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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第四章 水の循環を操る魔法使いたち
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4‐5 引き寄せられる地(5)

「なんだ、この冷気は……?」

 テウスが呟くのと同時くらいに、さらに急激に温度が下がった。やがて半魚人は完全に凍り付いた。

 カーンは半魚人に近づき、剣の峰を使って頭から叩く。すると半魚人の全身にひびが入り、一瞬にして粉々になった。目を丸くするカーンに続き、テウスも自分が相手をしていた一体を叩く。カーンも残りの凍った半魚人を叩いた。同じように粉砕される。

 ベルーンは軽く魔の力を半魚人に与えると、すべてが粉々になり、風に乗って氷の粉は消えていった。その光景を見上げながら彼女は呟く。

「この力は限りなく魔法に近い……」

 視界から氷の粉が消えるのを見届けるなり、背後にあった湖から水しぶきがあがった。テウスがとっさに振り返ると、湖面にレナリアが顔を突き出しているのが見えた。息を付く間もなく湖に近くに寄り、手を伸ばす。彼女は必死に呼吸をしながら、手を伸ばした。テウスは自分の手よりも小さな少女の手を握りしめると、一気に引き寄せた。そして岸からレナリアを引き上げる。

 岸によじ登ったレナリアはテウスの体に寄りかかるようにして、倒れ込んだ。彼女の背中を軽く叩く。

「こんなに長時間潜っていて、よく無事だったな」

「詳しいことはあとで話す。……さっき私を襲った水の固まりを操っているやつは?」

「犯人は半魚人だった。そいつは今さっきよくわからないが凍り付けされて、粉々になった」

「凍りづけ?」

 レナリアが体をあげて、目を丸くする。その際、自分の態勢に気づくなり、すぐにテウスから離れた。レナリアが視線を逸らして、髪を耳にかけていると、背後から黒髪の女性が寄ってきた。

「……レナリア、貴女魔法を使って、半魚人を凍り漬けにしたの?」

 ベルーンがおそるおそる尋ねてくる。レナリアは顔を上げて、眉をひそめた。

「どうして魔術ではなく、魔法と言い切るの? 私はただ、私を襲った奴はきっとテウスたちを襲うと思ったから、何とかしたいと思ってここまで上がってきただけよ」

「生き物を構成する物質には、たしかに水も含まれている。けれどその大半は血液や水分を含んだ肉などで、純粋な水ではない。それにも関わらず今の半魚人たちは凍り漬けになった。これから考えると、今の行為は水ではなく液分を操れる人間が凍らせたと考えるのが妥当なのよ」

「だからどうして私が魔法を使うって事になるの。私は――」

「漏れ出ている気配から、私が気づかないと思っていた?」

 腕を組んだベルーンはあからさまに溜息を吐いた。レナリアのすぐ傍にまで近寄ると、上から見下ろしてきた。

「だからその程度の魔術師だって思われるのよ。……本当に、どうして私が魔法使いになれないのよ……。力が欲しい私に……」

「ベルーン……?」

 レナリアが彼女の名を呟くと、彼女はさっと背を向けた。それから数歩前に進む。彼女は少しだけ顔を空に向けてから、こちらに振り返ってきた。

「さて、レナリア、湖の底からよく戻って来られたわね」

 レナリアは間を置いてから、テウス、ベルーン、カーンを次々と見た。

「信じてもらえないと思うけど、この湖の底には城があった。その周りだけ空気があって、そこで息ができた。だから無事に戻ってこられた」

「湖の底に城が沈んでいたわけ?」

「沈んでいるというよりも、陸地にあったものがそっくり湖の底にあったと言った方が正しいかもしれない」

 レナリアとしては言葉を選んでいるようだが、テウスとしてはぴんっとこなかった。

 彼女の言い分から推測すると、湖の底に空気が存在する部分があるのだろうか。しかも城を包むほどの。現実問題、それはあり得ない。レナリアが夢見を語っているのではないかと疑ってしまう。しかしテウスが見つめる先にいる少女の表情は、嘘をついているように見えなかった。

