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「パーティ……、私とですか?」
アルケディオの申し出に美代は困惑した。はっきり言わなくても彼女はゲーム初心者である。
戦闘に関してはもちろんだが、ゲームに関しても知らないことは多い。
(初心者の私をパーティに誘う意味ってなんだろう? ナンパ……、はこんな若い子が、こんな年齢の離れてそうな相手にはしないだろうし)
少し考えたものの分からない。こういうときは直接聞いてしまった方が早いだろうと美代は思った。
「あの、私を誘う理由ってなんでしょう? 私、先程も言いましたが始めたばかりで役には立たないと思うんですけど」
消極的な自己評価を述べる彼女に対して、アルケディオは悩むような表情を見せた。
しかし、そのあとすぐに頷いて笑顔を浮かべる。
「あー、実はこのゲーム、仕様的に複数人でいる方がモンスターとエンカウントしやすいらしいんすよ。だからパーティ組んだらスライム出るかなっていう下心はあります。
……まぁ、あとはアルファさんがこのゲームで初めて話すプレイヤーだったんで、良ければパーティ組みたいなってのもあるんすけど」
最後の方の理由は顔を背けながらだった。
(もしかして照れてる?)
アルケディオの様子に、しかし指摘するのも悪いかと美代は考える。
(もし自分が誰かに同じようなことを言うとしたら、照れるだろうし)
「うん、良いですよ。これも何かの縁でしょうし、よろしくお願いします」
笑顔で提案を受け入れることにする。なによりせっかく誘ってくれたのに、ここで断っては勿体ない。
「ほんとすか! いやー、ありがたいっすよ。あ-、超緊張したー」
大げさに喜んでいるアルケディオの姿が微笑ましい。もし自分に弟がいたらこんな感じなのかもと美代は思った。
「それなら早速パーティ申請出しますんで、承認よろしくお願いします!」
「はい、分かりました」
アルケディオがメニューを呼び出して、何かを操作するように指を動かす。すると、すぐに美代の頭にピロリンッという軽い電子音が鳴った。
音を聞いた美代は、メニューを呼び出す。
「えーとこのパーティって項目の……、あ、これですね。アルケディオくんからのパーティ申請」
「それっすね。そのまま加入お願いします」
メニューに表示された承認ボタンを押すと、アルケディオのパーティに参加しました、と書かれたウインドウが表示される。
「これで参加完了になったんですね」
「はい! 頑張りましょうっ」
アルケディオは腰の剣に手をかけながらそう言った。
◇◇◇
アルケディオとパーティを組んでから、モンスターとのエンカウントは確かに増えた。
相手は狙っているスライムではなかったが、倒せばメダルや素材を落とすのでなるべく戦うことにしている。
「アルファさんっ! そっち行きましたっ」
「はい!」
二人が今戦っているのは大きな蟻だ。たぶん40cmくらいある。
黒くて堅い甲殻をしていて、口の大あごが危険な凶器になっていた。
(ジャイアント・アントなんて、安直な名前だけど)
アルケディオの攻撃から逃げてきたジャイアント・アントの前に先回りして迎え撃つ。
ジャイアント・アントと戦うのはこれで二度目だったが、こいつの厄介なところはその堅さだ。うまく甲殻のつなぎ目にナイフを当てなければ、美代の攻撃では大したダメージを与えられない。
初めてエンカウントしたときには、蟻の巨大化したその姿の気持ち悪さにショックを受けていたのと、甲殻の堅さのせいで全然役に立たなかった。
(今度はちゃんとやるっ)
複眼をぎらつかせ、大あごをかちかちと鳴らしながら威嚇してくるジャイアント・アントは恐ろしい。
しかもその姿は、生理的にきつい見た目だ。虫が嫌いな人などは叫び声をあげて逃げ出すかもしれない。
(気持ち悪いのはたしかだけど一回見たし、蟻ならまだなんとか大丈夫だもの!)
ガサガサと向かってくるジャイアント・アントの動きをぎりぎりまでよく見極める。なるべく引きつけて、ジャイアント・アントが美代に攻撃しようと動きを止めた瞬間を狙う。
「ここ!」
ジャイアント・アントが大あごを広げて、美代に突撃をしてきた。
それを横に飛び退いて避けながら、美代は頭と身体のつなぎ目あたりの隙間にナイフを滑り込ませる。
ディギッと、ジャイアント・アントが悲鳴をあげた。
「よしっ!」
そのままジャイアント・アントから距離を取って様子を見る。
ジャイアント・アントは痛烈な攻撃をしてきた美代に怒りを向けた。
「そっちばっか気にしてんじゃねー!」
美代に敵意を向けていた、そのうしろ。
ジャイアント・アントの隙をついて、背後からアルケディオが襲いかかる。
「おらぁ! 剣撃一閃……!!」
肩に剣を担いで強く踏み込むと、そのまま一撃。
堅い甲殻を物ともせずに、振り下ろされた剣がジャイアント・アントの身体に食い込んだ。
「ギギィ……!!」
完全に意識から外れていた背後からの強烈な攻撃に、ジャイアント・アントがのたうつ。
ジャイアント・アントのHPは今の二人の攻撃によって、残り一割程度まで減った。
「これで最後!」
強力なスキルの使用による硬直時間で動きがとれないアルケディオの代わりに美代がジャイアント・アントに止めを刺す。ダメージによって隙だらけだったところに攻撃を当てるのは難しいことではなかった。
「ふぅー。疲れましたー」
「やったすね!」
HPが0になり、ジャイアント・アントが消滅したところでようやっと一息つく。
ドロップアイテムは、銅のメダルと黒い甲殻が一つだ。
「アルファさん、すごい動きいいじゃないすか!」
アイテムを回収しながらアルケディオは、先ほどの戦闘とはまるで違う美代の動きを褒める。
「えーと、蟻だからなんとかなってるって感じですね。これが蜘蛛とかゴキブリとかだったら絶対無理だと思います」
そんなモンスターが相手だったら迷わず逃げ出す自身がある。美代は基本的に虫は苦手な部類ではあるが、その二種類に関しては本当に無理だった。
「あー、ゴキブリは俺も無理っすね……。さすにが気持ち悪いんで」
さすがにアルケディオもあれ相手は遠慮したいようだ。あれが好きな人もいるのだろうが、たぶんそういう人は少数派だろう。
「それに、二回目だからっていうのもありますよ。やっぱり初めてああいう見た目のモンスターと会うと、頭が真っ白になってパニックになっちゃんですよね」
ゴブリン相手にもそうだったし、と美代は肩をすくめた。
「まぁ、たぶん慣れっすよ。慣れればなんとかなるんじゃないすか?」
「そうかもしれないですけど、やっぱり怖いので距離をとって攻撃できる武器に変えますよ」
(もうちょっと頑張らないといけないけど)
お金も何も足りないので今は仕方ない。早めに弓を手に入れようと美代は決めた。
「へぇー、メイン武器変えるんすかー」
意外そうなアルケディオに、そのうち弓に変えるつもりだと伝えると感心したように頷いていた。
「よっと。アイテム化も終わったんで、次行きましょっか」
「そうですね。次はスライム見つかると良いですよね」
美代たちは武器をしまって、次のモンスターを探し始めた。




