012
三人はスライムから逃げ出したのを確認すると座り込んでいた。
美代とアルケディオはそこまで疲れてはいなかったのだが、エルフの少女はそれなりに長い時間逃げ回っていたらしく、ぜーはーと息を乱している。
「はぁ、はぁ……、あ……、ありがとう……はぁ……、ございました」
「いや、いいっすよ。いい経験させてもらいましたし」
「そうですね。あんなたくさんのスライムを一遍に見られるなんて思ってなかったですから」
苦しそうにしながらも、きちんと礼を言う少女に悪い気はしない。
二人は苦笑しながら、気にしないようにと笑った。
「それにしても、あのスライム見たっすか?」
「え? 何をでしょう? ちょっと模様がある普通のスライムに見えましたが」
美代は思い出してみるが、数が多かった以外は普通のスライムに見えた気がする。
「あいつらの名前、仲間を呼ぶ水玉スライムってなってたんすよ。そりゃ仲間を呼び続けたら、あんな大量にもなりますよ」
呆れたようにため息をつくアルケディオ。
「仲間を呼ぶ、ですか……」
「そんな名前だったのね、あの卑怯スライムっ」
その言葉を聞いた美代も疲れたようにため息をついた。
呼吸を整えたエルフ少女は、ふるふると怒りに体を震わせる。
「まぁ、最初に名前を確認しなかったのが失敗だったってことですね。俺たちも気を付けないといけないすよ」
「私もさっきのスライムは名前も見ませんでしたから、他人事でないですね……」
とりあえず見た目が似ていても名前を確認するようにしよう、と美代はしっかり覚えておくことにした。
アルケディオがいるときはカバーしてくれるかもしれないが、自分でも気を付けるに越したことはない。
「そういえば、助けてもらったのに名前も言ってなかったわ」
名前で思い出したのだろう、少女は二人の方に向かって姿勢正しく座りなおす。
「さっきは助けてくれてありがとうございます。
――――わたしはレティエール、エルフ族の旅人よ。呼びにくかったらレティって呼んでくれても構わないわ」
レティエール、レティは何故かぎこちなくそう名乗った。
「レティさんですか。なんか敬語とか混じってますけど、もしかしてロール系すか?」
アルケディオが指摘すると、途端にレティの顔が赤くなった。
……このゲーム、感情表現が現実よりもはっきりと出るらしい。
「そ……っ! そんなわけないじゃない! これはわたしの素なんだからっ、ロールとかじゃぜんっぜんないし!」
大声で怒っているが、それでも姿勢などを崩さないところから考えると、しっかりと教育されていそうだ。
「あー、すんません。ロール系の人に言うことじゃなかったっすね……。俺がマナー違反でした」
「わ、わかればいいのよ……」
反省した様子でアルケディオはすぐに謝る。さすがに無神経な質問だったかもしれないと考えたのだ。
レティも素直に謝罪したアルケディオの姿に気勢を削がれたらしい。それを受けいれて、さっさと水に流すことにした。
「あのー……、すみません。せっかく収まったところで申し訳ないのですが、その……ロール?、とはなんでしょう?」
今聞くのもどうなのか、とは美代も思いつつも一応訊ねてみることにする。
レティが怒っていた様子から考えるに、もしかしたらあまり突っ込んで聞かない方がいいことなのかもしれない。
「あー……、ロールっていうのはっすね。うーん……」
さっき怒られたばかりなので、チラチラとレティの方を気にしながら言葉を濁すアルケディオ。
「あ、聞いたらまずいことでしたら、無理にとは言いませんが」
「別にいいわ。それくらいわたしも気にしないから」
やはり聞いたらまずいことだったのかと美代が質問を撤回しようとしたとき、レティがそれをあっさりと受け入れる。
「えっ! いいんですか?」
「構わないわよ。それで、えーと、あなたはー……」
「あ、すみません。レティさんは自己紹介してくださったのに、こちらがまだでしたね。
私はアルファといいます。それでこちらが私とパーティを組んでくれている――――」
美代が自己紹介をして、隣に視線を向ける。アルケディオは、その意味に気が付いて、「アルケディオすっよ」と名乗った。
「そう、アルファとアルケディオね。それで、アルファはロールの意味を知らないのよね?」
当たり前のように呼び捨てにされたが、不思議と不快感は沸かなかった。