 ベルーンが湖の方に歩み寄っていく。そして湖を見下ろしていたが、すぐに顔を上げた。彼女の表情は険しい。

「……レナリア、貴女はいったいどんな奴に付きまとわれているの」

 やや頬をひきつらせながら、ベルーンが顔を向けてくる。レナリアもはっとして、表情を堅くした。カーンが剣を握り直すときに、テウスも周囲から浴びられる視線に気づいた。

 湖の周りをざっと見渡す。森の奥には赤い光がいくつもあった。それらが森から出てくると、浴びせられる殺気が一気に全身を突き刺してきた。あの半魚人が湖を取り囲むようにして現れたのだ。数にして十、いや二十体はいるだろう。

 四人は背中を合わせるかのようにして立った。一方で半魚人の手には水の固まりが現れていた。

「あれが一斉に投げられたら、たまったものじゃないわ! 私の力でも守りきれるかわからない」

「俺も同感だ。すべて捌ききれる自信はない」

「森の中にでも逃げた方が早いんじゃないか?」

 ベルーン、カーン、テウスが次々と意見を述べていく。しかし紺色の髪の少女だけは、それに続かなかった。手を口元に軽く当ててから呟く。

「……逃げるのなら湖の中に逃げよう。下手に森に逃げても、その間に攻撃される可能性がある」

 テウスだけでなく、他の二人もレナリアの言葉には疑った。彼女は至って真剣な表情だ。

「本気か」

 一言だけ尋ねると、彼女はしっかり頷いた。テウスは共に行動していたベルーンとカーンをちら見する。二人は訝しげな表情をしていた。

 しかし悩んでいる時間はなかった。半魚人の手にある水の固まりが人の顔ほどになる。それを投げつけられようとした瞬間、テウスはレナリアと視線を一瞬合わせてから湖の中に飛び込んだ。ベルーンとカーンも続いて潜る。水面に目を向ければ、大量の水の固まりが通過していくときだった。

 四人は息を止めながら、湖の底へと潜っていく。レナリアが先導だって潜っていった。

 薄暗い太陽の光が徐々に弱くなっていく。ベルーンが片手で口を押さえて潜っていく。カーンの表情も苦しそうになっていた。先を泳ぐレナリアは無心に潜っていくが、徐々に眉をひそめていった。

 レナリアの様子も気になり、テウスが彼女の体の横に移動しようとした直前、湖の底が渦を巻き始めた。四人は抵抗することもできずに、渦に巻き込まれていく。その激しさにより、必死に閉じていた口は開かれ、テウスの口に水が入っていった。そして為す術もなくテウスの意識は途切れた。



 湖の中を潜っていき、途中で渦に襲われて意識が途切れたレナリアたち。次に目を開けた時には、四人は草の上で横になっていた。レナリアは起き上がって、他の三人の様子を眺める。最初に目覚めたのはレナリアだったようで、三人は未だに目を閉じたままだった。

 髪や服がしっとり濡れている。髪などを軽く絞りながら立ち上がる。視線を上げれば、空と思われる部分は水のようにうねっていた。

 体を動かし、背後にある古びた城に向ける。建物自体は年代物であり、依然として苔や草で覆われていた。城門に目が向いたレナリアは、服に水が含んだ状態で近づく。

 やがて城の目の前までくると、正面にそびえ立つ扉をじっくり眺めた。扉には文字らしきもので模様が描かれている。古代文字らしく、レナリアにはその場で読むことはできなかった。

 しかし次の瞬間、文字が唐突に浮かび上がった。文字はレナリアの頭上をくるくると回る。次第に文字が変化していき、レナリアでも読める現代語になった。

「……ようこそ魔の使い手よ。真実の扉を開く者は、この扉を開けることは容易だろう。さあ、今こそ扉を開けよ――。……どういう意味?」

 首を傾げて、扉の中心にある鍵穴を見る。普通の鍵穴だ。レナリアは首からかけていた鍵を取り出す。廃坑で受け取った鍵を手に取り、それを鍵穴に突っ込んだ。

 だが奥まで入り込む前に、途中で止まってしまった。試しに回そうとするが、空回りするばかりだ。

「この鍵では開かない……?」

 レナリアは愕然として、その場で立ち尽くした。



 * * *



「……浮かび上がってこない。どういうことだ?」

 湖を見下ろしている男は酷く眉をひそませていた。彼の周りには半魚人が集まっている。半魚人らは勝手に互いに喧嘩を始めるものもいたが、だいたいが男の様子を見ているようだった。まるで男を主と見なしているようだ。

