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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第四章 水の循環を操る魔法使いたち
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4‐1 引き寄せられる地(1)

 ソウルス村で記憶を取り戻し、今後進むべき場所について情報を得たアーシェルは、南での作業を手早く終わらせると、すぐさまハーベルク都市に戻っていた。古城がどこにあるか検討がつかなかったためである。青輪(あおりん)会が身を寄せている隠れ家に戻り、デーリックに古城のことを言うと、一日置いて回答が出された。

「小さな古城なら、東の方にいくつか残っているかもしれない。東は自治意識が強いから、壊すに壊せなかった場所もあるだろう。……歴史ある建造物、敢えて壊さなくてもいいとは、私は思うがな」

 国の東部地域の地図を広げて、いくつか円を描いていく。

「水に関係する城があるとするなら、おそらく湖か川が近くにあるのではないかと思う。となると、ここら辺が有力だろう」

 東側でも大きな湖が含まれている円を指で示した。

「今も存在しているかはわからないが、ここには実際に城があったという記録がある。マロッカ町まで汽車で行き、それから徒歩か馬で移動になる。森の中を進めば、動物たちが襲ってくるかもしれない。一緒に行く人間は慎重に決めた方がいいだろう」

 アーシェルは後ろにいる人間をちらりと見た。視線があった少年は小刻みに首を縦に振っていた。他にも軽く頷いている人たちが見える。

 危険な道中になるのは、薄々予想していた。国の中でも、東側の水環境が一番悪くなっている。そんな状況下でも適切に動き、立ち回れる人間がいいだろう。

 アーシェルは逡巡した結果、口をはっきり開いた。

「わかりました。同行者は――」



「ア……ではなくルシェさん、よかったら、これをどうぞ」

「ありがとうございます。……これは何ですか、キストンさん?」

 偽名で呼ばれたアーシェルは、キストンから手渡された黒色の球状の物をまじまじと見た。片手で握れる程度の大きさである。

「僕が護身用で持っているものです。何かあったらこれを投げれば、多少は時間稼ぎになると思います」

「なるほど。では有り難くいただきますね」

 汽車に揺られながら、アーシェルは肩掛け鞄にその球をしまった。技術屋であるキストンが薦める品なのだ、効果もそれなりに自信があるのだろう。

 揺られる車内はまばらにしか人は座っていなかった。駅に到着する度に人が降りていく。アーシェルたちの貸し切り車両になるのも近くないだろう。

 車室のドアが開くと、短髪の女性がきびきびとした動きで寄ってきた。彼女はアーシェルと視線が合うなり、表情を緩めた。

「お待たせしました。汽車の予定ですが、次の駅には夕方に到着するそうなので、そこで一時的に降りることになるようです。ちなみに他の車両も似たような人の入り具合ですね。マロッカ町には明後日には到着する予定です」

「ルカ、ありがとう」

 礼を言われた女性は、にっこりと微笑んでから、アーシェルとキストンが座っている隣のボックス席に腰をかけた。そこには屈強な体つきのトラスも座っていた。

「とにかく無事に目的地に到着することを願いましょう。この線路はいくつか橋を通ると聞いています。途中で橋が流されたという話になれば、状況は一転しますからね」

 車窓を通じて東を見れば、あまり雲行きが良くなさそうな天気が広がっている。天気が読めなくなっているという話は周知の事実だったが、さらに酷くなっているようだ。

 線路の上を走る音が、一度激しくがたんといった。それから少し騒がしい音をたてて、汽車は進んでいく。鉄橋に差し掛かったようだ。揺れる汽車の中で耐えるために、アーシェルは椅子の手すりを掴んだ。すぐ真下には大きな川が流れている。上流で雨が降っているのか、濁った水が流れていた。

