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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第四章 水の循環を操る魔法使いたち
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4‐8 古城の前での共闘(3)

 ベルーンの加勢に行こうとしたレナリアだったが、二人の戦闘には近づくことすら困難だった。ベルーンとターリーは己の魔の力を見せつけるかのように、力を使いまわしている。

 一方が氷の槍や剣などを作って投げつければ、他方は強力な盾を作って防ぐ。さらに隙を見て反撃しているという具合だ。

 時にはターリーがベルーンを含めた周辺を一気に凍結させようとしていたが、彼の魔の力が発動する前にベルーンは薄い水の膜を作って、攻撃を防いでいた。

 魔術師同士の鮮やかすぎる攻防を見ていて、レナリアが付け入る隙はないように思われた。しかしベルーンの方が腰をやや曲げているのが気になった。目を凝らして見ると、彼女の太股から血が流れ出ていたのだ。

「よくその状態で魔術が使えているな。このまま使い続ければ、さらに出血は激しくなるぞ」

 ターリーが氷の粒軽々と作り出す。その粒ははじめ丸状のものだったが、やがて鋭く尖ったものに変わっていく。数秒後には複数個できあがっていった。

 ベルーンが腕を前に伸ばし、自らを護るために水の膜を作ろうとしたが、途中で顔をひきつらせた。彼女の左太股に細い針のようなものが突き刺さっていたのだ。

「目の前に見えるものにしか対処できないなんて三流がすることだ。能力的には悪くなかったが――ここで終わりだ」

 ターリーが大きく手を振り上げると、尖った先端がベルーンに対してすべて向けられた。彼女の目が大きく見開かれる。レナリアは無我夢中で駆け寄りながら叫んだ。

「――させない! 絶対に死なせない!」

 尖った氷がベルーンに向かって一斉に動くのと同時に、薄くも固い氷の壁が彼女の周りを覆った。尖った氷はそれに突き刺さると、見る見るうちに吸収されていった。

 ターリーが舌打ちをし、忌々しい表情でレナリアのことを見てくる。

「異分子が。やることまで(ことわり)を崩す気か」

 睨まれたレナリアは立ち止まり、息を呑みつつも見返した。

「理?」

「氷が氷に吸収されるなんてあり得ない。水が水を吸収するのは可能だがな。お前が魔の力を使う度に、循環が狂っていくのがわからないのか?」

 あざ笑うかのように言ってくる。レナリアは口を閉じて、じっと耐えた。

 自分の力が水の循環にどこまで影響を与えているのかは、正直言ってわからない。

 アーシェルなど魔法使いから直々に教えを受けた者であれば、循環に対して最小限の影響で済む力の使い方を学び、今もそういう風に力を使っているかもしれない。しかしレナリアは魔の力に関しては決して慣れているとは言えず、循環に対して余計な負荷をかけている場合があった。

 ターリーの言葉を受け止めて手を握りしめていると、横から凛とした女性の声が聞こえてきた。

「何を言っているのかしら、ターリー。大規模な力を使う方が、よっぽど循環という理を崩しているわ。たとえ魔の力の扱いが不慣れであっても、この子には素質があるから大丈夫なのよ」

 ベルーンは一歩前に踏み出て、小さく笑みを浮かべた。

「水を扱うのにもっとも必要なのは――水に愛されているかどうか。ターリーは水の恩恵を受けたことはあるかしら? レナリアはあるでしょう、カーンと出会ったときやピュアフリーカンパニーのときなど」

 その二つの出来事を言われ、レナリアはあっと声を漏らした。カーンと出会い、逃げるのも困難になったと思われたとき、雨のおかげで魔の力を増強することで逃げることができた。

 ピュアフリーカンパニーでも、雨模様のおかげで、ロイスタンに対して異常なまでの魔の力を見せつけられたと思われる。

 今まで何度も殺されかけ、窮地に陥った。しかしどれもが水や雨に助けられて難を逃れたのである。

 レナリアは視線を上に向けた。湖の底にいるため雨の恩恵は受けられない。しかし湖との境目には水がある。そこにある水がまるで細かな粒子になって、レナリアに降り注いでくる感覚に陥った。

