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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第四章 水の循環を操る魔法使いたち
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4‐7 古城の前での共闘(2)

 不甲斐ないと思ったのは、いつ以来だろうか――。


 テウスがアーシェルと行動している時は、彼女から魔の使い手同士の戦いには手を出さないようにと言われていた。実際、彼女はテウスが出会ったころには既にある程度魔の力を使いこなせていたため、こちらから進んで手を出すことなく事を納めていたのである。

 魔の力というのは、一般人が触れればかなり脅威になる存在。テウスが接触しないよう、アーシェルなりに気を使ってくれたのだ。

 半魚人の合成獣(キメラ)の銛と剣を合わせている際、それの体に魔の力がほとばしったのに気づいた。危険を察知し、剣を引っ込めようとしたが、その前に体が飛ばされてしまった。

 目を見開いているレナリアを軽く見ながら、テウスは奥へと飛ばされ、体を地面に打ち付けた。

「かはっ……!」

 強い衝撃を受け、思わず声が漏れる。背中から伝わる痛さが全身を伝わっていった。

「くそ……」

 手を握りしめながら両手を使ってどうにか体を起こす。テウスが見た先には、レナリアを背に追いやり、カーンが半魚人の銛を剣で受け止めている姿があった。彼も魔の力の影響を受けているはずだが、顔色をほとんど変えることなく、淡々と繰り出される攻撃をさばいていた。日頃から魔の力に対しても鍛えているのだろうか。純粋な剣の使い手にしては、受ける影響が少ないように見えた。

 彼らの戦闘の様子を見ながら、テウスは己の無力さに打ちひしがれる。

 今まで自分は銀髪の少女を護っていると思っていた。しかし本当に護られていたのはテウス自身だった。魔の力を使いあう相手になると、いつも下がらされている。それはテウスが攻めていっても、何もできないと少女はわかっていたからだ。

 だが、今はアーシェルとではなく、レナリアと共に行動をしている。今の護るべき対象は魔の力を操り切れていない少女だ。

 レナリアはカーンたちの戦闘を目で追っている。意識がそちらに向いているため、不意打ちに放ってきたターリーの魔術に反応するのが遅れた。彼女ははっとした顔つきになる。

 先に気づいたテウスがレナリアに駆け寄り、背中から覆い被さるようにして伏せた。真上に人の頭ほどの氷の固まりが飛んでいった。

 攻撃を外したターリーは舌打ちをしつつ、ベルーンに視線を戻す。

 しばらくテウスが彼らの様子を注視していると、下から声が響いてきた。

「テウス、もう大丈夫なら離れて」

 レナリアが必死に出ようとしている。テウスは周囲に目を向け、飛び火が来ないことを確認してから起きあがった。

「すまない、重かったか」

「いいえ。とっさにかばってくれなかったら今頃少なくとも意識は飛んでいた。ありがとう」

 髪を軽くすきながら、レナリアは半魚人とターリーの二組の攻防を交互に見ていた。テウスの顔も自然とそちらに向く。どちらの戦闘も一見して五分に見えた。しかし顔つきをよく見れば、こちら側の方が険しかった。

 カーンは平静な様子で半魚人と対峙しているかに見えたが、いつもより動きに切れがない。ベルーンもひょうひょうとしているように見えて、攻撃をかわしきれておらず、手傷を負っていた。

「相手の方が上手か……」

「そうね。とにかくどうにかしないと。……テウスはここで待っていて」

「……は?」

 テウスが一瞬間を置いてレナリアを見ると、彼女がすっと立ち上がっているときだった。彼女はウェストポーチから銃を取り出している。それをすぐに使えるように、ベルトと服の間に差し込んでいた。

「……半魚人をどうにか凍らして、ベルーンに加勢に行ってくる」

「そんなこと、できるのかよ」

「わからない。でもここで何もしないよりは、何かが起きるかもしれないでしょう」

 カーンが半魚人に押されたのを見て、レナリアは身構え、そして駆け出そうとした。彼女の背中が視界から小さくなる前に、テウスはとっさにその肩を握った。飛び出そうとしていた少女はつんのめりそうになる。