 橋を越えると車両内の空気が多少和らいだ。一同は態勢を元に戻す。するとルカが若干前のめりになった。

「……あの、ルシェ様。今回、なぜテウスを連れて行かないのでしょうか? これから行く地は先日のようにただ村や町を訪れればいいというわけではありません。様々なものに遭遇する可能性があります」

「そうね。たしかにテウスの戦力はとても頼もしいわ。でもいつ帰ってくるかわからない彼を頼るのはどうかしら。今は時間が惜しい。トラスさんも協力的なのだから、戦力としては申し分ないわ」

 トラスは剣の扱いなどで比べれば、テウスとも引けをとらない。魔の力もアーシェルがうまく操れれば、さらに力を引き出すことができ、テウスよりも頼りがいのある人間となる。

 今までトラスが青輪会の協力に懐疑的だったのは、自身の力をうまく抑えられないからだ。それが払拭できるのならば、いくらでも協力すると言ってくれたのである。

 視線をトラスに向けると、彼は首を縦に振った。アーシェルも頷き返す。

「しばらくテウスは休暇扱いよ。彼のことは戻ってくるまでは置いておきましょう」

「……わかりました。ルシェ様、デーリックが言っていたように、無茶なことはしすぎないでくださいよ」

 それは首都から旅立つときに、何度もいわれた言葉だった。

 皆にはアーシェルが隙間の魔法使いだということは伝えていない。今の魔法使いであるのは間違いないからだ。下手に言って、皆を混乱させたくなかった。

 万が一が何かあっても――、レナリアに魔法使いの力を譲渡できるのならば、それでいいとも薄っすらと思っていた。



 * * *



「テウス、もう私に着いてこなくても大丈夫よ。アーシェルの元に戻ったら?」

 水たまりの上を軽やかに馬を走らせながら、レナリアは前を走る青年に向かって声をかけた。彼は間髪置かずに言葉を返してくる。

「魔の力を抑えられるコツを掴んだとはいえ、お前はまだ不安定な存在だろう。それに往路で出会った男が気になる。また狙われる可能性がある」

「……あの戦闘で相手をした合成獣キメラの正体、わかっていたの、テウスは」

「ああ。今まで合成獣は何回か切ってきた。その経験を踏まえれば、野生のものとそうでないものの区別はだいたいできる」

 目の前に大きな水たまりがあったので、軽く助走をつけて飛び越えた。レナリアは引き続き馬を走らせながら、そっとテウスの背から視線を逸らした。

 廃坑内の奥で現れた双頭の合成獣と触手の合成獣、あれらはおそらく人の手によって作られたものだ。戦闘時は無我夢中だったためそこまで思考が回らなかったが、よくよく考えれば、あれらが自然にできたものとは考えにくかった。

「どうして狙われなければならないのよ。魔の力が強いってだけで」

「すべての国民が魔法使いの存在を求めているとは限らない。自由自在に水を操れる存在を疎ましく思う人間もいるだろう」

「かつては水環省が保護していたけど、今はただの個人だものね……。面白く思わない人もいるってわけか」

 だがあの男からはさらに上をいく殺気を感じた。魔の力が強い者に対して個人的に深い恨みがあるのかもしれない。

 今も後をつけられていないことを願いながら、馬を走らせ続けた。



 鍵を受け取り、廃坑から抜け出したレナリア、テウス、ウェルズの三人は、合成獣や動物たちに襲われることなく脱出することができた。奥にいたあの女性が廃坑内にいた生き物たちを大人しくさせたのかもしれない。

 廃坑の外に出ると雨が降っていた。雨に追い立てられるようにして、急ぎ足でその場から離れる。ウェルズは手負いのため、テウスが彼をかばいながら移動せざるを得なかった。雨のおかげか幸いにも襲ってくる生き物はいなかったため、余計な戦闘をせずにゴスラル村まで戻ることができた。

 その後、ゴスラル村で休息をし、次なる場所をおおかた探し当ててから、レナリアたちは村を出発していた。方角としては首都の東側だ。まずは汽車が通っている、最寄りの駅に向かっていた。

