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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第三章 真実を求める二人の旅路
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3‐9 先人が遺したもの(4)

 夜が明けてもなお、ひたすらレナリアたちは馬を走らせ続けた。休むときは馬が疲れたときのみ。自分たちの疲労を考慮しての休憩はなかった。

 目的の村に到着するまで、テウスからレナリアに話しかけてくる機会は何度もあった。だが彼は先ほどの件に関しては何も触れず、次にどう進めばいいかだけを指示しているだけだった。

 レナリアが銃を使わずに氷を発生させたことに、彼が違和感を得ないはずがない。思い切って説明しようとも思ったが、その現象を起こさせた理由まではうまく説明できなかった。

 二日ほど走り続けると、前方から一本の煙が見えてきた。煙突から上っているだろうそれは、薄暗い雲に覆われた空の中に消えていく。ここら辺にある人里はゴスラル村のみ。煙に向かって、真っ直ぐ突き進んだ。

 やがて小川が見えてきた。そこを越えれば村の敷地内に入る。意気揚々と進もうとしたが、小川を渡る直前で馬は立ち止まった。そしてぶるぶると震え出す。

「おい、お前ら、どうした!」

 テウスは手綱を引っ張ったり、頭を撫でたりするが、その震えは止まらない。二人は馬から下りて、震える馬をそっと撫でた。

「川が怖いの? 何か感じるの?」

 レナリアは自分が持っていた手綱をテウスに渡して、小川に触れた。ひんやりとしていて冷たい。だがその冷たさはあまりに異質だった。

「もしかして結界……?」

 川から手を離して、顔を上げ、視線の正面にある森の方に腕を伸ばした。すると何かが触れるような感触がした。数瞬躊躇ったが、さらに前に伸ばすと、薄い何かが突如としてなくなった感覚がした。

 震えていた馬が耳をたてて、顔を上げる。テウスは今にも駆け出しそうな馬の手綱をぎゅっと握っていた。

 ふと、前方から足音が聞こえてきた。レナリアは立ち上がり、左手を剣の鞘にそえた。複数の足音がすぐそこまでくると、森の中から三人の男が現れた。先頭にいる初老の男性は何も持っていないが、後ろにいる男たちは槍や長剣などを携えている。

 彼らは鋭い目つきでこちらを睨んでいる。初老の男性がレナリアとテウスを軽く見た後に、口を開いた。

「お前らは何者だ」

「私たちはゴスラル村に用があり、この地に訪れたものたちです。私に関しては……魔術師の端くれです」

「端くれだと? 結界を壊すという十分すぎる能力を持っている者が、果たして端くれと言えるのか!?」

 初老の男性の目がかっと見開く。レナリアは勢いに圧倒されて下がりそうになったが、必死に堪えた。

「あれは結界だったのですか。申し訳ありません、勝手に壊してしまい。ですが、どうしても村に行きたいのです!」

「なぜだ?」

「魔の力が抑えきれないからです」

 真正面から正直に言う。男性はじろじろとレナリアを見てきた。

「なるほど。周囲に漂わせているのは、お前の体からにじみ出ている魔の力か。そのせいで結界が壊れたようだな。そんなに気配がダダ漏れなら、生き物たちが怖がるだろう。よくその馬は付き合ってくれたな」

 レナリアははっとした表情になり、振り返った。馬たちはその場に立ち止まっていたが、レナリアから視線をやや逸らしている。

 初老の男性は踵を返して背を向け、背中越しから見てきた。

「……ついてこい。そんな風に漏れている気配、放っておいたら普通の人間にも迷惑をかけかねん。それにまた結界を壊されたら堪ったもんじゃないからな」

「すみません、ありがとうございます……」

 男たちに促され、川に置かれている大きな丸石に足を乗せて、対岸に踏み入れた。そこに足を踏み入れた瞬間、空気が冷たくなった。風のささやきも静かになる。

 馬を引っ張りながらテウスも対岸に渡ってきた。彼も一歩間を置いて、森を軽く見渡している。彼も何となくこの異質な空間に気づいたのかもしれない。

 男たちの背中を追って森の中を歩いていく。ほどなくして木々がなくなり、家屋が見えた。あそこが目的の村のようだ。

 魔法使いの誕生の地であるゴスラル村。一見して野山にある普通の村だ。だが変わっている部分もあった。

 ある女性が手を前に突き出していると、その先から水が発生し、畑に水が降り注いでいたのだ。それを終えると水瓶を持ってきた少年に対し、水瓶を地面に置くよう指示し、その中に水を注いでいった。

