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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第三章 真実を求める二人の旅路
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3‐21 廃坑の奥にある光と闇(3)

 オルトロスの双頭の動きは、若干だがそれぞれに癖があった。左右に激しく首を振る頭と、あまり動かさない頭だ。

 ちらりとこちらに顔を向けている尾の動きも気になる。接近戦をしている際に、あの尾に不意を突かれるというのはよく聞く話だ。

 最適な戦略を頭の中で練ると、テウスは剣を左手に持ち替えて、ポケットから右手でナイフを二本取り出した。それをオルトロスの顔に向かって投げる。テウスから見て左の頭は首を動かしてはねのけ、右の頭はすっと横にずれて避けた。

 双頭の動作を見て、テウスは走り出した。同じようにオルトロスはテウスに向かって走り出す。接近すると双頭は左右から食らおうとしてきた。

 テウスは軽く跳躍し、下から迫ってきた頭を踏み台にする。剣を逆手に持って、上の顎を剣の手持ち部分で叩き上げた。不意打ちを突かれた双頭は動きを止める。

 この隙に首を叩ききろうとしたが、蛇の尾が前に飛び出てきた。テウスは仰け反るようにして、オルトロスから離れる。

 下がった途端、合成獣キメラは逆に勢いよく襲ってきた。我先にと食いつこうとしてくる双頭たちの攻撃をかわしながら移動していく。左右からも後ろからも襲ってくる合成獣。テウスはそれらから攻撃をかわしながら、時計回りに円を描くようにして走っていった。

 双頭との距離が対角線上になったところで、テウスは小瓶を双頭に向かって投げつける。左の頭はそれをはねのけた。瞬間、満杯に入っていた液体が振りかかる。液体をかぶった左の頭は途端に凍り始めた。

 テウスは踏み込み、凍りかけた頭の首に剣を突き刺した。右の双頭に噛みつかれる前に剣を抜いてその場から後退する。左側の首はだらりとうなだれた。若干ぴくぴくと動いているが、ほどなくして完全に動かなくなるだろう。

 思考を切り替えて、テウスは右側の頭と蛇の尾を見据えた。二種類の目ともこちらを睨みつけている。残りは先ほどのよりも単純に済む相手ではない。

 テウスは重心を前に傾けると、それから一気に走り出した。その途中で小さな粒を前に転がす。オルトロスは出方をうかがっているのか、その場で立ち止まっていた。

 合成獣の間合いにテウスは入ると、流れるようにして剣を横に振った。合成獣は数歩下がってテウスの攻撃をかわしつつ、飛びついてくる。それに対し、合成獣の歯を真正面から剣で受け止めた。歯に意識を集中させていると、獣の背後から尾が伸びてきた。毒歯を持った蛇はテウスの腕に噛みつこうとしてくる。

 歯をぎりっと噛みしめつつ、力任せに合成獣をはねのけようとしたが、敵も力を入れていたため、離れらなかった。まさに蛇が噛みつこうとする直前でテウスは叫んだ。

「発動!」

 オルトロスがいる真下から、氷の柱が飛び出てくる。合成獣はとっさに避けようとしたが、完全によけきれずに、腹に氷柱がかすった。動きが乱れたところで、テウスは右の頭の目を切った。悲鳴があがる。その勢いのまま首元を切り裂いた。

 同じ体の一部である尾の蛇も襲ってくるが、液体をかけて軽く凍らせた後に両断した。

 オルトロスの合成獣は力なく地面に腰をつける。脇まで寄ったテウスはそれぞれの頭を叩ききった。血が吹き出る。そして合成獣は音を立てて倒れる。

 テウスはそれらを一瞥しつつ、血の付いた剣を軽く払ってから、レナリアの方に顔を向けた。



 レナリアが白い触手で溢れている合成獣に接近すると、触手は一目散にこちらに向かって伸びできた。銃を取り出して一発放つ。銃弾が触手らと衝突すると、一瞬にして凍り付いた。しかし動きを止めたのも束の間、すぐさま後ろにあった触手が前に出てくる。それらをかわしながら左に飛び退いた。

 目指すはブロードソードを持った触手。敵もレナリアの目的がわかっているのか、ブロードソードを奥に移動しようとしていた。それを求めてレナリアは襲いくる触手を短剣でさばいていくが、やはり心許ない。

 時に水の膜を張って触手を跳ね返し、時に銃の引き金をひいて触手を凍らすが、本体までは届かなかった。

「一度にすべて凍らせれば……」

 銃を片手に持ちながら、レナリアは呟く。立ち止まるとすぐに触手が伸びてくるため、ほとんど立ち止まれなかった。

(ねえ、アーシェル、貴女はどうやって水を操っていたの?)

 今は傍にいない少女のことを思い出しながら、レナリアは触手から逃げるために走り回る。

 ふと天井から水が落ちてきた。それは静かに地面に落ち、土を濡らした。

 外では雨が降っているようだ。ここで雨漏りがしていても、おかしくはない。


 ――水は目に見える以外にも存在している。それを自由自在に操れるかは、お前が適切な使い方をすれば自ずとできるだろう。


 唐突に今は亡き師匠の言葉が蘇った。魔術についても知識があった師匠は、かつて出会った魔術師からの言葉をレナリアに教えてくれたのだ。

 レナリアは視線を触手だけでなく、天井にも向けた。天井から雨が漏れている。地面を濡らしている箇所は複数あるのか、何カ所も落ちていた。その場所を目で確認する。

 そして銃をベルトにさしてから、液体が入った小瓶を取り出した。ふたを取り、触手から逃げ回りながら液体を地面に振りかけていく。空になった瓶は触手の本体に向かって投げるが、あっさりと叩き落とされていった。

