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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第四章 水の循環を操る魔法使いたち
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4‐18 解き放たれる円環(3)

 テウスが叫んでも、藍色の髪の少女レナリアは黒い竜から逃げようとはしなかった。むしろ黒い竜に対して、何かをしようとしている。

「あの馬鹿……!」

 あれほど力を蓄えておけと言ったはずだ。テウスたちが牽制している間に、魔の力を溜めておけと。細切れの力でこの竜はどうにかなるはずがない。

「テウス」

 決して大きくはないが、意志をはっきり持った声が後ろから聞こえてくる。テウスは立ち止まり、後ろを振り返った。長年従っていたアーシェルが首を横に振っている。

「落ち着きなさい。レナリアさんはおそらく黒い竜の特性に気づいたようよ。私もさっきの攻撃でわかった。だから今は見守っていて。でも状況が悪い方向に変わったら、すぐに加勢に出るわよ」

「……わかりました」

 了承の返事をしつつも、テウスは剣を握りしめて、内側から噴き出る想いを押さえ込んでいた。



 なぜ黒い竜の傷がなくなってしまったのか。そしてテウスの攻撃さえも、消えてしまったのか――。

 レナリアは当初そう疑問に思った。だが考えるべき観点が違うのではないかだろうか、という考えに変わっていた。

 黒い竜は自分が吐き出した氷の息がレナリアの氷の剣に吸収されていくのを見て、途中で口を閉じた。

 氷の剣は黒い竜の力も吸収したのか、細剣ではなく、さらにしっかりとした太さの剣へと変わっていた。レナリアが使い親しんだ、ブロードソードに似ている。それを片手で持ち、不敵な笑みを浮かべて黒い竜に剣先を突き刺した。

「もっと強力な氷の息でも吐いてみたら?」

 挑発するかのように言ったが、そこまで馬鹿ではなかったのか、黒い竜は少しだけ後退した。

 今度は羽根を動かして、風を起こしてきた。涼しいと思ったのも束の間、それは吹雪となって襲ってくる。だがレナリアの体に触れることなく、剣に吸い込まれていった。氷の剣は透明なものから青みがかったものに変化する。黒い竜はぱたりと羽根を動かすのをやめた。高度が徐々に下がっていく。視線の高さがレナリアに近づいた。

「あら、どうしたの?」

 黒い竜は体を屈めて、一気にレナリアに向けて突っ込んできた。レナリアは一瞬目を見張ったが、取り乱すことはせずに、剣先を前につきだした。黒い竜がレナリアに向けて頭を突っ込ませてくる。竜の頭が剣と当たった瞬間、黒い竜は動きを止めた。

 レナリアは軽く目を伏せた。

「やっぱり、そう言うことなのね……」

 推測だったものが、徐々に確証へと変わっていく。しかしそれは同時に衝撃的な事実も突きつけられるものだった。

「私の力ではこの黒い竜は倒せない……!」

 レナリアは歯を噛みしめる。そして足を一歩踏み出して、黒い竜に対して突きをした。軽くつついただけだが、竜は自ら後退していった。竜は離れると再び浮かび上がり、レナリアのことを上から見下ろしてくる。

「おい、レナリア、どういう意味だ!?」

 少し近づいていたテウスが叫ぶ。後ろにはレナリアと似たような顔つきをした、呆然とつったっているアーシェルがいた。

「倒せないって、お前の力が足りないのか?」

「違う。力は十分あると思う。でも、黒い竜が持っている力と私の力は同じものだから、互いに傷つけることはできない。むしろ癒してしまうのよ!」

「は? お前とあれが同じ力? 意味が分からないぞ!」

 困惑しているテウスの袖をアーシェルが軽く引っ張った。彼女はレナリアと視線を合わせてから口を開いた。

「あの黒い竜は魔の力でできている。そしてその影響を強く受けているのはレナリアさん。純粋な魔の力に対して、強い魔の力は対抗できない。プラスとプラスは跳ね返すと言えばわかるかしら? 逆も言えることで、レナリアさん自身の魔の力も強くなっているから、向こうからの攻撃も吸収している状態になっているわ」