 男は地面に膝を付け、手を伸ばして湖に触れた。すると男の眉が軽く跳ね上がった。

「そういうことか。魔の力に守られているのか、あの女は。忌々しい……」

 ぎりっと奥歯を噛みしめる。それから男は背後にいた半魚人を見渡した。

「お前らの魔の力だと、ここに入るのは難しい。この湖には弱い合成獣(キメラ)は通さない、いわば結界が張られているからな。……というわけだ、合成獣だが、限りなく生きているものに近いのに変わってもらおう」

 男は右手を突き出し、手のひらを広げて目を閉じた。すると徐々に男の手が光り輝き出す。その光は半魚人に乗り移り、半魚人たちの全身は光に包まれた。やがてその光は一つに集まると、二本足で立つ何かを形作りだした。



 * * *



「レナリアさん?」

 少女は風になびかれる銀髪を抑えながら顔を上げた。ちょうど乗っていた馬から降り、川の近くで休憩をしている時だった。

「アーシェルさん、レナリアがどうかしたのですか?」

 馬の頭を撫でていたキストンが首を傾げている。彼の視線に気づいたトラスとルカもこちらに顔を向けてきた。

 アーシェルは何でもないと言った風に首を横に振りたかった。しかし感じた違和感は拭えない。

「……この近くにレナリアさんがいる気がします」

「え?」

「ですが、すぐに消えたと言いますか……」

 アーシェルが東に向けて指をさす。それから三人に視線を向けると、皆同意するかのように頷いてくれた。

 トラスとルカが馬の手綱を引っ張って歩き出す。アーシェルが先頭になって森の中に入っていった。

 四人は汽車で移動して駅で降りた後、一晩休んでから馬に乗って移動していた。宿で休んでいる時に激しい雨が降り、雷雨も轟いた。翌日出発できるか心配したが、朝には雨は小降りになってくれた。

 それから小さな村で休みつつ、今に至っている。もう少しで目的の場所である城にたどり着くはずだった。しかしいくら進んでも、城の姿は見えてこない。そんな中でアーシェルは、ふと感じたレナリアの気配に引かれてしまったのだ。

 なぜレナリアの気配が、という疑問はなかった。次代の魔法使いの可能性があるレナリアならば、水の循環を正す場に来てもおかしくない。

 森を出ると、大きな湖が広がっていた。円形の湖は穏やかで、風が吹くと小さくはためくくらいだった。

 湖に近づき、水に手を触れる。冷たさの中にも温かさも感じた。

「……この湖、ただの湖じゃない」

 アーシェルが呟くと、同じように手を触れていたキストンは慌てて手を離した。

「どういうことですか、アーシェル様」

 ルカは周囲を警戒しながら聞いてくる。同じように水に手を触れたトラスは眉をひそめた。

「なるほど、アーシェルちゃんの言う通りだ」

「わかりますか? 平たく言うと水の循環がおかしい気がするのです。この湖の中に何かがあるような気がしてならない……」

 アーシェルは再び右手を湖の中に突っ込む。指先だけでなく手首まで入れると、急に手が湖の中に引っ張られた。息を呑んだ時には、アーシェルの体は湖の中に吸い込まれていった。抵抗することもできずに、右手が湖の底に向かって引っ張られていく。何かに握られている感触はあるが、その姿は見えなかった。

 息が徐々に苦しくなっていく。アーシェルは唾を飲み込むと、魔の力を使って自らの体を湖の奥へ押していった。息が続く間に底にある何かを見たい。その一心で太陽の光から遠ざかる底へと潜っていった。

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