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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第三章 真実を求める二人の旅路
63/94

3‐13 過去の因縁の地(3)

 * * *



「お主がアーシェル・タレス、現代の魔法使いか」

 杖を突きながらも、はっきりとした声を出した老人。アーシェルは彼のことを緊張気味な面もちで眺めていた。

「なぜここに来た? お前さんにとっては忌まわしい地だろう」

 ごくりと唾を飲み込む。この人にはすべて見透かされている。アーシェルの記憶がぽっかり抜けていることも知っているかもしれない。

 鋭い眼光は衰えることなく、アーシェルを見ている。キストンとルカの四肢が強ばっているのはもちろんのこと、トラスでさえ言葉を発しようとはしなかった。

 合成獣キメラと対峙した翌日、雨もやんでいたため合成獣の処理を見届けてから、シオ爺が住まう自宅に向かった。古びた家だったが、中から出てきたのは眼力で若者を簡単に圧倒させるほどの老人だった。

 初っ端からアーシェルのことを魔法使いと呼びつけるあたり、様々な事情に精通している人間だと思った。

 シオ爺は四人を部屋の中にあげると席につかせ、先ほどの内容を単刀直入に聞いてきた。

 アーシェルは両手を膝の上に乗せ、姿勢を正して口を開く。

「ここに来て、知らなければならないことがあるからです。それは私の勝手な事情よりも遙かに大切なことです」

「先代の想いを無碍にするつもりか?」

 アーシェルは目を大きく見開かせた。靄がかかっていた記憶が少しだけ晴れる。

 先代が最期にかけてくれた言葉は『自分の好きなように生きろ』、だ。

 それは嫌なことから目を逸らしても直視しても、どちらでもいいということだった。どちらかといえば、前者を意識して言ったと思われる。

 想いを無碍にするのかと言われると、何ともいえない感情を抱く。

 だが大切に思ってくれていた先代の想いを踏まえれば、むしろ進むべきだと思った。

「――先代なら、きっと他の人を不幸にしたりはしません。私は決して独りよがりな選択はしません」

 笑みを浮かべて言うと、シオ爺は虚をつかれた顔をしていた。

「そんな台詞をいうとは、本当に十六歳か……?」

「十六歳ですよ。他の人よりも濃い時間を過ごしているかもしれないですが。――シオ爺様が知っている、魔法使いのことを教えてください。この村は他よりも魔術師が多い傾向にあると聞きました。それはなぜですか? 過去に魔法使いも一人輩出していますね。その方の魔法使いである期間はかなり長い部類に入っています。それと何か関係があるのですか?」

 半ば確信的に二つの事象を組み合わせる。シオ爺はゆっくり頷いた。

「この村の近くを流れている川の源流には、はじまりの魔法使いが生み出した大きな石がある。その影響により、ソウルス村では魔の力を強く得やすい人間が多くでるようになったらしい」

 聞き慣れない単語を聞き、アーシェルは思わず身を乗り出した。

「はじまりの魔法使い?」

 シオ爺は部屋の片隅に置いてある、古びた本を持ってきた。汚れた表紙、黄ばんだ紙、今にも崩れかけそうな背表紙など、かなり年代物の本だった。それを机の上に置いて、最初のページを開く。かすれていてよく読めないが、魔法使いという単語は垣間見ることができた。

「この国に初めて魔法使いと呼ばれる人間が現れたのは、今から三百年ほど前だ。その者が考えるだけで勝手に水が生まれ、水を止めることもできたらしい。その行動に気味悪がられた魔法使いは、村の人間から追い出されるようにして、この近くにある川の源流までたどり着いた。そこで持つ力を一気に解放した結果、魔法使いの力が込められた石ができたと言われている」

 ページをぱらぱらとめくり、絵が描かれているページで手を止めた。少しいびつだが丸い石が描かれている。

「その石から魔の力は薄く広く漏れ出ていった。必然的に石から一番近いこの村にその力が反映され、魔の力を宿す者が多くなった。魔法使いの在籍期間や力が他の者よりも抜きんでているのは、その影響らしい」

