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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第四章 水の循環を操る魔法使いたち
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4‐11 魔の力の奥底へ(1)

「扉を開く……ですか」

 アーシェルが目をぱちくりしているのを見て、レナリアは顔を古城の方に向けた。城の扉が固く閉ざされている。視線を元に戻すと、彼女は力強く頷いてくれた。

 レナリアはアーシェルの手を借りて立ち上がる。傍には傷だらけのテウスだけでなく、キストンの姿さえあった。

「どうしてキストンが?」

「アーシェルさんに着いてきた。まさか湖の底に行くことになるとは思ってもいなかったが」

 キストンはレナリアに近づき、声を潜めた。

「それよりも、どうしてあの二人と一緒に行動しているんだ? お前を殺そうとした奴だろう」

 カーンとベルーンのことをちらちら見ながら言ってくる。

 深紅の長い髪の女性はターリーのことを見下ろしていた。カーンが無言で縄を差し出すと、彼女は髪を軽く手で梳いてから縛り上げ始めた。

「……私たちの目的と二人の目的が同じだったからよ。水の循環を正したいという考えは一緒だった」

「循環を? アーシェルさんを襲ったあの二人がか?」

「魔の力を使う者にとって水の循環が乱れることは、死活問題なのよ。乱れてしまえば力の使い勝手が悪くなるもの。それにあの二人は乱れることは、国の危機に陥るとわかっている。だから自分たちで手がかりを探そうとしていたのよ。そこで私たちと出会ったわけ」

 レナリアとしては丁寧に答えたつもりだったが、キストンはあまりいい顔をしていなかった。だが横から援護がきた。

「色々と信用できないのはわかるが、能力は一流の人間たちだ。そこら辺はわきまえて行動しているだろう」

 地面に腰をつけたテウスは、眉をつり上げているルカに包帯で縛られていた。傷だらけだった全身が白い布で覆われている。彼はちらりと背後でぴくりとも動かない、合成獣(キメラ)の半魚人に目を向けた。合成獣を作り上げた人間が意識を失い、かつ、人間であれば致命傷に近い傷を負ったため、動かなくなったようだ。

 テウスは唇を軽く噛んでから、レナリアたちに顔を向けた。

「……なあ、レナリアやアーシェル様の力を使って、あれを本来あるべき姿に戻せないか?」

「あるべき姿?」

 レナリアが目を瞬かせていると、アーシェルがはっとした顔つきになった。

「テウス、いいところに目をつけたわね」

「合成獣の主成分は魔の力が充満している水と聞きました。それならばその水を分解なりすることで、解放できるのではないかと思いました」

 アーシェルはレナリアの手を軽くとった。

「レナリアさん、お疲れのところ申し訳ありません。少しだけ力を貸していただけますか? 私の力では確実にできるとは言い切れませんので」

「私でできることなら手伝う」

 そして二人は横になった半魚人のすぐ傍に寄った。アーシェルは半魚人の腕に軽く触れる。レナリアも同じようにして触った。まるで雪にさらされたかのように、とても冷たかった。

「水を分解するようなイメージをしてください。水が主体であれば、それで戻せるはずです」

 アーシェルに言われたとおり、レナリアは目を伏せた。水たまりから次々と粒子となって浮かび上がっていく姿を想像する。それに合わせるかのように、手に触れているものが粒子となっていくのを感じた。

 レナリアはうっすらと目を開ける。半魚人の全身が水の粒子に包まれていた。アーシェルに言われて手を引っ込めると、粒子となった半魚人が浮かび上がる。

「やはり合成獣の主成分は通常の生き物以上に水でしたか。これを利用すれば意図的に作られてしまった合成獣をすべて消すことが可能かもしれません」

 粒子は湖の底でもある、上へとのぼっていく。そして湖の底に当たると、湖に溶け込むかのように水の粒子は消えていった。

 レナリアは半魚人に触れていた手を眺めた。手のひらが若干濡れている。それはまるで合成獣の涙のようにも見えた。

 感傷に浸りそうになったが、レナリアは手を握りしめて立ち上がる。隣にいたアーシェルも同様にして立った。彼女が立ち上がったのを見届けてから、レナリアは城を固く閉ざしている扉の前まで迷いなく歩いていった。