「つまり攻撃を食らわないが、攻撃もきかないってことですよね。なら、どうやって倒せばいいんですか!」

「それは再検討しないと……。テウス、後ろ!」

 アーシェルが思いっきりテウスの腕を引っ張ると、彼はすぐさま振り返った。目の前から黒い竜が二人めがけて降りてくる。テウスはアーシェルをその場の地面にしゃがみ込ました。

 テウスは剣を振って牽制しようとしたが、黒い竜の勢いによって跳ね返された。まるでレナリアを傷つけられなくて、やけになっているようにも見える。竜は一度下がって、真横に移動した。

 第二撃がくる前に、レナリアは二人を取り囲むかのように氷の壁を作った。竜は動きを止める。そして高さを調節して、ちょうど壁に羽根が当たるように迫ってきた。羽根が壁の上部を切り取っていく。氷の壁の中では、アーシェルが短剣を手の甲に当てているときだった。

 彼女が手を軽く切ると、赤い血が浮かび上がった。その血を短剣に塗った。短剣がうっすら赤く染まっていく。

「レナリアさんの攻撃がきかないのなら、私がやります」

 剣に軽く口づけして、立ち上がった。そして襲いかかってくる竜に対し、赤い剣を投げつけた。それが黒い竜の頭に当たる。

「分解しなさい。我の声を持って、分解しなさい!」

 アーシェルが声高くして叫ぶ。すると黒い竜の羽根や尾などが端から傷がつき始めて、血が流れだした。

 しかしその現象が進んで間もなく、彼女は腰を屈めて、手で口を覆った。せき込むと同時に口から血が出てくる。

「もう魔法使いじゃないから、液体は操れない……か」

 悔しそうな表情で、その場で膝をつける

「アーシェル様!」

 テウスが傍に寄るが、彼女は片手を彼に向けて、待ったをかけた。

「私のことは気にしないで。次の手を考えて……」

 それだけ言うと、さらにせき込んでいった。

 テウスは触れるのをぐっと堪えて、体の端々が欠けている竜を見据えた。彼が両手で長剣を握りしめると、氷の剣の周りに氷の風が吹き込んでいく。見る見るうちに長剣は力を得て、強固なものにできあがった。それを持って黒い竜へと突っ込む。竜も待ちきれずに、彼の前に突っ込んでいった。

 一人と一体が衝突するところで、テウスは横に避け、黒い竜の脇に剣を入れ込んで表面を切っていった。先ほどよりも丈夫な剣を使っているからか、わき腹からは一本の線の血が流れ出ていった。

「テウスにも魔の力を操る才能がある……?」

 門番の竜とやり合っていたときは竜の気にやられていたが、いつしか潜在的には魔の力を抱けるようになっていたようだ。アーシェルと長年一緒にいたおかげだろう。

 テウスが剣で黒い竜の下半身まで切っ先をいれると、最後に思いっきり切り抜いた。竜の体内にある、黒くも青みがかった血が迸る。傷は回復することなく、血は滴り続けていた。黒い竜から悲鳴にも似た声があがる。

 一切りを与えられたテウスの口元には笑みが浮かんでいた。しかし肩で呼吸を続けており、非常に辛そうだった。無理に魔の力を行使したせいだ。

 黒い竜がばたつきだす。テウスは竜の間合いから離脱しようとした。だがその前に竜の尾がテウスを横から叩きつけるほうが先だった。ほとんど防御ができない状態であったテウスは、尾に叩かれた勢いのまま遠くに飛ばされた。

 地面に叩きつけられながら転がっていく。レナリアが渡した氷の剣を途中で落としながら、何度も転がった。ようやく止まったときには、テウスの体は激しく地面に打ち付けられており、まともに起きあがることはできなかった。

