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水環の査察官  作者: 桐谷瑞香
第二章 渦巻く宿命の輪
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2‐18 魔術と魔法の邂逅(3)

 カーンと別れた四人は、用心深く階段を降りていく。テウスは時折抱えているレナリアの様子を見ながら、降りていた。いつもより顔色が悪い。止血はしたが完全に止まっているわけではない。しかも怪我をした後に、魔術を発動したようだ。傷ついている状態で無理して動けば、傷が広がる可能性があった。

 レナリア一人に部屋の探索を任せた己に苛立ちながら、ルカの背中を追った。

「本当に一番下の階だけに続いているのね」

 ルカは壁を触って感心している。途中の階から入り込んでくるドアはなかった。そして何事もなく一番下まで降りてきた。ドアには鍵がかかっているが、キストンが鍵穴を見ると首を縦に振っていた。

「さっきよりも少し時間はかかるが開けられるから」

 キストンは鍵に視線を向けたままで言い切る。そして腰を屈んで、鍵穴に細い針金突っ込み作業を始めた。

 その間、テウスはレナリアをそっと床に下ろした。呼吸が早いし、額には汗が浮かんでいる。

「大丈夫……じゃないな」

「そうね……。さっきから全力で走っているような感じ」

「今までこういう事は?」

 首を横に振られる。

「魔術弾を放った後の反動のせいだと思うけど、ここまでのは初めて。何だろう、この感覚……何かが外れたみたい」

 手を軽く握りしめるレナリア。不安げな表情も醸し出していた。

 ちょうどそのとき鍵が開いた音が響いた。手早くキストンが鍵を開けたようだ。彼が道具を閉まっている間に、再びレナリアを抱え上げる。

 今度はルカだけでなく、キストンも先行する。ゆっくりドアを押して外を覗き見ると、そこは建物の裏手だった。あたりをぱっと見渡して誰もいなかったため、一同は素早く外にでた。

 そのとき鼻筋に滴が落ちてきた。それは一つだけでなく、ぽつりぽつりと増えていく。雨の気配を察したルカは軽く舌打ちをした。

「この状況下で雨? アーシェル様にとっては武器になるけど、一般人にとっては面倒なこときわまりない」

「そうだが、ここで愚痴をいっても状況は変わらない。とりあえず地下にいく階段を探そう」

「どこにあると思っているの? この広い敷地を当てもなく探すのは危険よ!」

 ピリピリしているルカを宥めようとすると、テウスのすぐ傍で囁くような声が聞こえた。

「ろ過池の下……」

「なんだ?」

 レナリアはテウスの腕の中でよじりながら、ろ過池に向けて指をさした。

「あの四角い池は上から流れてきた水がろ過されて、下に続く構造になっている。その下には水を通している大きな管があるはずだから、きっと地下室があるはず」

「つまりあの池の周りを探せば、地下に続く階段があるわけだな?」

「おそらく。でもわかりにくいところにあると思う。人の目にその存在が知られたくないと思うから……」

 軽く握りしめた右手を口元にあてていた。彼女なりに思い当たるところを考えているのかもしれない。

 ルカは腰に手を当てて、息を吐いた。

「考えるのもいいけど、こんなところで突っ立っていると見つか――」

「おい、お前たち、何者だ!」

 振り返ると、ランプを前につきだしている険しい表情をした男が二人立っていた。キストンが肩を跳ね上げ、ルカが軽く舌を出す。

「言った傍から……」

「ここの人間では……なさそうだな」

 四人をじろじろと見た結果言ってくる。怪我した女、長剣をぶら下げている男、鋭い目つきの隙のない女、そして大きなリュックを背負った男。あからさまに余所者の格好だった。

「誰の許可をもらって入った?」

「……おい、とりあえず走るぞ」

「りょーかい」

「置いていかれないように、頑張る……」

 レナリアがテウスの首に回した手をさらにきつくしたのを感じ取ると、踵を返し、建物に沿って裏側を走り出した。ルカ、キストンもついてくる。雨が少しずつ強くなっているが、地面はまだ固かった。