「何するのよ、テウス!」

「あの半魚人は俺がやる。お前はすぐにでもベルーンに加勢しろ」

「何を言っているの。あの合成獣も魔の力を抱いている。何の抵抗力もないテウスが相手をしても足手まといになるだけ!」

 図星を突かれ、言葉が詰まる。鋭い視線がテウスに突き刺さってきた。

 ふと、彼女の空色の瞳を見て、ポケットの中に入っているあるものの存在を思い出した。左のズボンのポケットに手をつっこみ、角張った空色の石を取り出す。

「それは?」

「アーシェル様がくれた石だ。魔の力を含んでいるものらしい。お守り代わりにこれをくれた。これにさらに力が加われば、俺でも魔の力を抱いている相手にも対応できるんじゃないか? 反発するというか……」

 テウスはレナリアの前に石を乗せた手を差し出した。

「だからこれにお前の魔の力を入れて欲しい」

「私の? そんなこと急に言われても……」

 レナリアは戸惑いながら視線を下げていく。テウスは彼女の視線が下がりきる前に、両肩を握った。

「お前ならできる。魔の力を明らかに少しずつ使いこなせているだろう? いつもの威勢の良さはどこにいった? レナリア!」

 揺れ動いていたレナリアの目が止まり、テウスと真っすぐ突き当たった。空色の瞳に力が入り、徐々に決意に満ちた目つきになっていく。そして彼女は手を伸ばそうとしたが、直前で止まった。

「……もし、失敗したら……」

「その時はどうにかするさ」

 レナリアの手を引いて、石を握らせた。彼女は口もとを引き締め、両手で石を握った。石は熱を帯びはじめ、少しずつ濃い青色に変化していく。やがて石の全面が青に染まると、ばちっと大きな音をたてた。

 青に染められた石をレナリアはテウスの手におそるおそる乗せる。乗せた途端、手が若干焼け焦げた気がしたが、テウスは石をぎゅっと握りしめた。

「なんとなくだが、さっきの石とは違う気がする」

 レナリアは肩の荷が下りたような表情になる。

「そう、よかった……。たぶん力を含ませることに成功したと思う。でも無意識のうちに手に負担がかかっていると思うから、戦闘が終わったら早めに手放すことをお勧めする」

「わかった。ありがとな」

「気をつけて。私もベルーンに加勢してくる」

「お前は命を狙われている身だ。くれぐれも気をつけろよ」

 レナリアはしっかり頷いた。そして彼から離れて、ベルーンの方に駆け寄っていった。

 テウスは石を胸ポケットに入れて、カーンと半魚人らに目を向けた。

 半魚人が銛を槍のように振っていく。カーンはそれをかわしながら、下がっていった。半魚人が一気に接近したところで、カーンに向かって銛を振り落とす。彼はその攻撃を避けてから反撃を試みようとした。しかし半魚人は振り落とした銛を途中で止めて、前に向かって突きを入れた。それがカーンの頬をかすっていく。ギリギリのところでかわして、少し後退して間を取った。

 いつしか二人の周りにはうっすらと冷気が漂っていた。その冷気によってカーンの動きが若干鈍る。逆に半魚人がより速くなった。その隙に間合いを詰められ、カーンの左腕を銛が抉っていった。その攻撃を終えると、冷気は消えてしまった。

「あれはいわゆる魔の力か? それによって二人の動きに違いが生じたのか? なら、あの冷気を発生するタイミングには気を付けないとな。だが、どういうきっかけで発生するんだ……?」

 しかし探ろうとしている間にも、カーンが劣勢状況にあるのは明らかだった。怪我を負ったためか、彼の足さばきが見る見るうちに悪くなる。半魚人に詰められては傷をつけられていった。