 目を瞑り、水の存在を空気や肌で感じていく。その水がレナリアに向けて囁いてきた。

『自分の得意な手で攻めるべきだ。純粋な魔の力の扱いだけをみれば、あの男には勝てない』

 事実を言われたレナリアは、反論することなく頷いた。

 ターリーが苦手としていて、レナリアが得意していること。それは――己の体術と剣の技術だ。

 鞘に入れていた剣をゆっくり引き抜く。先端をターリーに向けると、彼はふっと鼻で笑った。

「そんななまくらの剣で何ができる? すぐにへし折ってやる!」

 ターリーの言葉とともに、氷の固まりは五本の矢になり、勢いよくレナリアに向かって飛んでいった。体を捻りながらレナリアは攻撃から避ける。それでも避けきれないものは剣で弾き飛ばそうとした。

 だが剣の峰に当たった矢は弾かれることなく、むしろ剣に吸着してしまった。それが見る見るうちに食い込んでいく。ある程度まで入り込むと、矢は剣を真っ二つにへし折った。レナリアの表情が一瞬固まった。

 それを見たターリーは高々と笑う。

「剣なんてその程度のものだ。氷の方がよほど頑丈にできている!」

「――その通り、氷は頑丈よ」

 レナリアはくすりと笑みを浮かべて、ターリーを見据えた。

「ありがとう、折る手間が省けた」

「省けただと? そんな戯れ言をいう余裕はあるのか!?」

 ターリーは右腕を真っ直ぐ上に突き上げる。すると彼の周りにあった丸みを帯びていた氷の塊は、全体に棘が生えた状態に変化した。

「消えろ、異分子」

 腕を振り下ろすと、棘が生えた氷はレナリアの体めがけて飛んでいった。

「レナリア!」

 下がっていたベルーンが焦ったような声を出す。レナリアは胸の前で二つに折れた剣を両手で握りしめた。そして軽く目を閉じる。

 周囲に漂っていた水の粒子が、レナリアの周りに急速に集まってくる。同時に他の粒子が勢いよく迫ってくるのを感じた。それらが粉々になるイメージを浮かべる。そして小さくもはっきり呟いた。

「粒子よ、この剣に集まれ――」

 レナリアが目を開けた瞬間、襲ってきた粒子がいっせいに弾けた。弾けた水は一度は周囲に飛び散ったが、すぐにレナリアが持っている折れた剣先に集まってきた。それらが長細いものを形作っていく。そして甲高い音とともに水は氷となり、剣は折れる前と遜色のない形になった。

「私の水まで吸収した氷の剣だと? 勝手に人の水まで捕るとは、盗人か!」

「水はすべての人間に等しく与えられているもの。誰のものでもない!」

 ターリーが太い氷の槍を生み出すと、レナリアの胴体に向かって投げつけた。レナリアはそれを避けずに、氷の剣で叩ききった。いとも簡単に真っ二つに切れる。そして二つに分かれた槍は一瞬にして水の粒子となって消えてしまった。