「首都に乗り換えるとなると手間もお金もかかるから、また一時的に馬で移動するよ」

 そう言うと、テウスは首を縦に振っていた。

 汽車は首都から東西南北にでている。しかし首都は小高い丘の上にあるため、そこを上り下りするために時間と割増料金がかかっているのだ。仮に違う方角の汽車に乗りたい人間で馬を扱えるのならば、馬で丘の周りを走らせた方が早いと言われている。

 馬を下りて南北を往復する汽車に乗り込むと、レナリアは少しだけだが落ち着くことができた。馬を走らせるのは苦手ではないが、普段からしている行為ではないため、余計に疲れやすい。

 汽車に揺られながらレナリアは水筒を縦にして水を飲んだ。水筒から口を離すと、むすっとした表情のテウスが真正面から見ていた。

「起きているから、少しは寝ていろ。先は長い。どうせ満足に寝れていないんだろう?」

「……ばれてた?」

「夜中にうなされていれば嫌でも気づく」

 何でもお見通しの男である。目が覚めたらほとんど忘れているが、悪夢のような夢をたびたび見るのだ。大量の人が波に飲み込まれる夢や、吹雪が人々を襲う夢など、現実には起こって欲しくないことが夢の中では起きる。あまりの酷さに途中で起きるが、それ以降の寝付きはあまりよくなかった。

「……ありがとう。有り難く寝させてもらう」

 軽く欠伸をしてから、レナリアは大人しく目を閉じた。仮眠であっても、夢を見ないとは言い切れない。夢を見ることなく、眠りにつけられることを願いながら、ゆっくりと深淵の中に意識を落としていった。



 北にある麓の町で下車したレナリアたちは、馬を借りて東へ向かった。道中雨が極端に降ったり、日照りが続いたりと、顕著な天気が続いていた。そのためレナリアやテウスだけでなく、馬の体力の低下も著しかった。

 東にある麓の町に着くと、すぐに馬を返して来たばかりの汽車に乗り込んだ。汽車の中はがらがらだった。二人同士で対面して座るボックス席に、レナリアたち二人で悠々と座る。隣の席には人がおらず、同じ車内にもぽつりぽつりとしか、乗車していなかった。

「おや、お二人さん、どこまで行くのかな?」

 白い髭を生やした老人がレナリアたちの元に寄ってくる。身なりの汚い老人を見て、若干眉をひそめた。

「何かご用でしょうか」

「そんな警戒しないでくれ。ただの興味さ。物好きな男女が国の中でも荒れ狂い始めた東に突き進んでいるのを見て、大丈夫かと思ったのさ」

「東はそんなに酷いのですか?」

「マロッカ町よりも東に行くのならば注意しな。ずっと日照りが続いていて、水すら満足に得られなくなっているらしい。それに東との国境でのいざこざも再発している。隙を見てツツかれ始めたらしいぞ」

「ご忠告ありがとうございます。適当なところで降りますので、ご安心してください」

 老人はちらりとレナリアたちの全身を見た。そして布で包まれた細長い物体を見ると、横を通って去っていく。

「命が惜しかったら、せいぜい気をつけな」

 老人の背中が隣の車両に消えていくまで、レナリアたちは警戒を解くことはなかった。消えたのを見越して、背もたれに寄りかかる。

「少し僻地にいて情報が入ってこなかったけど、あれから状況は随分と変わっているみたい。悪い方向に徐々に加速している感じ?」

「そうだな。悪循環になり始めたという感じだろう。今は俺たちができることをしよう」

「……あの子が心配?」

「俺の他にも護れる人間は多くいる。それほど心配ではないさ。今回は俺の意志でお前を追っているだけだ。あまりしつこく聞いてくると、怒るぞ」

「わかった、ありがとう」

 視線を汽車が進む方角に向ける。暗い雲を背景にして、雷が轟いているようだった。

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