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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第四章 水の循環を操る魔法使いたち
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4‐6 古城の前での共闘(1)

 ** *



 湖の底にあった古城の扉の前でレナリアは立ち尽くしていた。

 手元にある鍵が扉を開けるものだと思って来たが、それは違った。何度も差しては回すの行為を繰り返すが、まったく意味をなさなかった。

 この鍵は何を開けるものなのだろうか、という疑問が浮かび上がってくる。同時にこのままでは先に進めないという、絶望感にも浸っていた。

 レナリアは鍵を握りしめて、扉の隅々まで目でおう。扉は主に木材でできているようだ。細部に金属の部分もあるが、ほとんどが木材であるならば、この扉を力によって強硬突破することができるかもしれない。

 扉に手を触れようとすると、唐突に電撃のようなものが走った。レナリアは慌てて手を離す。眉間にしわを寄せて扉を眺めた。

「鍵を通じて扉に触れたときは、こんなことなかったのに……。もしかして無理矢理叩き割ろうとすると、反動がくる?」

 再度、扉に指で触れるが、同じように軽く痛みが走った。指先にはうっすらと赤い血がにじみ出る。悔しそうな表情で一歩下がった。

 考えがまとまらない。自分に対してふがいなさを抱きながら、横になっているテウスたちのもとに寄った。目が覚めたのか、三人はぼんやりとした表情で見上げている。

「ここが湖の底なのか?」

 起きあがったテウスは目を瞬かせている。カーンも呆けたような表情だ。ベルーンも目を丸くしていたが、突然立ち上がって、上を食い入るように見ていた。

「何か来るわ。半魚人かしら。ここまで追ってくるなんて嫌なやつらね」

 レナリアは剣を抜いて握りしめる。

「気配が二つしかない。二体ならさっきみたく逃げるという選択肢だけにはならない」

「そうかしら。数が少ないからといって、こちらが有利とは限らないわ。……殺気が強い」

 ベルーンが的確に指摘をすると、鋭い槍のようなものが真上から一本落ちてきた。レナリアは間一髪のところでそれを避ける。降ってきたものが地面に突き刺さると、そこから霧が発生した。

 共に話していたテウスやベルーン、カーンたちの姿が霧によって、見えなくなる。

「三人とも!」

 必死に叫ぶが、まるで霧は壁のような働きをし、あっという間に声すら聞こえなくなってしまった。

 周囲に目を光らせながら見渡していると、斜め右前から足音が聞こえてきた。落ち着きを払った足音に対し、レナリアは鋭い視線を向けた。

 飛んできた槍のようなものを反射的に剣で弾き飛ばす。手がびりびりと痺れた。すでに額に汗をかき、心臓の動きが速くなっている。

「――世界の異分子はいるだけで危機が陥る。一刻も早く排除しなければ」

 淡々とした口調と意味深な言葉を聞き、レナリアは歯をぎりっと噛みしめた。

 二つの黒い影が霧の中に浮かび上がる。再度飛んできた槍をかわして、それらを睨みつけた。色素の薄い銀髪の男と、彼よりも一回り大きい半魚人が現れる。半魚人の皮膚は先ほどの戦闘で見たものよりも、さらに重厚で堅そうだった。男は忌々しいものでも見たような目つきで、レナリアを見ていた。

「ここはお前がいてはならない場所だ。今、地上で何が起きていると思う?」

 彼はレナリアのことを軽く手で拱いてきた。

「知りたいのなら、こちらに来い」

「罠だと思って、わざわざ行く人間がどこにいるのよ。それで誘っているつもり? 貴方、女性に対して優しく接したことないでしょう。そんな言いぐさじゃ誰も誘えないわよ」

 ふっと笑みをこぼすと、男の眉間に血管が浮かび上がった。

「誘う気など頭からない。ここで消えろ!」

 男がレナリアに対してまっすぐ指を突き刺すと、半魚人が一気に詰め寄ってきた。半魚人に振り下ろされた銛をレナリアは両手で握ったブロードソードで受け止める。しかし力に押され、剣が己の右肩に触れかかった。

「その勢いのまま女を切れ!」

 男の容赦のない言葉と共に、半魚人の力はさらに強くなり、レナリアの肩に剣が食い込んだ。

「痛っ……!」

 接近戦では到底かなわない。一刻も早く下がりたかったが、半魚人は決して逃さないという意味合いを込めて力をいれてくる。剣がさらに食い込んでいき、うめき声が漏れた。

 だが突然、半魚人がその場から飛び退いた。瞬間レナリアの目の前に横から氷の壁がたっていった。

「え……?」

 左手で血が出てくる右肩を押さえていると、後ろから誰かによって両腕を押さえられた。顔を上げると、黒い髪の青年が見下ろしている。

「すまん、お前のことを一瞬見失って。怪我は?」

「止血をすれば動けるとは思う。今の氷の壁は、ベルーン?」

 テウスは躊躇いつつも頷く。やがて霧が徐々に晴れてきた。

「いったいどこの魔術師かしら。いきなり視界を遮らせるなんて失礼なことね」

 霧が晴れ、ベルーンの顔が見えてくる。彼女が男の顔を確認すると、目を大きく見開いた。

「もしかしてターリー?」

 半魚人が横に移動した男はベルーンを見て、同じく驚きを露わにしている。

「まさかベルーンか? なぜここにお前がいる。お前は死んだことになっているだろう!」

 激情したターリーの感情に動かされるかのようにして、彼の周囲の空気が水蒸気から氷の粒になった。それが次々とベルーンに飛んでいく。だが彼女が腕を振ると、あっという間に粒は地面に落ちた。

