4‐9 古城の前での共闘(4)
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揺れ動く汽車にてテウスが初めてレナリアの戦いを見たとき、一瞬呆気にとられた覚えがある。同じ護衛仲間でもある、ルカと行動したときも驚いたが、それ以上に鮮やかな所業に目を奪われてしまったのだ。
流れるような動き、適切な箇所への攻撃――。
隙なく動くために、それらは必要な動きではあったが、一朝夜で得られるものではない。彼女を鍛えた師匠は、おそらく手練れだと思った。
最近は慣れない魔の力を扱いきれず、それによって動きにも迷いがあった。しかし要領を飲み込んだのか、今回の半魚人やターリーとの戦闘でもよく動けていると思った。
だからそこまで気を回さずに、目の前にいる半魚人との戦闘に集中することができていた。それにはレナリアの魔の力を含んだ石のおかげもあるだろう。効果は絶大であり、比較的楽に接近することができた。
半魚人は淡々と襲ってくるだけで、力は強いがそれらの攻撃を適切に防げば、耐え凌ぐことができた。横から時折加勢に出てくれているカーンと力を合わせれば、倒すのも時間の問題だと思った。
だが銛と交じり合わせている剣を握りしめる感触が、僅かにだが重くなっているように感じた。相手は力をかけているようには見えない。ならばテウスが感じにくい、魔の力だろうか。
銛をはね飛ばして、カーンの横にまで後退する。金髪の青年はテウスの動きを見て、僅かに目を動かした。
「察したか。魔の力が妙な動きをし始めている。慣れていないテウスはあまり近づきすぎない方がいい。魔の力は一般人にとっては毒も同然だ」
「毒だと?」
「ああ。だが安心しろ。お前がかつて同行していた娘は、それを考慮してお前には魔の力を触れさせないようにしていたからな」
「そうか……」
感嘆の声を漏らすが、余韻まで浸ることはなかった。
半魚人の動きがぴたりと止まった。二人は反射的に防御態勢をとる。半魚人の周りに四つの水の固まりが生まれると、それらから鉄砲のように水が放たれた。二人はとっさに後ろに下がる。二人がいた場所の地面に水鉄砲が当たると、地面を抉り、深い穴となった。
テウスは息を飲んだ。
「当たったらひとたまりもないな。防ぐよりも、よける方が優先か」
水鉄砲の軌道を見極めながら、テウスは前にでる。半魚人の視線がこちらに向けられる。感じた殺気から避けるかのように、横に飛び退く。ほぼ同時に地面を抉るほどの威力の水鉄砲が発射される。それらから必死に逃げ始める。
水鉄砲が顔のすぐ横を通過すれば頬にかすり傷ができあがり、足下を抉られれば足下がもたついてしまった。追い打ちをかけるかのように、続いて水鉄砲を放ってくる。普段の癖で、跳ね返すために剣を振り上げたが、金髪の青年に止められた。
「やめろ! 剣を無駄にしたいのか!?」
びくりと反応し、テウスは腰を屈めて水鉄砲をどうにか避けた。ぎりっと歯を噛みしめる。
水の球の召喚は、ある程度前兆があった。しかしこの水鉄砲はまるで生きているかのように、次々と放たれる。
絶え間なく撃ち続けているものが有限ならば、弾切れを待つのが常套手段だ。だが水という無限にも近いものが弾となっている今、弾切れはあまり期待はできない。
テウスは後退しながら、カーンに近づく。
「何かいい案はあるか」
「合成獣の源は魔の力と言われている。魔の力を切らすことができれば、勝機はあるだろう。だがベルーンが能力的に認めている男が作った合成獣だ。切らすには相当体力を削らないといけない」
「それかその男自身を潰せば、合成獣も潰れるか?」
カーンは僅かに間を置いてから、首を横に振った。
「あれだけ自立している合成獣だ。頭を叩いただけで終わるやつじゃない」
その合成獣でもある半魚人が水鉄砲を二人の間に撃ってきたので、二人で左右に分かれるかのようにして避けた。
今度はカーンが先行し、半魚人の攻撃をかわして何度も剣を打ち付けていく。鱗を叩くだけで何も変化がないと思っていたが、かすかにだが半魚人から黒い粒子のようなものがでている気がした。
(なんだ、あれは……)
不可思議な現象を垣間見て、テウスはさらにじっくり見ようとして、目を細める。はっきりと言葉にできないが、何かがでている気がした。
(あれを出し続けたらどうなる? もしかしてあれがいわゆる魔じゃないか?)