 触手の本体の正面に戻り、レナリアは銃を再度構え直した。周囲にある水分が肌を通じて伝わってくる。始めはささやかだったが、少し間を置くと幅広い範囲から伝わってきた。

 レナリアは触手の本体を見据えた。触手が襲ってくるが、不思議と避けようという気持ちにはならなかった。近づかれると、意識もせずに作った水の膜が生まれ、攻撃を阻んでくれた。

 触手が後退したのを見計らって、ゆっくり引き金をひいた。

「咲けよ、水の華――!」

 言葉とともに銃弾が放たれる。銃弾は触手らが遮り、本体に触れるのは阻止され、途中で止まった。だが銃弾にさわった触手は勢いよく凍りだした。

 さらに周囲の地面から数カ所、霜柱ができ始めた。発生した霜柱はやがて本体に向かって地走りのように移動していった。いくつもの方向からきた霜柱を触手は壊そうと試みる。しかしすべて壊すことはできず、いくつかは本体へと到達し、凍らせ始めた。

 一度凍りだした本体は、見る見るうちに全身が凍り付けになっていった。触手の動きも鈍くなり、本体だけでなく触手すべても凍り付いていく。

 レナリアはその様子を静かに見ていた。銃はおろしたが、すぐに銃弾を放てるように握りっぱなしだった。

 間もなくして白い触手は本体を含み、すべて凍り付く。レナリアは凍り付いた本体に触れて、ぽつりと呟いた。

「散れ」

 それを合図として凍り付いたものは粉々になり、あるものは空へと舞って消え、あるものは地面へ水滴となって落ちていった。残ったのはレナリアのブロードソードと、氷が溶けて濡れた地面の跡だけだった。

 濡れた地面の上を歩き、レナリアはブロードソードを拾い上げる。あれだけ大がかりな魔の力を行使したにも関わらず、そこまで疲労感は生まれなかった。むしろいつもよりも落ち着きさえ払っている。

 水というのは目に見えるもの、空気に触れているもの以外にも含まれているものがあった。それは土や物に含まれている、水分という存在だ。

 多数の触手のすべてに対し水を被せることは、今の場所や状況を踏まえても不可能だった。しかし地面だけであれば、土に含まれた水分を使うことで可能だった。レナリアはそこに目を付けて、地面に媒体となる水をかけ、そこを起点として霜柱を作り出し、最終的には凍らしたのだ。初めてやった試みだったが、水分が勝手に動いてくれたため、苦もなくやり遂げたのである。

 触手の生物がいた地面を見下ろす。見事に何もなくなってしまった。水分を余計に含んだためだろうか。水を大量に含んだ合成獣でなければ、ここまで跡形もなく消えることはなかっただろう。

 レナリアがテウスの方に振り返ると、ちょうど彼も戦闘を終えたのか、剣先を地面に向けてこちらを見ているときだった。仄かに微笑むと、彼も僅かだが口元を緩めた。そして互いにウェルズが相手をしている生き物に目を向けた。

 やや青みがかかった、人間よりも一回り大きい黒い熊が立っている。ウェルズは合成獣キメラと言っていたが、ただの熊ではないだろうか。

 熊と対峙していたウェルズは、左手で持った槍を地面に突き刺しながら、しゃがみ込んでいる。右手で腹の辺りを抑えていた。そこから血がぽたりぽたりと落ちている。

「ウェルズ!」

 レナリアは駆け寄ろうとしたが、ウェルズが目で制してきた。それによって踏みとどまる。彼の目はさっさと行けと言っているようだった。

 テウスと視線を合わせて頷きあう。彼がレナリアの方に寄ると、ウェルズはどうにか立ち上がった。そして槍を構えて、熊に切っ先を向ける。

 そして彼が走り出すなり、レナリアたちも熊から離れるようにして円を描きながら、洞窟の奥へと向かった。

 熊とウェルズが衝突する。熊の意識が彼に向いている間に滑り込もうとしたが、横を通る直前で熊は容赦なくウェルズを蹴り飛ばした。彼は勢いよく壁際に飛ばされていく。

 思わず足を止めたレナリアたちは、顔を向けた合成獣の熊と真正面から見合うことになった。熊はこちらに向かって爪を振り上げる。テウスに腕を引っ張られながら、レナリアたちは一歩飛び退いた。

 二人がいた場所に熊の爪が振り落ちる。地面がえぐられ、土が飛び散った。深い青色の鋭い爪が容赦なく地面を掘っていく。

 黄色の瞳の熊と視線があう。その瞳をじっと見て、レナリアは目を大きく見開いた。吸い込まれるような瞳の奥は若干青みを帯びていた。

 さらに、ところどころに青色が見られる合成獣。その獣からは、どこからか水の気配がした。

 レナリアはテウスの手を振り払って、熊の合成獣の前に立つ。

「あなたはもしかして魔法使いと繋がりでもあるの?」

 振り落とそうとしていた爪が止まった。その動きを見てレナリアは確信した。

「繋がりがあるのね。……あなた、魔法使いに作られたの?」

『……そうだ』

 熊の合成獣が言葉を発した。テウスとウェルズは目を丸くして、驚きを露わにする。

 レナリアは表情を変えずに、数歩前進した。

「番人のような存在なのね。そういう風になれと、かつての魔法使いは言ったの?」

『ああ。本当に行かなければならない人間しか通すなと言われている』

「――では、私は通ってもいい人間かしら?」

 緊張した面持ちで、熊の合成獣をじっと見据えた。


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