「そうね、死んだことにしてもらったわ。皆、恐れをなして私を殺そうとしたもの。私の方こそ貴方が生きているのには驚いたわ。国境に派遣されて行方知れずとは聞いたけれど……?」

「ああ。兄の代わりに隣国との争いに追いやられたが、馬鹿らしくなって、その場から去った。それからこの馬鹿げた世界を正すために、色々と調べていくうちに、異分子の存在に気づいた」

 ターリーの視線がレナリアに突き刺さる。テウスはそれを遮るかのように前に出ようとしたが、レナリアはそれを制した。

 腕を組んだベルーンはうろんげな目でターリーを見る。

「異分子? この女が? たしかに立場としては複雑だけど、異分子とまで言うかしら」

「魔法使いの可能性がある人間はどれも異分子だろう!」

 激昂と共にレナリアの真上に氷の槍が現れ、それらが降ってきた。テウスは顔をひきつらせるが、レナリアは慌てずに手を頭上に上げた。そして小さく呟く。

「散れ――」

 すると氷の槍は一瞬にして粉々になった。二人に触れる前に、風に吹かれて消えていった。

 レナリアは自分の腕を下げて、胸の前で手を握りしめる。だいぶ魔の力を楽に扱えるようになった気がした。

 ベルーンはターリーから視線を逸らさずに、レナリアへ聞いてくる。

「この人がレナリアを狙っている人間? また面倒な人間に目を付けられたわね」

「ベルーンは知っているの?」

「……ええ。争ったこともある、隣村の魔術師よ。兄弟ともになかなかの魔の使い手だったわ。時として敵同士だったけど、似たような立場だったから少し話したことがあるのよ。彼のお兄さんはたしか防衛省の人間だったから、調べれば多少はわかるはず」

「防衛省の魔術師ってことは、最前線で戦っていた人?」

「おそらく」

 北東の国境付近では、今は膠着状態が続いているが、レナリアが入省する前までは激しい戦闘状態にあったと言われている。その当時に防衛省に身を置く魔術師であったならば、多くの人間がその戦いに身を投じているはずだ。魔術師の活躍で犠牲はそれなりに抑えられたが、決してゼロではなかった。

「お兄さんの代わりってことは、途中でお兄さんの身に何か――」

「そもそも兄はそんな馬鹿らしい争いには参加していない。力の循環を正すために、六年前魔法使いの元に会いに行った。結果として殺されたが」

 その言葉を聞いたレナリアとテウスは耳を疑った。二人の記憶が確かならば六年前の魔法使いはアーシェルのはずだ。そして偶然なのかファーラデも六年前にアーシェルと会い、何かがあって亡くなっている。

 ベルーンは話を掻い摘みながら、ふうんと相づちを打った。

「話が掴めてきたわ。ターリーのお兄さんが魔法使いに殺されたから、魔の力が強くて不安定なレナリアを異分子と定めたのね。この子が誰かを殺すかと思って」

「そういう風に捉えてくれても構わない。魔の力が不安定なだけでも、そいつは危険だ。爆弾を抱えているようなものだからな。だから私はここでお前を排除する」

「……ターリー、私が貴方を相手にすると言ったら?」

「ベルーン、お前がか?」

「ええ。貴方とは本気でやりあったことがないもの。一度くらい本気でやってみたいわ」

「わかった。俺もお前とはやってみたかった。それならば異分子の排除は私の最高傑作の合成獣キメラにやってもらう」

 半魚人が詰め寄ってきた。テウスがレナリアのことを押しやって、剣で銛を受け止める。レナリアと違い、力に負けることなく、膠着状態に持っていった。

 レナリアからすれば体格的にも力を考えても不利な相手だったため、テウスが前線に出てくれて助かった。しかし周囲の気温が下がるなり、テウスは半魚人に押され、あっという間にレナリアの後ろの方に飛ばされてしまった。

 半魚人の周りには薄い膜がかかっているようにも見える。魔の力でできた何かだろうか。魔の力に対して耐性のないテウスには接触することも厳しくなってしまった。

 レナリアは手をウェストポーチに触れた。しかし数舜考えたのちに、そこから銃を出すことなく、握っていた剣を半魚人に向けた。

(銃弾を放ったとしても、避けられたら意味がない。数は限られている。慎重に使うタイミングを見定めないと……)

 意識を剣の先端に向ける。先端から徐々に凍り付きだした。半魚人が一気に間合いを詰めてきたところで、牽制をかけるかのように剣を振る。剣先から氷のつぶてが発生し、それらが半魚人の体を叩いていった。しかし鱗は堅く、小さなくぼみができただけだった。

 半魚人は胸を軽く見てから、さらに詰め寄るために踏み込もうとしてきた。レナリアが剣に力を込めようとしたが、その前に金髪の青年が横切った。彼は無表情のまま剣と銛のつばぜり合いを始める。

 半魚人から冷気が漏れ出たのに気づいたレナリアはすぐに構えたが、カーンはテウスのように飛ばされることはなかった。

「何を呆けている。ベルーンと一緒に行動している俺が魔の力に対して耐性がないわけないだろう」

「たしかに……」

「ここから下がって、さっさとこいつの止めを刺す方法を考えていろ。残念だが俺の力でこいつの息の根を止める方法は思いつかない」

 つばぜり合いを意図的に外したカーンは、半魚人の肩から腰にかけて一線を入れた。しかし表面をえぐっただけで、致命傷にはほど遠い。

 魔の力を全面的に使うしか、この場面で突破できる方法はなさそうだ。レナリアはぎゅっと手を握りしめて、半魚人とカーンの様子を伺いながら先の行動を考え始めた。

 


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