 テウスは悪態を吐き、カーンの加勢にいった。彼の右横から滑り込むようにして、剣を振りかぶる。同じく攻めようとしていたカーンはとっさに下がった。

 半魚人の銛とテウスの剣が交じり合う。僅かに冷気がテウスを感じる。何かに押される感じはしたが、先ほどのように吹き飛ばされるまではしなかった。

 先ほどとは違い攻撃に耐えているテウスを見て、半魚人の顔つきがやや険しくなった。そして今度は魔の力ではなく、力任せに押そうとしてきた。

 テウスは力の入れ具合を変えながら銛の上に剣を滑らせ、踏み込んだ。その勢いのまま半魚人の体を切り上げる。だが手応えはなく、表面をかするだけだった。

 半魚人は踏み込んできてテウスに対し、銛を握っていない手を振り上げる。鋭い鉤爪がテウスの顔を狙ってきた。跳ねるようにして後退する。

「おい、無茶はするな。そこら辺にいる合成獣と同じように扱うな! 油断すればすぐに首が飛ぶぞ!」

 己の腕を止血しながらカーンは叫ぶ。

 テウスは視線を向けずに乱暴に言い返した。

「わかっている! だが攻めないと突破口ができないだろう!」

「そいつは頭も回る。お前の浅い考えなんかお見通しだ。大人しく下がって俺が指示を出すまで待っていろ」

「じゃあ、お前はどういう考えで動くつもりだ。受け身のままだといつか体力が切れて、やられるぞ!」

 言われたカーンが悔しそうな顔をしている。それを垣間見つつ、迫ってきた半魚人の銛と剣を交じり合わせた。半魚人の顔つきは淡々としており、人を刺したり傷つけても、いっさい顔色を変えないような様子だった。

 この半魚人は合成獣キメラと言っていた。つまり魚と二足歩行ができる何かと掛け合わせたことになるだろう。魚は種類に詳しくないためわからないが、この合成獣のもう一つのもとは――人間だ。

 おそらくターリーとどこかで関係があった人間だろう。この合成獣を作ったのは、あれほど能力がある彼で間違いないと思われるからだ。

 ふと、ベルーンたちの方に視線を向けると、彼女とターリーが激しい攻防を繰り広げているのが見えた。

 力と力が衝突し、水しぶきが発生する。その水をすかさず利用し、ベルーンは反撃の氷の槍を作り、ターリーに投げつけていた。

 しかし彼は的確に水をかき集めて氷の盾を作り、攻撃を遮る。それでは終わらず、盾の裏から小さなナイフを多数投げつけ、むしろ攻撃に転じていた。それがベルーンの腿をかすっていった。

 ターリーの防御から攻撃への転換が鮮やかだ。相手が敵でなければ、勉強になる攻撃の仕方だった。

 戦場は生半可な気持ちだけでは生きていけない。国境沿いの戦闘は、かなり激しいと聞いている。その場にいた人間であれば、彼があのベルーンを圧倒するのも納得できる。

 目の前にいる半魚人も、ターリーと同じような道を歩んできた者かもしれない。戦場で生死の境目にいるときに、ターリーが手を加えて合成獣にしたものだろうか。

 そう考えると、戦闘の経験差が圧倒的にある相手に真正面から突っ込んでも、勝てる見込みはなかった。

 では勝つためには、この相手になくてテウスたちにあるものを駆使する必要があった。

 テウスは銛を受けながらひたすらに考える。不意にくる蹴りやひっかきもどうにかかわしていく。

 魔の力や攻撃力などを比べても、おそらくかなわない。

 違うことといえば、カーンとテウスという、二人の人間がいることくらいだろうか。

 銛を勢いよく跳ね返し、テウスは半魚人のすぐ脇に踏み込む。そして横から剣を勢いよく振る。

 その瞬間、少しだけレナリアに力をもらった石に意識を向けた。魔の力が手に集まる感覚に陥る。そして半魚人の鱗に剣が触れるなり、わずかに光を発した。すると剣が鱗にはっきりと食い込んだ。どす黒い色の液体が漏れ出る。

 テウスは目を丸くした。半魚人の目もわずかに揺らいだ。それを見たテウスはさらに踏み込もうとすると、半魚人の方から離れていった。

「何だ……?」

 さっきまでは鱗の堅さに守られ、傷つけることすら困難だった。しかしあの石を考えた瞬間、剣先に何かの力が宿った気がしたのだ。

「もしかしてレナリアの魔の力がこの半魚人を包んでいる魔の力が勝っているおかげか……?」

 優れた魔術師であるターリーと、力はまだないが魔法使いになりかけているレナリア。今は力の差はあるとはいえ、潜在的な能力が差となり、この場に現れているのかもしれない。

 石が入っている胸ポケットに軽く触れる。仄かにだが熱を帯びている気がした。突破口はうっすら見えてきた。あとは半魚人を逃さずに、どう攻撃を加えるかだ。

 横にまで歩み寄ってきたカーンと視線を合わせると、構えなおした半魚人を睨みつけた。


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