009
新たなスライムを探して再び歩き出した美代。
広い平原で見通したはよく感じるが、モンスターは岩などの物陰から突然現れることもある。周りのプレイヤーでもそうやって不意打ちを受けている様子を何人か見かけた。
キョロキョロあたりに注意しながら進む。
「うーん、スライム、スライム……」
近くの岩陰をそっと覗きこむが何もいない。
「スライムさーん。出てきてくださーい」
美代がそうぼやいた瞬間、覗きこんでいた岩の反対から赤いスライムが飛びだしてきた。
「あっ! スライムっ」
まるで狙ったようなタイミング! と彼女は目を輝かす。
先手必勝と考えて、ナイフを抜こうと柄に手をかけたところで、横から際に別の気配。
「このっ! そこのスライム、待てーーー!!」
飛びだしてきたスライムのあとを追うように、同じ方向から別のプレイヤーが飛びだしてきた。
美代の前に突然現れた男性は人族プレイヤーで、片手に鉄の直剣を持っている。
「えっ!」
「おわっ!」
飛びだしてきた男性と美代は、お互いを認識して思わず驚いた。
「すんませんっ! このスライムが逃げ出したから追っててっ」
男性プレイヤーは美代を見ながらわたわたと慌てている。その姿はあきらかに冷静さを欠いていた。
「あっ! 今はそれよりスライムっ! 逃げようとしてる!」
同じように驚いて固まっていた美代だったが、男性の背後でスライムがじりじりと逃げだそうとしているのを見つけて声を上げた。
「あっ、やべっ。 すんません! こいつ倒しちゃっていいっすか!?」
「え、うん! とりあえずいいから早く倒しちゃわないとっ」
律儀に美代に確認を取ってからスライムに向き直る男性は、よく見ると少年と言っても良いくらいの見た目だ。もちろん見た目もいじれるので、それで年齢を判断するわけにもいかないのだが。
しかし、この少年?は雰囲気的にも見た目とそう年齢は離れていないように感じた。
「行くぜっ! 剣撃一閃!!」
少年が剣を肩に担ぐように構えて、スキル名を叫ぶ。
踏み込んだ一歩目が地面にめり込むほどに力を込めて、そのままスライムへ剣を振り下ろした。
「フッ――!」
息を詰めたような呼吸音が僅かに聞こえた瞬間、空気が破裂するような衝撃音。
振り切られた剣の先には真っ二つになった赤スライムの姿があった。
「ふぅーー。今度は逃げられなかったぞ」
剣を持ったまま、額をぬぐう仕草をしながら少年が一息つく。
二つにされてしまった哀れな赤スライムは、銅メダルと赤水晶を残して消えた。
「すごい攻撃ですね……」
先ほどは驚きのあまり素の口調で話してしまったが、今は落ち着いている。
慌ててでもいない限り、さすがに初対面の人相手に敬語を使わずに話す度胸は美代にはない。
「おわっ! あー、あのすんませんでした。突然飛び出したりして……」
一息ついていたところで美代に声をかけたれたので、今の状況を思い出したのだろう。
少年は申し訳なさそうに頭を下げた。
「あ、いえ、先ほどのスライムは元々あなたが追っていたみたいですし、気にしないでください」
「あー……、ええと、すんません。そう言ってもらえると助かります」
美代が気にしていないことを告げると、少年は少し安心したように笑みを浮かべた。
「ああいうのはほんとは良くないんすけどね。横殴りって言われてもおかしくないし……。許してもらえてほんと助かりました」
「そうなんですか、横殴り……。横入りして戦うって事ですよね?」
「えーとまぁ、それであってますけど。もしかしてお姉さん、オンラインゲームとかあんまりやったことないんすか?」
MMO特有の言い回しに慣れていない美代が知らない言葉について確認すると、少年は驚いたように目を丸くする。
質問に対して、美代がええ、と頷くと少年は納得したような様子を見せた。
「そうなんすか。なら余計に悪いことしちゃったかもしんないっすね……。
あ、そうだ。えーと俺は、アルケディオって言います。もちろんキャラクターネームすけど」
「アルケディオさんですか。私はアルファと言います。先ほど話した通りで始めたばかりの初心者です」
「アルケディオでいいっすよ。アルファさん、見た感じ年上っぽいですし」
アルケディオと名乗った少年は、美代の落ち着いた雰囲気から自身より年上だと考えたらしい。
そうなると、やはり彼はキャラクターの見た目とあまり変わらない年齢なのかもしれない。
「それならアルケディオくんって呼ばせてもらいますね。アルケディオくんもスライムの討伐を受けたの?」
「そうっすね。実は俺もこのゲーム始めたばっかで。放課後にバイトして最近ようやっとゲーム機買えたんすよ」
とても嬉しそうにアルケディオは笑う。放課後にバイト、ということは学生だろう。キャラクターの見た目と併せて考えるなら高校生くらいかもしれない。
「そうなんですね。たしかにコネクターとか色々と高いですもんね」
「っすよねー。ほんとに学生にはきつい出費なんすよ」
うんうんと頷き合っていると、なんだか面白くなってしまい、二人同時に笑ってしまった。
「あはは、でも、ほんとうにスライム全然いませんよね」
「あはははっ、あーまぁ休日だからかもしんないすね。
平原で狩ってるやつらも多いみたいだから、モンスターのリポップが間に合ってないのかも」
「リポップ?」
「あー、こういうゲームってモンスターごとの上限数が決まってるんすよ。
そんで、どっかでスライムが倒されたら一定時間でまたどっかに出現するようになってるんすけど、倒されるペースが速すぎて再出現、リポップが間に合ってないんじゃないかってことっすね」
「なるほど」
そういうこともあるのか、と美代は感心してしまう。
「あーその、アルファさん。えーと、良かったらなんすけど」
そこで少し躊躇うように、アルケディオが何かを言いよどむ。
「はい?」
「あー……、えーと、もし良かったらなんすけど、俺とパーティ組みませんか?」
恥ずかしそうな様子でアルケディオは美代に提案を持ちかけた。