 扉には鍵穴があり、レナリアは自分が持っていた鍵をもう一度そこに刺し込もうとしたが、やはり刺さらなかった。

 それを見ていたアーシェルは、自分の首からかけている紐に繋がれた鍵を取り出した。レナリアが持っている鍵と似ているが、鍵先の部分が若干違っていた。彼女はゆっくりと鍵穴に鍵を刺す。そこで引っかかりがないことを確かめると、そのまま奥まで差し込んだ。

 レナリアはアーシェルと視線を合わせた。そして口元を緩ませて鍵を回すと、かちゃりと音をたてて鍵は開いた。

 扉の取っ手を握り手前に引くと、扉はゆっくりと開いていく。まるで待ち構えていたかのように、手を離すと扉は勝手に開いていった。入り口の傍は大広間のようで、高い天井が広がっていた。

 レナリアが視線を上に向けたまま一歩踏みだそうとすると、アーシェルに手を掴まれた。彼女に引っ張られると、つられるかのように振り返る。きりっとした表情の少女が立っていた。

「中に何があるかわかりません。慎重に行きましょう」

「ご、ごめん……。見たことがない景色だったから、つい……」

「その気持ちはわかりますが……。今のレナリアさんだと、魔法使いの亡霊でも見たらついて行きそうです。だいぶ精神がそちらの方によりかかっていますね。――テウス」

「は、はい」

 すぐ傍にまで寄っていた青年は、アーシェルに呼びかけられると、一歩前に出た。

「レナリアさんのこと、きちんと見ていて」

「は?」

「え?」

 テウスとレナリアは同時に呆けた声をあげる。アーシェルは口元ににやりと笑みを浮かべた。

「何かあっても、テウスなら力づくで押さえつけられるでしょう? 随分と仲良くなったし、頼むわよ」

 テウスが拒否をしようとしたが、アーシェルは既に違う方向に目をむけていた。レナリアもそちらに目をむけると、腕を組んだ深紅の色の髪の女性と薄い白金色の髪の人物たちが立っていた。

 アーシェルはそっとレナリアに寄り、キストンと同じように声を潜めてくる。

「あの二人を連れていく気ですか?」

「お互いの共通の目的が、この城の中にあると思うからね。一緒に行こうとは思っている」

「私もキストンさんと同じであまりいい顔はしていませんよ。この城は見るからに貴重なお城だと思います。何かあったら……」

「建物壊したり、何かを盗んだり、そういう程度の低いことはしない人たちだって知っているでしょう。それに私たちを襲うメリットも何もない。ここに連れてきたのは私だもの。もし私がいなかったら、戻れる保証はない」

 アーシェルは逡巡してから、息を吐き出した。

「わかりましたよ。それでレナリアさん、この先には循環を正すための何かがあるんですよね? どういうものかはわかりますか?」

「それがわからないのよね……。アーシェルはわかる?」

「私もわかりません」

 お互いきっぱり言うと、くすっと笑い合った。はっきりとした明確な場所はわからないが、二人でいるならば、どうにかなるのではないかと思った。



 城の中に入った八人は、おおよそ二列で並びながら歩いていた。レナリアとアーシェルが先頭になって、奥へと進んでいる。珍しい光景に隅々まで調べたくもあったが、目的を達成するために寄り道は控えていた。

 城は全体的に古びており、埃も溜まっていたが、道が塞がっているという場所はなかったため、前進することができた。

 大きなシャンデリアや所々にある燭台や家具には埃が溜まっている。蜘蛛の巣も至る所に張られていた。床を踏みしめればいびつな音が聞こえてくる。穴が空いていないのが奇跡という状態かもしれない。

