013
「まだあいつらいるわね」
「他のプレイヤーも見かけないですから、横殴りの心配もなさそうっす」
「それにしてもやっぱり多いですよね……」
三人は少し離れた場所でスライムの群れを観察していた。
スライムたちは未だ群れでポヨポヨと跳ね回っている。
「それじゃ、作戦通りに行くすよ」
アルケディオの言葉に二人は黙って頷いた。それぞれ武器を取り出して、合図を待つ。
「そんじゃ、作戦開始っす!」
声と同時にアルケディオが駆け出す。その速度はかなりのものだ。
しかし、彼よりも遅くスタートしながらも追い越して、先を行く者がいる。
「やぁぁぁーー!!」
大声を出しながらスライムたちに向かっていくのは美代だ。
猫の尻尾をなびかせながら、人族のアルケディオを遥かに上回る速度でスライムたちに突撃した。
「一撃離脱!」
スライムたちまで残り10mを切ったところで、スキルを発動する。
スキルが発動するまでの僅かな時間で、残りの距離をスキル射程範囲内の5mまで縮めた。
重力から解き放たれるかのような感覚。
(スキル範囲内のスライムたち全部にスキル判定が入ってる!)
5m以内にいた敵の全てに攻撃の軌跡が見える。
(それなら―――っ!)
美代は軌跡の見えるスライムたちを全て駆け抜けながら斬りつける。
速度はそのまま維持をして、斬りつけたあとは群れから離れるように離脱する。
美代がスキルの硬直でわずかに動きが鈍って速度が落ちた瞬間に、攻撃を受けたスライムたちに遅れてダメージエフェクトが表示された。
(やるっすね、アルファさん。残像だけ見えて、動きが捉えきれなかったすよ)
スライムたちに突撃した美代を、離れたところで見ていたアルケディオはその動きに舌を巻いた。
さすがAGI特化の種族と職業、しかも使用したスキルもそれと相性がよいから尚更といったところか。
「俺も負けてらんないっすね!」
遅れて戦場に駆け付けたアルケディオはスキルを使わない。
奇襲を受けて慌てているスライムたちに攻撃を加えるのは難しいことではないし、なによりも今回は役割が違う。
美代から攻撃を受けたスライムたちは、そのダメージによってHPが半分ほどになっている。
「まずはこいつから確実にやるっ」
狩人よりSTRの高い剣士は、通常の一撃でも弱点を狙えばスライムのHPを半分減らせる。
だが、スキルを使用してしまうと弱点を狙うことが難しくなってしまう。スキルは発動モーションから攻撃終了までがある程度きまっているからだ。
美代の一撃離脱で、攻撃を充てる箇所が指定されていることがその一例だ。
だからこそ、アルケディオはスキルを使わずに狙いをスライムの弱点に絞る。
(スライムの弱点は、地面と接している表面―――。そこから上に向かって斬り上げるっ!)
利き手の右に持つ剣に力を籠めて、冷静にそれを狙いに向けてはしらせた。
その一撃は見事にスライムの弱点を捉えて、そのHPを削り切る。
(よしっ)
そのまま次の標的を狙いを定める。
その流れるような動作とは裏腹に、やっていることはかなりの難度だ。
地面に面した表面を狙うということは、失敗すれば剣が地面に引っかかって逆に隙を作ることになってしまう。
アルケディオはこれが初のVRゲームだと言っていた。それにも関わらずこの動き。おそらく現実で何かやっているのかもしれない。
「アルケディオくん、すごいっ!」
まるで踊っているようにすら見えるアルケディオの攻撃に美代は感嘆の息を漏らした。
「アルファさん、後ろの奴らにそろそろお願いします!」
アルケディオが注意を促しながら指示を出す。
はっ、として美代がスライムたちの群れの後方、彼女たちが攻撃をまだ加えていないあたりの方を見る。
後方のスライムたちはどうやら冷静さを取り戻して態勢を整えつつあるようだ。
ぶるぶる震えて、跳ね回り始めた。あの動作は――――。
『あのスライムたちが震えて飛び跳ね始めたら、数が増え始めたのよ』
作戦を立てていた時にレティが言っていた。おそらくそれが仲間を呼ぶ合図なのではないか、と。
「させません!」
美代はアルケディオから受け取っていたアイテムを取り出す。
それは灰色のゴムボール。アルケディオ曰く「煙球」という逃走用アイテムらしい。
しかし今は、その用途では使わない。
「えい!」
美代は手に持った煙球を震えているスライムたちの中心に向かって放り投げた。
狙い通り中心あたりに落ちた煙球はすぐに白い煙を周囲にまき散らす。
「ポヨヨッ!?」
突然、周囲が煙に包まれたスライムたちは再び慌て始めた。
仲間を呼ぶ動作を中断して、無造作に逃げまどっている。
「これでっ!」
攪乱に成功した美代もアルケディオとともにスライムたちに通常の攻撃を加えていく。
それをさらに離れた場所から見ているのはレティエールだ。
「そろそろのようね。………二人とも結構頼もしいわね」
呟きながらも彼女は意識を集中させていた。その周りには赤い燐光が舞い上がっている。
――――魔術師たる彼女の戦場は前線ではなく、その本領は、パーティでこそ発揮できる。
「さぁ、魅せてあげますわ! エルフの魔術師、このレティエールの魔術を!」
彼女は高らかに宣言する。そして、その口から歌うように言葉を紡いだ。
「赤く赤く、舞い散るように。踊るにように燃え上れ。
我は世界の理を扱う者。その真理を探究する者なり。
――――二人ともっ、行きますわよ! 炎の弾丸!!」
放たれたのは、その名前の通りに炎の弾丸。それは煙に包まれたスライムたちの中心に向かって高速で空を駆けた。
レティに注意を呼びかけられた二人はそこからは距離を取っている。
炎はレティの狙い正しく群れの中心に着弾。
そして、爆発。
爆発の瞬間には、すべての音が一瞬消え去った。続けて多くの物がなぎ倒されるかのような轟音。
「うきゃっ!」
思った以上の激しい反応に、離れていたレティでも腰を抜かした。
そんな攻撃を至近距離から受けた二人だったが、なんと離れていたレティよりも影響は少なかかった。
理由はゲームの仕様とメンタルコネクターの動作からである。
そんな強烈な音や衝撃を完全に再現していたのでは肉体に悪影響がでるという観点から、一定以上の環境反応は規定内まで抑えられるようになっていた。
しかしそれでも、ゲーム内で受けた反応としては最大のものであることに変わりはない。
「…………マジで派手っすね」
「うー、耳がキンキンします……」
衝撃に備えてしゃがんでいた二人は、耳をたたきながら立ち上がる。
そして目の前の光景に恐れを通り越して呆れてしまった。
「これ、すげーけど、やばいっすね」
「魔術……、こんなことになるんですね」
そこにあったのはただただ破壊の爪痕。
まるで爆弾でも爆発させたかのように、炎の弾丸が着弾した場所を中心にして、地面が吹き飛んでいる。
もちろんその周りのスライムが無事なはずもない。吹き飛んだ地面の周囲にはスライムたちの遺したドロップアイテムが散らばっていた。
「あー、とりあえず残りをさっさと片付けちゃいますかね」
「そうですね、また仲間を呼ばれても困りますから」
爆発から離れた場所にいたスライムたちはまだ生きているものもいたが、HPは残り1割を切っている。
その上、その全てがパニック状態だ。倒すことは難しくはないだろう。
二人は手早く残りのスライムたちを片付けてしまうことにする。
スライムたちを全て倒し終わる頃に、レティがゆっくりと歩きながら二人と合流した。