 そう、魔術をいっさい隠しもせず使用しているのだ。

「使える人間は随分と少なくなったが、魔術を使える人間は今でも積極的に使っている」

 初老の男がレナリアの視線の先に気づいたのか、説明をしてくれる。

「魔術を発生する際の媒体物はアクセサリーとかですか?」

「腕輪かペンダントが多い。日常生活で魔術を使うだけだからな」

 初老の男は村の中でも大きめの建物の中に入った。テウスは入り口近くに馬を止まらせ、逃げないように手すりに手綱を縛った。

 それを終えた後に、レナリアたちは男がいる建物の中に入った。

 廊下を進んだ先にあるのは、十脚の椅子に囲まれた円卓。その奥側に初老の男が座り、左右に二人の若めの男が座った。レナリアたちはその真逆側に腰を下ろす。

 初老の男は手を組んで、二人を見据えてきた。

「さて、まずはお前らの名前は?」

 有無を言わせぬ物言いは、あちらが有利な立場であるということを暗に示していた。レナリアは背筋を伸ばして口を開く。

「レナリア・ヴァッサーと申します。彼はテウス・ザクセン」

「レナリアだと……?」 

 今まで険しい表情しかしていなかった男の顔に変化が出た。驚きと戸惑いが混じったような複雑な表情だ。彼は隣の青年に耳打ちをする。青年は頷くと席を立って、奥の部屋に向かった。

 言葉を発さず、ただじっとその様子を見つめる。

 少しして初老の男は前のめりになって、レナリアを見てきた。

「お前は魔術師と言っていたな。発生させるときに使う物はなんだ」

「……銃です。魔力を込めた銃弾を発射させて、氷を発生させます」

「それを見せてもらえるか」

「お待ちください」

 ウェストポーチから取り出し、立ち上がって男たちに持っていこうとした。しかしその前にもう一人の青年が受け取り、初老の男に持って行った。男は銃を回しながらくまなく見る。

「なるほど、たしかにこれが発生源だな。遠距離で発生できるものとして銃は高く評価されている。扱いきれる人間が少ないもの事実だがな。何発くらい撃てるんだ?」

「一日五発です。それ以上撃つと体への反動が大きいと言われたため、試したことはありません」

「そうだな。その回数が普通なら妥当だ」

 銃を青年に返すと、再びレナリアの元に持ってきた。それを手にし、机の上に置く。黒いがやや青みがかった色の銃が仄かな色付きを見せていた。

 初老の男は手を組み直して、レナリアを見据えた。

「さて、本題に入ろう。まず、魔の力が荒れていては、こちらとしても迷惑だ。魔術師と一般人が共存して心穏やかに過ごせていたのは、魔の力を抑え、適切な場所のみで魔術を扱っていたからだ。町中で暴発されたらたまらん。早急に対処してもらいたい」

