000-プロローグ-
高崎美代は今年で27歳になった普通のOLだ。
ただ、人よりちょっと責任感が強いところがあり、仕事を第一に考えて生きてきた。
学生時代から部活の部長を任されたり、クラス委員長を任されたりと責任ある立場として真面目な姿勢は先生たちには好評だった。仕事に関してもそれは同じで、上司受けは良い。
しかし仕事第一と言えば多少聞こえはいいかもしれないが、単に他にやることが思いつかなかっただけ。
友達も少なく、無趣味で仕事がなくなればどうすればいいか困る、それが高崎美代という人間だった。
そんな美代という人間が自分を見つめ返す切っ掛けになったのは、単純に数少ない友人の一言だった。
「仕事、仕事ってあんたそれで楽しいわけ?」
それを言った友人には嫌みも何もなく、純粋な疑問として投げかけられた一言。
だからこそ、美代はその言葉についてよく考えてみた。
これまでの人生、確かに自分は責任感に追われて生きてきた。
お金をかけてくれた両親のために、良い学校に入らなければと勉強に明け暮れて、学校では委員会と部活に対して責任を果たさなければと奔走し、社会に出てからもそれは続いて。
それが悪かったとは決して思わないし、後悔もしてはいないけれど、そろそろ別の方向に視野を広げることも大事なのではないか。
そう考えられるようになるくらいには社会に揉まれてきた。
それに何より――、
「もし仕事がなくなったら、私どうするんだろう?」
その考えが浮かんだとき、何も思いつかなかった自分は随分と寂しい人間だったのだ、と思った。
そうしてごく自然な思考として、美代は一つの結論に至った。
「――そうだ。趣味を見つけよう」
◇◇◇
そうしてはや2ヶ月。
まずは手軽にと、読書に映画、カラオケなどに手を出してみたもののどうにもしっくりこない。続いて手芸や楽器の演奏などにも手を出してみたが、これだというものが見つからなかった。
これは困った、と首をかしげてみるがどうにも思いつかない。
そんな折り、なんとはなしに点けていたテレビから賑やかな音楽とかっこいいナレーションの声が聞こえて視線を向けてみると、とあるゲームのコマーシャルが流れていた。
【剣と魔法のプレリュード】という名前のゲームらしい。
VRMMOというジャンルで、そういえば電車のつり革広告などで名前をよく見かけるタイトルだ。
「VRMMO……、たしかメンタル・ダイビング・コネクションだっけ?」
メンタル・ダイビング・コネクション、通称MDCという技術は、脳波信号を専用機器に送ることによってゲームの世界にダイブすることができるという、よく分からないけれどすごい技術らしい。
美代は専門の技術者ではないため、それぐらいの知識しかなかったが、この技術ができたときの世間の騒ぎようはよく覚えている。
新しい趣味として新しい技術のものをやってみるのもいいかもしれない、そんな単純な考えで彼女はそのゲームを始めることにした。
機材はかなり良い値段がしたが、これまでの蓄えは充分にあったので問題にはならなかった。
MDC用のヘッドギア型デバイス《メンタルコネクター》や、ダイブ中の身体の異常判定のための計測機器(ダイブする場合の必須機器として法律で決められている)などを1週間程度で揃えた美代は、よしっと頷いた。
「明日は会社もお休みだから、ちょっとやってみようかな」
計測機器を身体につけてから、《メンタルコネクター》を頭にはめてベッドに横になる。
それから美代は、音声起動のためのコマンドを呟いた。
「――――メンタルダイブ・起動」