 ばたついていた黒い竜は、テウスが落とした氷の剣に傷の一部が触れる。するとその部分が塞がりだした。

「あの剣に私の力が残っているから、傷が癒えていく……?」

 レナリアは愕然とした表情で、傷が塞がっていくのを眺めていた。傷が塞がったのは一部だけだったが、思ったように攻めきれない状況になっているのは明らかだった。

 レナリアが魔の力を使えば、黒い竜に傷つけたとしても、すぐに傷が塞がってしまう。

 他の二人が攻撃を仕掛ければ、傷つけられることが可能かもしれない。

 だが、アーシェルは無理に強大な魔の力を使おうとしたため、血を吐いてしまった。テウスは黒い竜の攻撃をまともに食らってしまい、動けない状態にある。

 どうすればいいか考えあぐねていると、黒い竜が傷をかばいながらも、テウスやアーシェルのことを見ているのに気づいた。

「まさか、二人をさらに追いつめるつもり!?」

 アーシェルとテウスの攻撃は、レナリアほど威力はないが、確実に黒い竜を傷つけられる。その二人から先に始末しようというのか。

「待ちなさいよ、先に私をやればいいじゃない! あなたにとって忌むべきものは魔法使いでしょ!?」

 声を上げるが、黒い竜は決して耳を傾けようとはしなかった。

 手を握りしめて、黒い竜に駆け寄る。しかし見えない何かがレナリアが進む足を阻ませた。目を凝らしてみると、壁のようなものが見える。

「なによこれ。こんな芸当ができるの、あの二人のうちなら、一人しか――」

 膝を付けて、両手で胸を握りしめている少女がレナリアのことを見ている。彼女は静かに微笑んでいた。手は地面に触れている。

「命まで振り絞って、一矢報いるつもり?」

 成功するかわからない。無駄死にするかもしれない。それなのに彼女は魔の力を使おうとしていた。これ以上、彼女が傷つくのを見たくない。

 レナリアは握っていた手を開いた。自然と手に水分が集まってくる。それは小さな固まりとなり、氷の弾丸が六個現れた。

 銃を取り出し、あらかじめ装填していた銃弾を外していく。その代わりに氷の銃弾をすべてはめ込んだ。

 大きく息を吸い込み、息を吐き出す。荒ぶっていた気持ちが徐々に落ち着いてきた。そしてゆっくりと銃口を黒い竜に向ける。

「――こちらを見なさい、魔の固まり」

 決して大きな声ではなかったが、辺りは静かだったため、声はよく通った。アーシェルに爪を向けようとしていた黒い竜は、レナリアの方に体を向けてくる。

「一緒にいくなら、私といきましょう」

 まずは一発、腹に銃弾を叩き込む。続けて複数腹に撃ち、胸へと一発撃つ。そして最後に頭に向かって放つと、大きく口を開いた。


「――発動、解き放て、水の華!」


 着弾した箇所を中心として、次々と氷の華が咲いていく。咲く度に黒い竜は悲鳴をあげた。十分な傷を負ったあとに再生が始まろうとしたが、その前に他の箇所の華が咲く方が先だった。

 傷が癒される前に攻撃を加えていくという荒技で黒い竜を追い詰めていく。やがてすべての華が大輪を咲かせると、黒い竜は氷の結晶となった。全身にひびが入り、やがて粉々になっていく。風に流されるようにして、それは綺麗になくなってしまった。

 レナリアはにっと口元に笑みを浮かべる。その直後、体が何かに貫かれる感覚がするなり、口から血を吐き出した。

 口に手を当てると、真っ赤な血がべたりとついた。

「反動……? いや……違う。あの黒い竜は魔の力でできた。だからその影響が私にきた……」

 レナリアは顔を強張らせているテウスとアーシェルを垣間見た。

(覚悟していたことだから、そんな顔しないで)

 そしてぽつりと呟いた。

「ごめん、ありがとう……」

 レナリアは意識を失いながら、前のめりに倒れ込んだ。


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