 レナリアは自分たちが生きている時代では見られないものが見れて、ついつい本来の目的を忘れそうになった。他の者たちも同様なのか、きょろきょろと辺りを見渡していた。

「凄いところだ……。考古学者でも連れてきたら、目の色変えて調べ始めるだろうな」

 キストンは燭台など、装飾が凝ったものを中心に眺めていた。

「たぶんここは過去にあった城が、湖の底で封印されたんじゃないかと思う……」

 廊下を抜けて大広間にでると、レナリアは天井を見上げた。食堂も兼ねていた広間だろうか、机が一本並んでいた。埃さえ見えなければ、さっきまで人がいたのではないかと錯覚してしまうほど、生活感が漂っていた。

 アーシェルも天井を眺めると、ぽつりと呟いた。

「まるで時が止まったみたいな場所ですね。時間の流れが感じられない……。あと水の循環も地上よりも遅い気がする」

「遅い?」

 レナリアが首を傾げていると、ベルーンが腕を前に伸ばした。思わず身構えたが、彼女の手からは小さな水の固まりが出てきただけだった。それは手から離れると、ゆっくりと上昇していく。

「本当に遅すぎるわね。止まっていないだけ、いいと思った方がいいのかしら。止まっていたら、私たちの身にもさらに危険なことが起きるかもしれないわ」

 その時、レナリアの後ろで何かが崩れ落ちる音がした。慌てて振り返ると、倒れたキストンが胸の辺りを握りしめていた。顔色がどんどん悪くなっていく。

「ちょっと大丈夫!?」

 さらにルカまでその場で膝を付けた。額には汗が浮かんできている。

「ルカまで? どうして!」

「魔の力への耐性の程度によると思うわ」

 腕を組んでいたベルーンが二人を見下ろしていた。よく見れば、アーシェルと同行していたトラスという男性の顔色もいいとは言い難かった。

「レナリアとアーシェル様の耐性は魔法使いであるから、説明しなくてもわかるでしょう。私も魔術師、カーンも耐性に対してそれなりに鍛えている剣士、そしてそこの男はレナリアから力を分け与えてもらったから、まだ異変は起きていない」

 アーシェルが軽く目を見張って、テウスに顔をむけた。彼は軽く頷いて、レナリアが力を込めた石を見せる。それを見たアーシェルは少しだけ視線を反らした。

「レナリアさんの力は受け入れられたの。それは良かったわ……」

 視線をベルーンに戻した彼女は、奥に続くドアを見つめた。

「先に行くほど、耐性がない者は次々と脱落していくという感じかしら」

「そうだと思いますよ。最後までたどり着けるかどうかは、この地にある魔の力の程度によるかと。……さて、レナリア、これからどうする?」

 キストンの背中をさすっていたレナリアは、少しだけ考えた後、彼の頭を軽く叩いた。

「……三人をここに置いて、先に進む」

 眼鏡をかけた少年が目を丸くした。自由に体が動ければ、今にも襟首を持たれそうだ。

「これ以上奥にいって、三人の身に何かがあったら困る。ここなら休められるし、調子が戻ったら、外に出てもらってもいい」

「レナリア、僕は……!」

「あのね、世の中気持ちだけでどうにもならない場合があるの。今は私たちのためにもここで休んでいて」

 きっぱりと言い切ると、キストンは目の上に腕を乗せて、歯をぎりっと噛みしめていた。

 ルカが心配そうな表情でアーシェルのことを見てくる。アーシェルはにこりと微笑んだ。

「大丈夫よ。レナリアさんとテウスがいるもの。心配しないで」

 気にかけているのは、ベルーンとカーンの存在だろう。しかしそれを振り払うかのように、言い切った。

 レナリアは立ち上がり、腰をつけた三人を眺める。合成獣といった直接的な敵がいなくても、気は緩められなさそうだ。


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