 ターリーの眉間にしわが寄る。今まで小馬鹿にしていた彼が初めて見せた表情だ。

「何をした。氷の槍がこんなにも簡単に切れるわけないだろう」

「それくらいの原理、わからないの? 本当に戦場で駆け抜けていた魔術師?」

 わざと挑発するかのような言い方をする。ターリーはむっとしながらも、多数の棘のついた氷の固まりを生み出し、レナリアに向かって放った。

 レナリアはその場でくるりと回って、剣で風を起こす。風を受け粒たちは動きを止めた。そして僅かに振動した後に、粉々に砕け散った。ターリーは今度こそ呆然と立ち尽くす。

「いったい何を……」

「水を水で影響を与えただけ。水を含んだ物体を挑んできても、無駄よ」

「水の粒子の中で振動を起こしたか。異分子が、そこまでしてくるとはな」

 ターリーはぎりっと歯を噛みしめた。

 レナリアは水の粒子に促されながら感覚で動いているため、はっきり言葉にすることができなかったが、男の言葉を聞いてすんなり納得した。

 氷でできた剣を振ることで、空気中に漂う水の粒子同士に連鎖的な影響を与えあう。結果として連鎖された氷を破壊することができた。いわゆる共鳴の一つと捉えていいだろう。だから風を起こしただけでも、連鎖反応を起こすことができたのだ。

 レナリアは剣を握りなおしながら、ターリーに近づく。男は歯を噛みしめて下がりだした。

「殺すつもりか」

「どうして私が貴方を殺さなければならないの。この場から離れてもらって、二度と私の目の前に現れなければそれでいい」

「異分子のくせに、威勢のいいことを言うのだな。俺がここで易々と引き下がると思うか?」

 ターリーが足を止めると、レナリアの足下に氷が張り始め、驚く間もなく足元が凍ってしまった。途端に男の顔が大きく歪む。

「馬鹿か! 戦場で隙を見せるのは命取りだ。己の馬鹿さ加減を呪え!」

 男は大量の棘の突いた氷を生み出す。それらが四方からレナリアに襲いかかった。

 レナリアは目を大きく見開く。だがそれ以上は驚くこともせず、息を大きく吸った。そしてゆっくりと吐き出す。すると速度を増してレナリアに飛びかかろうとしていた氷の動きが鈍くなった。

「……水は大気の中で循環する。水、氷、水蒸気と」

 魔術師に成り立てのときに叩き込まれた事実を呟く。レナリアの動きを止めていた氷と、周囲から襲いかかろうとしていた氷にヒビが入った。同時にレナリアの胸元にある、大切に思っていた人間から贈られたペンダントに熱が帯びる。

「その循環を司るのは人間でも誰もない――自然よ。私たち魔の力を扱う者はほんの少しだけその力を借りて、水の循環を動かしているだけ。自分が水を操れるなんて思い上がりもいいところよ!」

 声を大にして叫ぶと、氷たちが一斉に粉々になった。氷の欠片は地面に落ちることなく、湖の上へと消えていった。

 ターリーはその場で立ち尽くす。自分の魔の力で作った氷が、一瞬で消えたことに対して衝撃を受けているのかもしれない。

 レナリアは一歩踏み出す。しかしその途端、激しい目眩に襲われた。一瞬足下がよろけるが、気持ちを入れて立ち続けた。弱みを見せまいとしたが、ターリーはしっかり見ていた。

「異分子でも人の子か」

 彼は短剣を抜いて近寄ってくる。レナリアは氷でできた剣の先端を突きつけた。だが少しずつ溶けだしていた。

「慣れない魔の力を使ったみたいだな。それに魔の力への耐性も著しく弱まっているようだ」

 ターリーは左腕を横に真っ直ぐ伸ばす。

「あの剣士は異分子の男か? 間もなく殺されるぞ」

「え……?」

 眉をひそめていたレナリアは、次の瞬間すぐ傍で鈍い音を聞いた。目線をゆっくり下げる。左太股に後ろから鋭い氷の槍が突きだしていたのだ。

「弱まっていても、さすがに心臓付近は水の膜が張ってあるか。まあ腿でも十分な怪我は負わせることはできるがな」

 魔の力が弱まり意識をそらしたところで、防御が薄そうな場所を貫いてきた。つくづく油断ならない男である。レナリアは痛みを堪えながら立っていたが、やがて膝をついた。両手を地面について、血が広がっていく服をみる。

「最期に一つだけもう一度言おう。――戦場では隙を見せないことだ」

「レナリア!」

 ベルーンの悲痛な声が飛び込んできた瞬間、レナリアの体は氷の針で貫かれた。

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