「そうだったんですね。これほど重要なことを先代が知らないわけがないと思います。隠していたのは私の六年前があったからですね」

 シオ爺は窓に手を添えながら頷いた。

「先代は言おうと思っていたが、結局言えずじまいだった。お前の記憶を無理に暴きたくなかったからだろう」

 手をぎゅっと握りしめる。先代の優しさが、逆に苦しかった。

「……私が人を殺した記憶を明かせたくなかったんですよね」

 周囲の視線がこちらに向かれたのに気づいた。それを受けながら、シオ爺を見据える。

「どこまで覚えている。記憶は戻ったのか?」

 その問いに対してはゆっくり首を横に振った。

「いいえ。周りからの話を集めたことで、そういう結論に至りました。レナリアさんにとても近しい人を私の手で殺してしまったんですよね?」

 シオ爺の目はさらに大きく見開かれていた。そして机の傍に寄るなり、声を大きくした。

「レナリアのことを知っているのか? あいつは今、どうしている!?」

 予想以上の驚き方に、アーシェルだけでなく他の三人も驚いていた。

「レナリアさんは水環省の職員ですが……?」

「それくらい知っている。この前も長期休暇だと言って、しばらく村にいたからな。まさかファーラデが目指している道に進むとは思っていなかった……。たしか査察官の仕事をしているんだよな」

「はい。今は休職中ですが、査察をしているときの姿はとてもかっこよかったです」

「そして何の因果かはしらないが、魔術を扱うようになった、そうだろう? そのレナリアといつ会ったんだ?」

 アーシェルはキストンと視線を合わせる。すると彼は進んで口を開いてくれた。

「僕はレナリアの魔術の媒体となる銃を手入れしている師匠の弟子です。直接話をかわしたのは一ヶ月前ですが、人を介してなら話はしています。今は北に用があると言って、旅立っています」

「北に? なぜだ?」

 その問いにはアーシェルが答えた。

「彼女の魔の力が乱れているため、それを正すために北にあるゴスラル村に行くと言っていました。……シオ爺様、そのご様子ですとレナリアさんの身に何かが起きるか察していたのですか?」

 迷わずいうと、シオ爺は途端に口を閉じた。この老人も確実に何かを知っている。真実を知っているのは故人しかいないと思っていたが、探せば色々と出てくるものだ。

 いくつか質問事項を思い浮かべて追求しようとした矢先、ドアを軽く叩く音が聞こえた。シオ爺が明らかにほっとしたような顔つきになる。

 彼がドアを開けると、藍色の髪の女性が立っていた。彼女の顔を見るなり、アーシェルは思わず椅子を動かした。その音に気づいた女性がこちらに顔を向ける。意志の強そうな空色の瞳――レナリアの母親だった。