テウスは口を閉じて剣を握りしめ直す。そして大股で一気に詰め寄った。
カーンと入れ替わるようにして、テウスは意図的に半魚人の体を切るのではなく、叩いていった。黒いものが僅かに出て行く気がした。水鉄砲や銛による突きをかわして、半魚人の腹を思いっきり蹴った。半魚人はたたらを踏んで下がっていく。
その隙をついて、カーンが剣で貫いた。その勢いで半魚人はその場で倒れる。カーンが半魚人にまたがり、上から剣を突き刺そうとする。
テウスも続こうとした矢先、半魚人が光に包まれた。それに触れたカーンは弾けるようにして飛ばされた。
カーンは天高く打ち上げられ、やがて落下し始める。金髪の青年は受け身の態勢をとって、落ちていった。彼は何枚かの薄い膜を壊しながら、激しい音を立てて地面に落ちた。
「こいつ、まさか結界まで張ってくるとは……」
カーンはうめき声をあげながら起き上がる。あれだけ高いところから落下したが、大きな怪我をした様子には見えない動きだ。視線に気づいたカーンは軽く説明をしてくれる。
「水の膜を作って衝撃を和らげた。だがもう同じ手は使えない。魔の力がほとんど残っていないからな」
剣を杖代わりにしながらゆっくりと立ち上がる。さすがに衝撃があったのか、やっとの思いで立っていた。
「合成獣と言っているが、人の血の方が色濃く反映されている」
「……人、か」
ぽつりと呟きながら、テウスは起きあがった半魚人を眺める。
銛を使った間合いの取り方、魔の力の使い方など、たしかに知能がなければできない行為だ。今までテウスたちが相手をしていた合成獣と同等のものとは見なしてはいけないだろう。
「おい、お前」
剣を握りなおして、テウスは真っ直ぐ近づく。半魚人はぎろりと睨みつけてきた。
「そんな姿になってまで、なぜ生きたい?」
半魚人はうなり声をあげる。人の言葉は話せないのだろうか。
それでも諦めずに言葉を続ける。
「合成獣は自然界でも作られることもあるが、大半が人の手によるものだ。死にかけた人間を元に作られることが多い。……死を覚悟したはずの人間が、なぜここまでして生きる? それはお前にとって望んでいることなのか?」
テウスはどんどん近づいていく。カーンが声をかけて止めようとするが、それには応えず歩いていった。半魚人は銛を地面に突き刺し、テウスを見据える。その威圧にも似た態度を見て、圧倒されそうになった。
しかしそれに負けるなと言わんばかりに、胸ポケットに入っている石が熱を帯びた。これに力を入れた彼女に強く背中を押されている気分だ。
目の前にいる半魚人は、人間として死してもなお、この地に居続けたいと思っている。
テウスが自分の信念を持って、意地でも生きていたいと思うときは――。そう考えた瞬間、銀髪の柔らかな笑みを浮かべる少女と、きりっとした表情の藍色の髪の少女が脳内を交錯した。
「……もしかして護りたい人でもいるのか?」
半魚人から発していた殺気が一瞬止まった。それを感じたテウスは確信する。剣を握りしめて、さらに近づいた。
「なあ、お前にとって護りたい人間は、あのターリーにいいように使われていると知ったら、どう思う? お前ほどの人間なら、昔は相当強かったはずだろ?」
半魚人の口がゆっくり開く。獣のようなうなり声が漏れ出てきた。だが耳を澄ますと人の声にも聞こえた気がした。人としての自我が蘇っているのだろうか。それならばあと一押しだ。
テウスは半魚人のすぐ目の前で立ち止まり、力強い声で叫んだ。
「お前はどうしてここにいる。合成獣になっても、己を貫いているやつらはたくさんいる。お前も本性を出してみろ!」
