014
「お疲れさま」
合流したレティは何かふらふらしていた。
「大丈夫ですか? 少しふらついていますけど」
「あー、MP一気に減ったからっすか」
心配した美代が声をかける。その後ろからきたアルケディオには心当たりがあるようだ。
「まぁ、そうね。あの魔術、威力は高いけれど燃費が悪すぎるのよ」
頭に手を当てるレティ。頭痛はないが、軽いめまいが続いていた。
「MPがたくさん減るとそうなるんですか?」
ひとまずドロップアイテムは美代とアルケディオの二人で回収することにして、調子の悪そうなレティには休んでいてもらう。
回収しながらでも話はできるので、美代はとりあえず先ほど疑問に思ったことを聞いてみることにした。
「MPが徐々に減るのは大丈夫らしいわ。だけど、一回で消費が激しいスキルや魔術を使うと貧血みたいになるみたいね。
MP回復用のポーションとか使えばマシになるらしいけれど、あれはちょっと高いのよね」
座り込みながら、レティは困ったように苦笑する。
まだ先ほどの魔術を扱うにはレベルが低すぎたことも原因の一つだったが、使わないわけにはいかなかった。
「レベルが上がって最大MPもアップすれば、一度に消費できるMPの最大量も増えるらしいわ」
「なるほど」
狩人の美代にはあまり実感のない話だった。そもそもまだスキルを一つしか覚えてないし、そのスキルのMP消費量も微々たるものだ。
「俺も他人事じゃないっすね。剣士のスキルで威力高いやつは、相応にMPも食いますから」
「ま、でもやっぱり一番その症状になりやすいのは魔術師とか聖職者とかの術師タイプでしょうね」
レティは肩をすくませた。今もドロップアイテムの回収を二人に任せていて、少し落ち込んでいるようだ。
そんな彼女の様子を見て、美代は話題を変えることにする。
「それにしても先ほどのレティさんの魔術はすごい威力でしたね。レベルも随分と高いんですか?」
思い出すのは先ほどの戦闘で見せた圧倒的な破壊力。
あの術が使えるのなら、初めて会った時もあの術でなんとかできたのかも、と思っていた。
「そんなことはないわよ。今は4レベルだもの。
ああいう術が使えるっていうのは、単純にスキルと魔術の違いね」
褒められて少し照れながらレティが魔術について話し始めた。
「魔術っていうのはスキルとちょっと扱いが違うのよ。スキルはレベルアップやスキルポイントで獲得するでしょう?」
「そうですね、アルケディオくんにも教えてもらいました」
「魔術とかの術系はね、レベルアップで覚えられないのよ。
スキルポイントで覚えられるのは変わらないのだけれど、それでも全部の術を覚えることはできないの」
レティは楽しそうな様子で魔術の解説を続ける。
「えーと、それなら他にどうやって術を覚えていくんですか?」
「自分で探すの。図書館とか、古代の文書とかからね。
わたしがさっき使った炎の弾丸もビギンタリアの古書店で買った魔導書で覚えたのよ」
自慢げにレティは胸を張る。どうやらさっきの魔術は自慢の技だったらしい。
「へぇー、面白いですね」
「術師系はそこら辺、かなり大変そうっすよね。俺はそういうの苦手なんで、剣士にしたんすよ」
魔術とかには憧れてるんですけど、とアルケディオは漏らした。どうやら彼はあまり勉強とかは好きな方ではないらしい。
「はぁ~……、分かってないわねぇ。そういうのが楽しいんじゃない。古代の魔術とかロマンじゃない」
レティは大げさにため息をついきながら、呆れたような目でアルケディオを見る。
「分かります。そういうのって何だか楽しそうですよね」
アルケディオとは反対に、目を輝かせて賛同したのは美代だ。彼女にはレティの気持ちが理解できた。
「自分で色々と調べて見つけるなんて素敵だと思います。それが自分の力にもなるんですから、なおさら良いですよね」
「そうなのよ! それが楽しいのよ」
自分の意見に賛同してくれた美代の言葉にレティは機嫌を良くする。年齢は離れていそうな二人たが、意外と気が合いそうだった。
「まぁ、それでね。レベル4だけど、わたしは6つの魔術が使えるのよ。その中で一番威力が出て、丁度良い範囲だったのがあの術だったってわけ」
「なるほど」
こほんっと呼吸を整えてからレティはそう締めくくった。
「楽しみ方は人それぞれってことっすね。というか、古代の魔術を探すって言うことは、もしかしてサブジョブは考古学者っすか?」