 わずかに呆気をとられた男たちだったが、すぐに追いかけはじめた。そのうちの一人の足が思った以上に速い。テウスの横にルカが追いついてくる。

「どうする、このままだと追いつかれるぞ」

「適当なところで反転して、気を失わすのが一番じゃない? テウスはレナリアの面倒みていて。……明らかにおかしい」

 ルカが険しい顔をしている。レナリアの汗はさらに増えており、苦しそうだった。傷が化膿でもしたのだろうか。

 そう考えていると、ルカがひらりと反転して、男たちに向かっていった。不意をつかれた男たちは、次々とルカの体術によって沈められていく。流れるように、彼女は鮮やかにこなしていった。

 キストンは口元に笑みを浮かべて思わず拳を作る。しかしすぐに怪訝な表情に変わった。

「おい、侵入者がいるぞ!」

 ルカが倒した男たちが走ってきた道から、別の男が大声をあげている。彼の声に気付いた人間たちがわらわら集まってきていた。その数は徐々に増えていき、あっという間に十人くらいになった。

「面倒なことになったな。あの数を倒せなくはないけど、その間に仲間でも呼ばれたら、相当時間がかかる。できれば逃げ切りたいんだけど……」

 視線がちらりとレナリアに向けられた。彼女を抱えているテウスの動きがいつもより鈍くなっているのは、見透かされているようだ。乱闘にでもなれば、彼女の存在はかなりの負担になる。

 ふとテウスの首に掛かる力が強くなった。

「……私を置いて逃げて。重荷になりたくない」

 レナリアがテウスを見上げて言ってくる。空色の瞳はいつもより深い色合いを漂わせている気がした。

「馬鹿なことを言うな。置いていけるわけないだろう!」

 彼女の提案に対する答えはいなだった。たしかに置いていった方が逃げられる確率は格段に上がる。だが絶対逃げ切れるとは言い切れない。

 それにここで置いていってしまったら、また助けきれなかった己を攻めることになる。絶対に置いていきやしない。

 黙って静観していたキストンが、リュックの中から円筒状のものを取り出した。

「何それ?」

「目立つからあまりやりたくないけど、一時的に目くらましはできると思う」

「もしかして発煙筒? よくそんなものを持っているのね」

 ルカが呆れと感嘆を半分ずつ込めて、肩をすくめていた。

「発煙筒は逃げるための最終手段。もう少し自然な現象で目くらましができれば良かったけど……。例えば靄でもかかれば、視界は悪くなるのに。タイミングよく発生するはずがないか」

「靄……」

 レナリアがルカの言葉を復唱するようにして呟く。

 キストンが発煙筒を掲げようとすると、瞬間的に雨が強く降った。それに併せて周囲は靄に包まれる。地面に叩きつける雨により、追っ手の顔が見えなくなった。

「これは好機だ。二人とも行くぞ!」

 テウスの声掛けと共に、キストンは発煙筒を引っ込め、ルカは拳をおさめた。そして追いかけられる前に、建物の角を曲がって、その場から逃げていった。



「アーシェル様、そろそろ本番に移りましょうか」

 壁により掛かって水を飲んでいたアーシェルは、腕を組んでいるベルーンをそっと見上げた。口元に大きく笑みを浮かべている。一瞬鳥肌が立つような、ぞわっとした感覚に襲われた。

「いい加減にしましょう?」

「まだ駄目よ。うまくできる保証はないし、万が一失敗したら無差別殺人になる。そう簡単に踏み切れると思っているの?」

「殺人とは気づかれないよう事を進めるのですから、いいじゃないですか。何事も実験です」

 座っていたアーシェルの腕をとって、立ち上がらせようとする。それを大きく振って、手をどかした。

「今更抵抗する気ですか」

 冷淡な声が降り注いでくる。

「違う。本当に一時いっときよりも成功する確率が低くなっていて、失敗しそうなのよ……」

 言い訳じみて聞こえたのか、ベルーンの眉間にしわが寄っていた。

 うまく表現できないのが歯がゆい。感覚的にだが、魔法が必ずしも思ったように使えなくなっていた。緊張しているからか、それまでに幾度もなく魔法を使い続けた反動かはわからないが、このままやっては失敗すると思っていた。