レティの凛とした雰囲気が、それを普通のことだと感じさせているのかもしれない。
「はい。すみません……、実はゲームにはだいぶ疎いものでして、自分でも自覚して色々と勉強しているところなのですが……」
「これが初めてのオンゲらしいっすよ」
恐縮する美代と、それをフォローするアルケディオ。二人の答えになるほど、とレティは頷いた。
「そうなのね。なら、仕方ないわ。ロールっていうのはね、そうねー、わかりやすく言えば“なりきり”ってやつね」
「なりきり……」
「そう。演技って言ってもいいわ。プレイヤーだけど、この世界の住民になりきってゲームを楽しむの。
…………あんまり自分では言いたくないんだけど、わたしだったらエルフ族の魔術師、レティエールっていうキャラになりきってプレイしてるの」
口調もそれを意識してるのよ、とレティは肩をすくめる。
「なるほど、そういうことなんですか。それなら、すみませんでした。
せっかくなりきってプレイしているのに、こんな質問にも答えていただいてしまって……」
世界観を大事にしている人なのだろう。そんな人にそれを壊すようなことを聞いてしまった。
美代はそのことに対して深く反省する。
「別に構わないってさっき言ったわよ。その……、アルファも悪気があったわけじゃないっていうのは分かってるし。
それにこれから気を付けてくれればいいと思うわ。わたし以外の他のロールプレイヤーにもね」
真摯に頭を下げられたレティは恥ずかしそうにそっぽをむく。
若干頬が赤みを帯びているが、それに対して指摘するのは気が引ける。
「ありがとうございます。次からはきちんと気を付けます」
ほっ、と安心したように美代は笑みを零した。その笑みを見たレティはさらに顔を赤くした。
(このアルファさんって人、わたしより年上っぽいけど、なんか雰囲気が保護欲を誘う感じがするわ……)
レティはしばらく何か考え込んでいたが、やがて諦めたようにため息をはいた。
「このパーティのリーダーってアルケディオよね?」
「そっすけど?」
アルケディオに視線を向けて聞くレティ。
「なら、わたしもパーティに入れてくれないかしら。見たところそっちは剣士と狩人でしょう? 魔術師が一人いればバランスが良いんじゃない?」
突然のレティの提案に美代は目を丸くしたが、アルケディオは当然のことのように肩をすくめた。
「俺はいいすけど、アルファさんはどうすか?」
「えっ! 私ですかっ? えーと、私はぜひお願いしたいですけど……」
急に質問を回された美代はあたふたと慌てる。ひとまず提案について答えると、レティは嬉しそうに頷いた。
「なら決まりね。申請飛ばしてもらえる?」
「OK。今飛ばすんで承認よろしくっす」
美代が落ち着く前にとんとん拍子でレティのパーティ入りが決まって、レティエールがパーティに加わりました、とシステムアナウンスが頭の中に聞こえた。
「それじゃよろしくね。アルケディオ、アルファ」
レティエールがにこりと笑った。
◇◇◇
「さて、それじゃあのスライムたちをどうするか考えましょ」
パーティに参加したレティはさっそく切り出す。自分を追いかけまわしたスライムたちは許しておけないらしい。
「あー、まぁ確かにこのパーティ編成だったら、きちんとやればいけるっすね」
「戦えるんですか?」
先ほど全力で逃げ出した相手なのだ。美代にはさすがにリベンジはきびしいように感じた。
「できると思いますよ」「できるわ」
しかし二人は同時に可能だと言う。その根拠は一体なんなのだろうか。
「さっきはレティさんが逃げ回ってたんで、さすがに無理でしたけど。
今はHPとかも回復しましたし、なにより万全の態勢で挑めますからね」
「アルケディオの言う通りよ。さっきとは状況が違うわ。ちゃんと作戦を組んでいけば勝算は充分にあるわよ」
二人は自信満々に言い切る。
(なるほど。たしかに言われてみれば最初とは状況が違うし、ちゃんと方針を決めて挑めばなんとかなるのかも)
やる気に満ちあふれたレティたちの姿に美代も励まされて、頑張ればいけるのかもしれないという気になった。
「分かりました。それではどういう風に戦うのか、作戦を立てるんですよね?」
「そういうことよ」
「ということで、とりあえず役割分担から決めるっすかね」
三人は頭を寄せ合って、対スライムの群れ作戦を立て始めた。