半魚人の顔がテウスに向けられる。その顔には怒りの表情が垣間見えた。
『お前に……』
振り絞った口から、殺気が鋭いものに変わっていく。テウスははっとした表情になり、剣を中段に持ち上げた。
『……お前に何がわかる!』
半魚人が視界から消える。テウスは息を大きく吐き出して、すぐ目の前にきた半魚人からの銛の突きを受け止めた。半魚人の目は血走っている。重い突きがテウスのことを押しだそうとしてきた。
『そうだ、お前の言うとおり、俺は護りたかった人間がいた。だがな、俺が戻ってきた時には既に遅かった。焼かれて荒れ果てた村に残っていたのは、辱められた人間の亡骸。それを見た瞬間、お前はどうする!?』
テウスはごくりと唾を飲み込む。半魚人の力が増し、足が踏ん張れず下がり始める。
それがしばらく続き、ふと銛が一度離れる。すると今度はテウスの左脇めがけて、銛を振ってきた。テウスは剣を立てて、脇でくい止めた。
「――後悔ばっかりしてんじゃねぇよ」
思ったことをそのまま吐き捨てるように言う。
「そんな光景見たら、俺も荒れ狂うだろうな。後悔もするだろうな。だが何をしても、死んだ人間は戻らない。お前がいくら合成獣になって生きながらえて、殺した人間を討ったとしても、誰も帰ってこないんだよ!」
半魚人が一瞬たじろいだ。テウスはそれを見逃さずに、銛をはねのけ、こちらから剣を振って迫っていく。半魚人からの周囲から魔の力も感じたが、それが表面化することなく、気配は消えていった。水鉄砲を作り出せないほど、明らかに動揺しているようだ。果敢に攻めていくと、半魚人の鱗が見る見るうちに傷ついていく。体自体にも影響が及んでいるようだ。
しかし半魚人もここで終わることはなく、テウスの剣をしっかり受け止めると、軸をずらして突きを入れてきた。
腕をかすられつつも、攻撃によってすぐ傍にきていた銛の柄を握り、半魚人を一気に引き寄せた。そして半魚人の腹を力任せに蹴り飛ばす。半魚人は手から銛が離れ、体だけ飛ばされ、背中を激しく地面を打ち付けていった。
テウスは銛を投げ捨てて、地面を踏みしめながら近寄っていく。
「俺はお前のようにはならない。絶対に守り抜いてやる」
すぐ傍に近づくと、剣先を半魚人の首に当てる。しかしすぐには行動に移せなかった。
合成獣ならば何でも切ってきた。アーシェルやレナリアを護るために切ってきた。
しかしさっきまで会話を繰り広げていた相手だと思うと、なぜか動きが止まってしまったのだ。
動かないでいると、半魚人がふっと表情を崩したように思えた。
『甘いな。それで誰かを護れると、本当に思っているのか?』
「テウス、油断するな!」
半魚人とカーンの声が同時に聞こえてくる。テウスは我に戻り、半歩下がった。今いた場所の地面から銛が飛び出てきた。新たな銛の出現にテウスは目を丸くしつつ、半魚人が手にする前に弾き飛ばす。
「油断……か。まったくだ。俺が殺されたら誰も護れないな」
自分に対して戒めるかのようにして、言葉を吐露する。半魚人が立ち上がり、テウスを見下ろしてきた。テウスに切られた部分は回復しておらず、生々しい血が流れ出ている。
『中途半端な覚悟では私にはかなわない。それでもやるのか』
「ああ。お前がいたら、あいつが安心して寝られないからな」
『そうか……。わかった』
半魚人は右手を横に突きだした。その手に合うようにして、銛が現れる。
「さあ、今度こそ決着を――」
「レナリア!」
つんざくようなベルーンの声が耳に飛び込んでくる。テウスと半魚人がそちらの方に振り返ると、レナリアの体に細長い氷の針が貫いたときだった。