 ベルーンは髪をかきあげて、見下ろしてくる。

「わがままを言っていませんよね。自分だけが魔法を使えるから嘘を言っても気づかないと思っているのでは?」

「そういうわけじゃない! ただ本当に――」

「アーシェル様、そこにいるのですか!?」

 その時、聞き慣れた青年の声が聞こえてきた。すぐさま立ち上がって階段の方に目を向ける。規則正しい音をたてて現れたのは、灰茶色の短髪の女性。ベルーンは銃を取り出し、躊躇いなく女性に向かって引き金をひいた。女性の進行方向に銃弾は突き刺さる。階段を降りようとしていた一同は足を止めていた。

「それ以上は降りてこないで欲しいわ。魔法使いのナイト様たち」

「初めから銃を出すなんて余裕がないのね、ベルーン」

 ゆっくり降りてくるルカはナイフを手にしていた。後ろからテウスとキストンが顔を出してくる。テウスが抱えている人を見て、アーシェルは思わず声をあげた。

「レナリアさん!?」

 力なく寄り添っている姿を見て一瞬血の気が引いたが、彼女が軽く手を動かしたため、少しだけほっとした。

「あら、魔術師の端くれはどうしたのかしら」

「お前の節操のない雇い主から逃げてきたんだよ」

「あの人は可愛い女性が好きですからね……」

 くすくすと笑う仕草はまるで他人事のよう。アーシェルはそれを見てむっとした。

「レナリアさんたちには手を出さないでって言ったはずよ!?」

「私は手を出していませんよ。あの副社長が勝手に事を起こしただけです。まあまあ落ち着いてください。彼らを蜂の巣にされたくないでしょう?」

 ベルーンは銃口をテウスたちに突きつける。アーシェルは彼女に対して険しい表情を突き返すことしかできなかった。

 階段に何かが降り立つ音が聞こえる。視線をテウスたちに向けると、レナリアが彼に支えられながら立ったところだった。

「そんなふらふらな状態で、何をするのかしら。魔術師の端くれ」

「アーシェルを返しなさい。ここで貴女が魔術を発動したら配管を傷つける可能性がある。だから魔術は使わないのでしょう?」

 レナリアが目だけは怯むまいと、鋭い視線で見ている。

「……そうよ、よくわかっているのね。そういうわけで銃を出しているの」

 ベルーンは銃口をそらして、レナリアたちの少し下に銃弾を放った。それに対抗するかのように、レナリアもやや青みがかった銃を取り出す。

「銃の撃ち合いで私に勝てると思っているのかしら」

「私はこれを媒体にして魔術を発動できる。逆を言えばこの範囲のみ、魔術を展開できる。貴女のように自由が――」

 瞬間、鋭い何かがレナリアに向かって投げられた。テウスが彼女を下がらせて、剣でそれらを叩き落とす。数本の氷の針がパラパラと床に落ちていった。

 アーシェルがベルーンを見ると、彼女は銃を右手に、左手に無数の氷の針を作り出していた。

「悪いけれど、水に関してならほとんどのことができるわ。こういう風に物を作って武器とすることもできる。次は剣を作って、切ってあげましょうか? ――生ぬるい環境で育ってきた貴女と一緒にしないで」

 傍にいたアーシェルは彼女の殺気を受け、背筋に悪寒が走った。思わず右手で左腕を撫でる。

 研ぎ澄まされた殺気、そして射抜くような視線は戦場を経験したことがあるものだけが抱ける雰囲気だった。

「……生ぬるい、そう言われても当然か。西の郊外にいた、魔術師の英雄様から見れば」

 レナリアはテウスの横にでて、階段をゆっくり降りていく。彼が制止の言葉をかけるが、止まりはしなかった。

 ベルーンの銃口は、レナリアの動きに従って移動していく。

「知っていたの」

「ええ。村が一つ消えたのに、さすがに国が知っていないはずないでしょう。よく知っている人に名前を挙げたら、すぐに教えてくれた」

 そしてレナリアは階段を降りきり、ベルーンと同じ視線になった。

「あの副社長の命のままに、また大量に人を殺める作業に荷担するつもり? アーシェルを盾にして」

「何をするかわかったような口のきき方ね」

「……ここは浄化された水を各地域に配るところ。そこで何かをするとしたら……水に毒を入れるとか?」

 言い切ると、ベルーンの指が動き、銃声が鳴り響いた。

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