「そうよ。考古学者と筆記師をサブジョブとして取っているわ。遺跡とかで見つけた魔術は記録しときたいもの」
当然というようにレティは頷く。考古学者なんて職業もあったのかと美代は感心した。
「こだわり派ですねー。さすがは旅のエルフ魔術師ってやつっすね」
「まぁね! あなたは何を取ったのよ、サブジョブ。人に聞いたからには自分のも言いなさいよ」
胸を張って自慢していたレティだったが、すぐに横目でアルケディオに視線を投げる。
アルケディオも隠すつもりはないのか、「別に良いっすよ」と了承した。
「俺のサブは、採掘師と運搬者っすよ」
「あー、割と鉄板の組み合わせよね。それにあなたの性格からして、地道な作業の鍛冶とかは取らなさそうだものね」
レティは呆れた様子でアルケディオのサブジョブについてコメントする。
先ほどの発言からも、彼は割とそういう面倒くさそうな作業を嫌いそうだと思っていた。
「大正解ですね。採掘だったらダンジョンとか潜ったときについでにできるっすから」
しかし、レティのそんな視線もまったく堪えていない雰囲気のアルケディオ。
あっけらかんとした様子で笑っている。
「はぁ~、まぁいいわ。あなたの言った通りで、楽しみ方なんて人ぞれぞれだもの。
それで、わたしたちのサブジョブを知ったんだから、アルファのも教えてもらえたりするのかしら?」
「あ、はい。いいですよ。と言っても、私のは選んだというよりも選んでもらったと言った方が良いのでしょうが」
まだ昨日のことであったが、美代はミンフィエルの姿を懐かしく思った。
それだけ今は密度の濃い時間を遅れていると言うことだ。
「選んでもらった?」
「はい。案内役のミンフィエルさんに、木工師と錬金術師を紹介してもらいました」
「なるほど、最初の天使が勧めたのね。オーソドックスだけど、悪くない選択ね」
「へぇ-。そういえば弓をメインにするつもりって言ってましたもんね。木工師なら弓を自作できるわけっすね」
ミンフィエルに選んでもらったものは、そんなに悪くもなかったらしい。
「ジョブレベルを上げるのがどっちも少し大変だとは思うけど、頑張れば頑張った分の成果が返ってくると思うわ」
「はい、頑張ろうと思います」
レティに励ましの言葉を貰って、美代は笑顔で頷いた。
「あ、ところで魔術でもう一つ聞きたいことがあったのですが」
「何かしら?」
そこで先ほど聞こうと思っていたことを美代は思い出したので、ついでに聞いてみることにする。
「MP消費が多いとはいえ、あんなに強い魔術があるのに、最初はなぜ使わなかったんですか?一撃ですごい威力でしたよね?」
あのスライムの群れを実質一撃で壊滅状態にしたのだ。
自分たちが来る前も、あれを使っていれば全滅させることは厳しくても、充分逃げる時間も稼げたのではないだろうか。
「あー、アルファさん。それはちょっときついっすよ」
「そうね、確かに使えれば良かったんだけど……。簡単に言ってしまうと、あのクラスの魔術を使用するには時間がそれなりに必要なのよ。
ほら、今回も術を使ったのは戦闘が始まってから少し経ってからでしょう?」
「そういえば、そうですね……」
思い出してみれば、魔術が発動したのは美代やアルケディオが群れの一部を混乱させてからだった。
それが術のデメリットらしい。
「魔術に限らず、術系統のスキルはね。発動までに一定時間かかるのよ。
術師は発動までの間、その場から動けないし、かなりの集中を要求されるの。
だから一人で戦っている最中にあの規模の術の使用は現実味に欠けるわね。
術師系の職業の旅人が戦う場合は、発動時間がなるべく短くて、硬直時間が少ないものを使うのよ」
「なるほど。硬直時間が短いスキルを選ぶというのは、私たちと似てるんですね。でもそれ以外は、なんだか色々と難しいそうですね、術師って」
細かい調整が必要な術師系は、使い手を選ぶ職業だ。
レティはそんなところも術師の魅力だと考えているが、そうは思わない人がいることも理解している。
「そうね。まぁ、だからこそ面白いのだけれど。とりあえずそんな理由よ。
でもわたしはパーティを組んで、仲間に助けてもらって、それで初めて実力を発揮できる魔術師っていう職業は素敵なものだと思うわ」
そう言って見せたレティの笑顔は、とてもきれいで格好良いと美代には思えた。




