと考え直す。
それに職業制限が大きい点も踏まえて考えてから、美代は竜人族を選択から外すことにした。
「最後の獣人族は、先祖から受け継いできた獣の力により、高い俊敏性と手先の器用さ、そして一撃だけですが強力な切り札を有しています。
狩猟を得意とする民族ですから、斥候や狩猟者に向いているでしょう。また、獣の力により嗅覚聴覚共に優れていますので、追跡戦や撤退戦においても活躍できるはずです。
しかし、瞬間の力に長けている面が大きく、持久力に欠けるとも言われております。
また、強力な刺激に大変弱く、状態異常系の魔術などには何らかの対策を施さなければ、かなり厳しい状況に陥ることになるでしょう。
――――以上がそれぞれの種族の特徴になっております。
一度に説明してしまいましたから、もう一度説明もできますが、いかがいたしましょうか?」
「いえ、大丈夫です。聞きたいのですが、職業は種族を選んでからではないと選択できないのでしょうか?」
種族によっては選べない職業もあるということで、職業を選ぶ段階で選べないもののなかにやりたい職業があったら、それは少し困るかもしれない。
「それについては安心してください。職業を選ぶまでは種族は仮決定となりますので、選び直したい場合は種族からの再選択が可能です」
(システムの救済措置って感じかな。でもそれならたしかに安心だね)
「分かりました。ありがとうございます」
「いえ、構いませんよ。アルファ様には世界を救うためにお力をお借りするのですから、この程度のことは当たり前です」
ミンフィエルは優しげに微笑みながら首を横に振り、それからスッと真っ直ぐな瞳を美代に向ける。
その視線は、ミンフィエルがAIだと言うことを美代に忘れさせるほどで、自然と背筋が伸びた。
「それではアルファ様、あなたはどの種族を選択しますか?」
色々と悩んだ末に、美代は結論を出す。
「…………私は、獣人族を選択します」