 彼女はシオ爺に顔を向けて、目を瞬かせた。

「おじいちゃん、何かご用ですか?」

 今度はこちらが目をパチクリする番だった。シオ爺は軽く彼女を指す。

「……息子の嫁だ。俺と似てなくて当然だろ」

「つまりシオ爺様はレナリアさんのお祖父さんだったんですか?」

 少女の単語を出すと、母親がアーシェルに歩み寄った。

「貴女、レナリアのこと知っているの? 憔悴した状態で家に戻って、それからしばらくして村を出たきり連絡がないけど、元気なの!?」

 必死な声を聞き、アーシェルは思わず目を逸らしそうになった。適当な理由を付けて、自分もここ数年里帰りしていない。レナリアを通じて、鏡を見させられている気分になる。

「……レナリアさんは元気ですよ。査察官として立派に仕事をされています。私のことも何度か助けてくれました」

「元気なのね? 無茶していないのね?」

「はい……」

 逸らしがちになったが精一杯の笑顔で頷いた。そうするとレナリアの母親はようやくほっとした表情になって、一歩下がった。

 そして傍で見守っていたシオ爺に顔を向けた。

「おじいちゃん、用事はこのこと?」

「いや違う。はじまりの魔法使いが残した石に案内してほしい。お前なら探知が含まれている魔の力が残っているから、迷わず行けるだろう?」

「もう微かにしか残っていないから、何となく感じるだけよ。辿り着かない可能性もある」

「そうなったら大人しく戻ってこい」

 シオ爺の視線がアーシェルたちに向けられる。

「わしの口からは、真実は言えない。自分で見て、確かめろ」

 そう言って、シオ爺はアーシェルたちを外に出るよう促した。レナリアの母親がやれやれと肩をすくめている。

 そしてシオ爺に押されながら曇天の空の下に出た一同は、レナリアの母親を先頭にして歩き出した。シオ爺はその背中を見送ると、さっさと家に戻っていった。

「気を悪くされたのなら、ごめんなさいね。おじいちゃん、自分のペースは乱さない人で」

「大丈夫です。何事も自分の目で見た方が納得できます。その意図も含んでいた言葉だったと思います」

 人を介して聞けば、介した人にも責任が生まれる。誤ったことを言えば、多大なる迷惑をかける。アーシェルもできるなら、当事者でない重大なことは他人に伝えたくない。

 地面に視線を向けて歩いていると、レナリアの母親が誰かと言葉をかわしているのに気づいた。顔を上げれば、買い物途中の亜麻色の髪の女性が挨拶をしているところだった。彼女の顔を見た瞬間、アーシェルの心臓がはっきりと鼓動を打った。

「あら、こんな辺鄙な村にお客さん? 珍しいわね」

「ちょっとした調べ物をしているそうよ。私はそのお手伝い」

「そうなの」

 女性がアーシェルたちに顔を向けてくる。

「最近物騒だから、気をつけてくださいね」

「あ、ありがとうございます……」

 たどたどしい言葉で礼を言うと、彼女は買い物へと戻っていった。

 鼓動が速くなる。冷や汗も出てきた。

 彼女はおそらく――ファーラデ・チャロフの母親だ。



 レナリアの母親に導かれて、四人は川に沿いながら上流に向かって歩いていった。その道は昨晩、合成獣キメラと衝突した場所も通る。前を歩く女性は無防備な状態で歩いていた。

「あの、ヴァッサーさん」

「何ですか、タレスさん?」

 微笑んだ状態で顔を向けてくる。ルカとトラスが周囲に向けて警戒している空気を感じながら、体を近づけて声をひそませた。

「……怖くないんですか? ここら辺に合成獣がでているんですよ」

「そうねえ、実際にあったら怖いけれど、近づかれる前に何となく気配がわかるから、遭う前に逃げてしまうの」

「合成獣の気配がわかるのですか?」

 目視で確認できる範囲で出会えば、ほぼ襲われる。それほど合成獣は人間に対して執着心が強いと言われていた。

 レナリアの母親は不思議そうな目で見てくる。

「タレスさんは魔術師なんでしょう? 気づかないの? 合成獣は水が主で生まれている生物よ?」

 アーシェルは目を丸くした。合成獣が水を好んでいるのは薄々察していた。だから霧や雨が降っている時間帯に出没すると見当はつけていた。

 だが、他人から確信を持って言われるのは初めてだった。

「ヴァッサーさんはいったい何者なんですか? レナリアさんだって急に……」

 レナリアの母親の目が細くなった。その様子を見て、アーシェルは自分が失言したことに気づいた。口を押さえるが、もう遅い。

「レナリアが急にどうしたの? 本当はあの子の身に何か起きているの!?」

 穏やかな顔はどこかに消え去り、一歩詰め寄ってくる。

 キストンたちは突然の変わりようを見て、立ち尽くしていた。

「ねえ――」

 その時、川に大量の泡が生まれる。それは一瞬で広がり、その中から巨大な蛇が現れた。

「水蛇の合成獣キメラ!?」

 驚くまもなく、水蛇は口の中から水鉄砲をアーシェルたちに向かって放った。

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