「はい、もちろんです。ですが具体的な方法がわかりません。そのような中、この村に来れば抑えられる術を学べると聞きました。ご存知でしょうか?」

 男はにやりと笑みを浮かべた。

「簡単だ。今、魔の力を抑える石を持つか、己が抱いている魔術を全力で使って体に教え込ませればいい」

「全力で?」

 男は立ち上がり、窓の近くに寄って、その先に指をさした。レナリアも立って傍に寄った。大きな山がそびえ立っている。

「あそこはかつて鉱山だったところだ。今は掘り尽くされていて、誰も出入りはしていない。そして、あの最奥には魔力を強制的に抑えられる宝石が埋もれられている」

「宝石は掘り尽くさなかったのですか?」

「一般人から見れば、ただの石ころだ。目も止めなかったらしい」

「なるほど。ではその宝石をとってくれば、私の力も収まるのですね」

「そうだな。……ただし」

 男は軽く腕を組んだ。

「あそこには凶悪な動物や合成獣キメラがうろついている。行く場合にはそれ相応の準備をしたほうがいい。おそらく思いっきり力を出すには最適の場所でもあろう」

「え……? 合成獣キメラが溜まっている!?」

 レナリアは思わず声を上げてしまう。種類によるが野生化した合成獣は基本的に人間たちに対して敵意を抱いている。作り上げた愚かな人間たちが、必要なくなったから放置したという身勝手な行動を恨んでいるからだ。

 野生化した合成獣は山奥や人里離れたところで生きているものが多い。だが同時に、人里に降りて大きな被害を与えるというのも時折聞く。

 そのような集団が溜まっている中に行くのは、自殺行為にほどがある。

 男はレナリアに向けて近づいた。

「無理か? それならお前はいつか自分自身の魔の力に押しつぶされるぞ」

 レナリアはごくりと唾を飲み込んだ。鋭利なナイフを突きつけられた気分だった。

 今の不安定な状態のままではいたくない。一刻も早く魔の力を抑えたかった。

 だが体に対して何かが起きるかわからない状態で、合成獣の群がいる廃坑に行くのは躊躇うところだった。

 男はレナリアの横を通り過ぎると自分の席に向かった。

「なに、私とて鬼ではない。腕利きの案内人はつける。――いいな、ウェルズ」

 男の隣にいた槍使いの無表情の青年はこくりと頷いた。隙なく動いている仕草を見て、おそらくやり手の人間だと思われる。

「あとは気休めにしかならないかもしれないが、動物除けのお香くらいはやろう。合成獣なんか遭遇しなければいい話だ。哀れだと思うなら、息の根を止めてもいい」

 人間たちの勝手な理由で作られた生き物を哀れとは思う。だが合成獣の群れとまともにやり合ったことがないレナリアには、自ら積極的に挑んでいくという選択肢はなかった。

 しかし、いつまでも逃げては駄目だ。道中は逃げるということを念頭に入れながら、目の前にいる初老の男からの言葉を信じて、先に進むしかないだろう。



「やっぱり……か」

 魔術師の端くれと名乗った少女と、彼の付き人の青年を見送った後、男は分厚い手紙を引っ張って読んでいた。レナリア・ヴァッサーという言葉を聞いて、その存在をすぐに思い出したのである。

「一年前に訪ねに来た男が言っていた娘ですか?」

 ウェルズは槍の刃先を見ながら質問した。

「ああ。意外と早く来たというのが本音だな。循環が悪くなっている影響かもしれない」

「今の魔法使いは、あの娘よりも幼い少女ですよね。悪くなっているというのは、その魔法使いが出た点からみても明らかです。――今日もどこかの地域で突発的な大雨が降るでしょう」

 軽く目を伏せたウェルズは囁きに近い言葉を出す。それを男は頷きながら聞き、窓の先に視線を向けた。

「循環が整うのが先か、国が散り散りになるのが先か見物だな。……どちらかが特異点なのかは間違いないようだ」

 ウェルズは刃先を布で覆う。その刃の下には、群青色の宝石が埋め込まれていた。

 槍を持った青年に向けて、男は振り返る。

「くれぐれもあの娘を死なせないように」

「余計な介入さえなければ、大丈夫です」

「余計な……か。まったく循環が狂っているのを喜んでいる人間がいるなんて、ひどい話だ」

 男は手紙を封筒の中に入れて、立ち上がる。そして鉱山が見える窓とは逆の空を見据えた。薄暗い雲が漂っている。もうじきあの下では大雨になるだろう。

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